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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
337/403

曹操、蔡家の後継を憂うこと④


 検分役に最適なものがみつかったからといって、即行動、とはならなかった。

 事はあくまで公の事として行われなければならない。

 いかに漢の大将軍とはいえ、曹操が個人的に送った使者など、双方にとってなんの意味もなさないからだ。あくまで「漢」の号を用いることに効果があり、意味がある。そして公務である以上、適切な時、適切な場がある。

 一の行動で多重の効果を得んとすることは必然であり、その上において、かの曹操がとり違えるはずなどないのであった。

 いかに恩人のためとはいえ、情をはさめばそれは「私」事。曹操は冷徹に時をまった。



 ちなみに、出牢から十日ほど後。

 楊奉こと月塊は許褚につれられ、非公式に曹操との対面をはたした。

 が、一方の曹操からすればできれば忘れたい悪夢とでもいえるような記憶であり、また目前の男がはたしてあの時の若将かどうかの判断もつかなかった。よしんば彼の記憶がたしかであったとしても、月塊自身の見目もちがえば、「あの」楊奉であるという先入観もつよかったのだから無理もないことではある。

 また一方の月塊も、梅春につよく、


『琴箭のことをうろ憶えであることは決して言わないこと』

『大将軍にぞんざいな口をきかないこと』


を徹底されていたため静かで、ほんとうに表向きだけの、とってつけたような会見で終わっていた。





 その年、建安七(二〇二)年。曹操はふたたび官渡へ軍をすすめ、五月、ついに袁紹は病でこの世を去る。


 建安九(二〇四)年、(ぎょう)を平定。


 翌年の建安十年、正月。彼の息子のひとり、袁譚(えんたん)を討ち、冀州(きしゅう)全土を平定する。


 十一年。袁紹の甥、高幹を壺関(こかん)に囲んだ際、高幹は匈奴に逃げ、これをそそのかして曹操への叛乱をうながした。しかし長らはとりあおうとせず、高幹は荊州へ逃れたが殺され果てる。

 つぎに行うべきは、なき袁紹があえて幽州を好き放題にさせ懐柔していた烏桓(うがん)賊の討伐である。



 ここであろう、と曹操はかんがえた。


 時に建安十二(二〇七)年。じつに五年もの時が、また流れていた。






「······それでは、良うございますか?」

「おう、任せとけ」


 楊家の下にあった月塊のところへ、曹操よりの出頭命令がとどき、そして出立の朝を迎えていた。

 この五年、月塊は楊家の使用人として過ごした。実際には昼のほとんどを寝て過ごし、夜は月光をもとめ瞑想したり山野へ分け入ったりという生活をおくって、なんとか往時の力をとり戻そうとはかった。だが、いまだもって記憶はおぼろげで、別れる直前の琴箭の面影を思い出せたとはいいがたい。


 それでもこの人にすがるしかない。もし匈奴の地でまた何事か悶着(もんちゃく)が起きたとしても──それが常識の範疇であろうとなかろうと、彼ならば(はら)ってくれるはずだ。



「では············いってらっしゃいませ」



 梅春は、旅装をととのえた月塊のまえで深々と最後の礼をとって送り出したのであった。





 建安十二(二〇七)年、二月。

 烏桓を討つべく準備をととのえ終わった曹操は、鄴へと帰っていた。

 功臣を封じて労をねぎらい、ひと息ついた頃。

 曹操は許褚にめいじてよび寄せていた月塊と面会した。ただし、「楊奉」は死んだことになっているため、またもや内密に、離宮での会見である。


 曹操はいった。


「先年、追いつめられた高幹が匈奴に逃げこみ、(わし)に背くよう誘った。だが彼らは拒み、結果、高幹は得るところなく死んだ。

 これを機会とする。

 そなたは遣使団の随員として同行せよ。礼として財物を贈り、『不幸にもいき違いで捕まった我が身内の』蔡琴箭をみつけ、連れ帰るのだ」


これを遺恨にはとらぬので、帰せばそれでよし、という意味である。


 ごく自然に命令されてしまった。が、すべてを平和裏に収めるには、いまはかれの権威と財が頼みである。それをきつ────く、梅春から言い含められていた月塊はまた、彼女自身の涙にほだされての匈奴行でもあり、一応の礼をとってこれを受けた。

 横で許褚がほっと胸をなで下ろしていたことには気づかなかったが。


「明日は送別の宴だ。そなたも愉しむがよい」



③で終わらせるつもりが、いきなり長くなってしまった······

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