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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
334/403

【最終六章開幕】曹操、蔡家の後継を憂うこと①

月琴伝・最終第六章「哀別双詩」開幕となります。

いよいよ完結にむけて話は進みはじめます。


また、ゆるりとお付き合いくだされば幸いであります。



 よしんば主人公たちを喪ったとしても、時代はうつろい続ける。おおくの英雄・豪傑たちが興っては散ってゆく。

 諸人はそれぞれが自らの生の主人公なれど、私にとって、いまこの時の主人公は、あの者らをおいて他にない。悲喜こもごも、じつに観ていて飽きぬ輩よ。



 珍しく新年によく積もった庭先の白雪を眺めるは、妖の大将、盤子虎である。枝葉を重くする白塊の、目よ痛め、とばかりの(きらめ)きに目をほそめる。それは時に、うるさいほどに輝いて我が目を惹くのだ。


 ふっ、と、寒空にむかって白い息を吐きあげる。


「六年だ······長すぎる。さぞかし北辺は寒かろう。そうは思わぬかよ、月塊············」


 聞こえるはずもない相手に呟いた言葉。

 それとも、彼は知っていたのだろうか。応えるように真闇で(うごめ)いた者があることを。


 許都、城内。

 暗く深い地下牢の最奥にて、だがたしかにその者はいた。重苦しい鎖をひきずる音を響かせながら。爛々と、月光のような蒼をたたえ光る、その瞳をあげて。






 建安七(二〇二)年、初春、正月、(しょう)郡城。

 主である曹孟徳は、とっくりと思案にひたっていた。

 寒気の冴え冴えとした空気が、なにかこう、感傷めいたものをひき起こしたのであろうか。歌人の顔ももつ彼には珍しいことではなかった。


 ここまで身をたて、兵を興して十余年。我ながらよくやってきたものだ。多くのものを失い、それでも敵対した者はすべてを討ち倒してきた。

 李傕も郭汜も、呂布も袁術、劉備も。

 自分を苦しめた者らも、そのほとんどが今や我が麾下(きか)にある。張遼、張繡、賈 詡、袁紹配下の将士。一時はあの関羽さえも我が下にあった。のこる、友にして最大の宿敵・袁紹との決着もそう遠くはあるまい。これを討てば、もはや我が一族を害せる者は天下にいなくなる······

 傍目からみても、この俺がここまで事を成すと誰が予想しえたろう。幾度となく死にかけ、危うい道をくぐり抜けていま、俺はこうして立っている。


 いや、俺がいつか大業を成すだろうとみていた人間が、じつは四人ほどいる。

 うち、もっとも大恩あるのが橋玄(きょうげん)、そしてあの蔡邕(さいよう)だ。

 おもえば俺が龍の尾をつかめたのも、最高の学者であった橋玄を師とし、その門に学んだから。同郷ということで蔡邕にも目をかけてもらい、善くしてもらった。

 橋玄に関しては代理をやってその墓を厚く(まつ)ったが、蔡邕のほうはというと············

 彼は迫られたとはいえ、賊人・董卓に(くみ)した。

 かりにも天子を推戴する俺が軽々しくその名誉を回復してやることは出来ない。

 まあ、天子を助けんがためあえて虎中にいり、蛮人を導いたかとおもえば、その蛮人のために泣きもする。そこがあの御仁らしいといえばらしい。

 郷里の名門、蔡邕の家が途絶えるのはいかにも忍びない。せめて後継なりと捜しだし、なんとか家だけでも遺してやれぬものか············



 この正月、曹操はこれまで従軍してきたすべての戦没将兵らの遺族に、直系なくばその縁者をあてて家を継がせしめよ、との触れを出している。

 半分は人心をつかむためではあったけれども、こちらの方は一片の下心もない本心である。恩人の遺族には誠をもって応えてやりたい。


(蔡邕の娘──蔡琴箭と名乗っていたか。本人に最後にあったのは、たしか俺が官軍を率いて黄巾を討たんとしたその出がけ。聡明で美しい女子であった。

 あの後も洛陽にいたらしい。ということは、父君とともに長安へと連行されたということか。であれば生きているかどうか············ともあれ、まずは調べさせてみるか)



「これ」

 彼は傍に控えていた者に命じた。

「蔡邕──蔡伯楷(さいはくかい)の子、蔡琴箭の消息を調べよ」




 ただちに然るべき部署から上使が長安へと急行し、駐在するお偉方をたたき起こして文書庫の扉をひらかせた。

 なにせ鬼より怖い大将軍・曹操の直命である。地方官庁は上も下も大わらわとなり、当時の資料をひっぱり出した。

 その大部分は暴政のため損失はなはだしかったが、たしかに当時、蔡家が父娘で長安にわたっていたことがしれた。


 この上使となった男は粘り強かった。

 おつぎは民の中へと飛びこみ入念に訊いてまわる。結果、どうやら蔡家も帝の東遷(とうせん)にしたがった勇気ある忠臣の一角であるらしいことが判った。ただし、この蔡家の主人が、忠達をなのる男であったらしいことには首をひねったが。


 ついで、激戦地となった弘農郡は華陰県へも馬をはしらせた。

 ここでは太守みずからが対応してくれ、証書などをこれこれと見せてくれた。

 どうやら間違いなさそうだ。文面こそ勇ましいものの、筆遣いには一流文人の手らしい精緻(せいち)さをかんじる。 

 男は証拠にとその文書を借り受けると、こんどは黄河をわたり、帝が一時の朝を開いた安邑(あんゆう)へと足どりをたどった。

 男には確信があった。追い風を感じる。つぎでかならずたしかな手がかりを得られるだろう、と。



 が、見事にその期待は裏切られた。バッタリと足跡が途絶えてしまったのである。

 安邑の蔵を調べさせても蔡家の当主が入城したという記録はない。当然、洛陽への道筋もあたったが、その消息はようとして知れなかった。



 男は頭を抱えた。

 見つかりませんでした、では下手すると命に関わる。

 が、かといってこれ以上の追求は雲をつかむような話。大将軍も首をながくしてお待ちだろう。ここはいったん報告に戻るがよい。なに、ここまでは判ったのだから、後は人を増やして捜せばよいのだ。

 男は覚悟をきめて、一路、(しょう)郡へと報告へ戻ったのだった。



お読みくださいまして、ありがとうございました!

完結にむけて、また頑張っていきたいと思います!



──という舌根も乾かぬうちではございますが、じつは前章とちがい、いまだこの章は完成しておりません。

最終章なのに······


でありますので、これまでのごとく投稿は決まったペースで、という訳にはいかなそうです。

しばらくは、「お出しできる」となったその都度、不定期に更新、ということにさせていただきます。(平伏)


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