光輝まといて天仙降臨し、闇迷の夜、明けること②
前途を覆い隠さんとしていた曇天を突き抜ける光の道。天地をつなぐ荘重な柱。
そのなかを、げに美しき乙女が、ゆったりと舞いおりてくる。
背丈まであろうかという麗しのながい髪。
殺伐としたこの場にまるで似つかわしくもない、荒んだ者の心すらほぐすような淡桃のやわ衣。
その上に薄布の上衣と羽衣をつけた姿はまことに優雅で、琴箭でさえおのれが死にかけていたことを一時忘れたほどであった。
光の粉を、さながら蝶の鱗粉のごとくにまといながら音もなく地に舞い降りたその乙女は、ゆるりと琴箭のもとへ──いや、その腕に庇われた皇帝のもとへ歩んでくる。
「!」
我をとり戻した琴箭は、はじめて腰の剣を抜き放ち、あきらかに尋常ではないその乙女へと突きつけた。
この娘が、月塊が忠告していた天仙の······!
「そこで止まれ! この御方にッ──!?」
最後までいうことは出来なかった。まるで不可視の何者かに払われでもしたかのように、手から剣が弾かれてすっ飛んでいった。
「我に剣をむけるか、不遜なる小娘よ」
麻姑は、それでも愚直に我が身を盾にする琴箭へ涼やかな眼をむける。
「ここまでよくぞその者を護りとおした。褒めてつかわす。························いや、違うな。礼をいうべきなのだろうか、私は」
「······え」
意外な言葉に、琴箭はまじまじと麻姑をみつめる。
さっきからこの天仙の瞳は 、ずっと陛下にすえられて離れることはない。そして彼女が陛下へむける瞳には、いっさいの危うさが感じられない。
そうおもい一瞬気をゆるめたつぎの瞬間、すでに麻姑はふたりの間近にかがみ込んでいた。
「えっ!?」
「······案ぜずとも危害をくわえるのではない」
瞬発的に琴箭が身をのけぞろうしたのを眼で制して、麻姑は帝の身体をその場へと寝かせしめる。
そうやってしばらく、そのやつれきった白い顔を見つめていたが、やがてホッとちいさな息をはいた。
「よかろう······この程度なら何とかなる」
袂から五枚の符をだすと、それぞれを頭、胸、両腕、両足に配した。
袖をならして印をきり、ゆったりと仙気をたかめはじめる。呼応するかのように、帝の身体からも似たような光がたち昇りはじめるのを、琴箭は眼を丸くしてみつめた。苦しいのか、少し呻いて顔を歪めた。
「──陛下っ」
「騒ぐな。大事ない」
麻姑の表情はかわらず、真剣だが人形のように変わらない。
「······仙女······様。陛下はいったい············」
麻姑はこたえない。だが琴箭が辛抱強くまっていると、やがてポツポツと独り語りするように唇を開いた。
「この者はその血のせいで、只人ながら仙と成りかけていた」
仙人に? 陛下が?
「······その昔。この者の何代もまえに、いちにんの仙人があった。その者は仙である身ながらそれを隠し、子をもうけた。その子がはからずも後宮へとあがり、漢の帝室にわずかながら仙の資質がそなわることになった」
その負荷が、たまたまそれを濃く受けたこの子に一気に集まったのだ、と麻姑はいう。
「漢の帝室に仙が············? では、ひょっとして石胎箴緯とは······」
「······その祖が、子らのためにお節介にも遺したもの」
──では。
ひょっとしなくても、その祖たる仙人というのは············?
だが、最後のこの問いを琴箭は口にはしなかった。
問うべきではない。きっと答えは返ってはこないのだろうけれど、それでも。
スッ、と光がおさまると帝の胸のあたりに凝縮し、掌におさまるほどの透明な宝玉が浮きでてきた。お顔を拝見するに、血の気こそいまだ薄いものの、呼吸は安定して穏やかである。
なし遂げたのだ。
ありがとうございました。
明日の更新で、五章「石胎箴緯」、完結となります。




