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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
石胎箴緯
322/403

秋天を焦がし、李傕、ついに到来すること


「張済の態度、まったく度しがたい!」


 琴箭よりの書状に目をとおした華陰太守・段煨(だんけい)はおおいに憤慨した。


 そもそも張済は陛下をお迎えするために軍兵を我が華陰にとどめたいと、そういってきた。だがここにならべられたものが事実であるならば、ただただ陛下のご意思をねじ曲げんとするのみ。さらにあろうことか、片棒を(わし)にかつがせるとは······!

 なるほど。いくらこちらへお越しを願ってもいっこうに話が進まなかったのも当然。張済と組んでいると思われていてはその反応も当然ではないか。


 この段煨、たしかに董卓によって華陰へと配された、いってみれば張済らとは同僚である。 

 しかし漢朝への忠心厚い男で、名士としての名誉欲はそれなりにもっていた。いざ事が起こらばかならずや陛下のお役にたち、正義の士ここにあらんことを見せん、という想いを腹に抱えていたのだ。


 いますぐ陛下への非礼をお詫びしに行きたいが、独りでいってしまうと張済の説得にも具合いが悪かろうと思えた。

 そこでまず彼は、張済の陣を訪れることにした。




 秋の日、大天幕のなかへしつらえられた席へ、段煨は腰をおろした。背後には護衛もかねて副将が侍立する。


「本日まいったのは他でもない。貴殿の真意についてお訊ねしたい」


「はて、真意、とは?」


 張済は眉をひそめた。すでに一言断っておいたはずだが、という意を無言でつたえる。


「さきに耳にしたのは、畏れおおくも陛下の(みことのり)によって朝を弘農にお迎えすべく参じたということでござったな。それに誤りはござらぬか?」


「これは······なにを申されるかと思えば。詔書はまごうことなき真物であると、そこもともお認めになられたではないか」


「だが内容まではしらぬ」



 段煨は杯をおくと、袖をくって背後へヒョイと手をのべる。それをうけて副将が胴巻きから竹簡をとりだして手渡し、段煨がそれを卓上へチャラリとおいた。


「これは先日とどいた朝臣方よりの書状にござる。これによると、貴殿の話とはずいぶんな相違があるが?」

「············」


 張済は無表情をよそおいながら、卓上の竹簡へ目をやった。


「朝臣方がなんといってきたかは知らぬが、それはあちらの誤解というもの。この張済、はばかりながらこたびの出兵は陛下の道中をお護りせんとしてのこと。これに二心なぞない」


「······なるほど······では双方の行き違いにすぎぬということですな? それはよかった。ではこれから早速、ともに陛下の下へ参ろう」


「············」



 張済はまたしてもジッ、と考えこんだ。とりつくろってはいるが、その瞳の奥にはわずかな怒りの色が揺らいでいる。


「だが──陛下がお怒りであらばいかな弁解とて通るまい。ご苦労でこざるが貴殿、とりなしをお頼みねがえぬか。どうか曲げて、この張済に二心なきことをご奏上いただきたい」


 うまく言い逃れたが、これは渋っているな? 

 そうみた段煨は、「ではまずそういたそう」と口ではいったものの、かなり気分を害した。


 そのまま身ひとつで朝臣側へむかい、楊彪らの話と、陛下が病身であることをしり、いよいよもって憤慨した。

 ただちに張陣へとって返す。だしぬけに張済を叱りつけた。


「これはどういうことか! 陛下は洛陽へのご帰還をお望みというではないか! まして病をも得ておられる! 話が違うぞ!」


「それは知らなかった。まさか陛下がのぅ······。だが朝臣らの言を鵜呑みになさるは危険ですぞ。

 かくなれば申すが、詔書には李・郭の仲をとりもつようにとの命がござったのだ。軍をだしたは彼らの派兵を見越してのこと。おっつけやってくる彼らへの備えであったのだ」



「黙らっしゃい!」

ピシャリと言いはなった。


「ならばまずは貴殿が道をあけ、陛下に御心やすく洛都へお入りになれるよう配慮すべきでしょう。その後、我らで李・郭の前に立ちふさがって盾となればそれでよろしかろう!」


「······本気ですかな? 奴らはいざとなれば戦も辞さぬやもしれぬ······その覚悟はおありか?」



 両者は険をかくさず睨みあう。張済の言葉の裏には、たとえば俺に背後を突かれてもよいのか、という恫喝(どうかつ)が含まれているのだ。


「よかろう! 恥をわすれて我が華陰を攻められるものならかかってくるがよい! おなじく董相国に抜擢された仲とおもえば今日まで手を取りあってきたのだ! 貴殿との仲もこれまでだ!」


サッ、と席をたつと今にも帰らんとした。だがそこへ──



「注進! 注進!」



 ひとりの兵が天幕へとびこんできて張済の前に膝をつく。


「なんだ!」

「ハッ! 李傕軍、到着!」

「「なんだと!?」」




 その報は、当然朝臣らの陣にも届いていた。楊彪らはあおくなって言葉もない。様子を見にとび出した琴箭も、地平と秋天を分かつ怒涛の砂塵をみて絶望感でいっぱいになった。

 思いつく限り、最悪の──理想とは真逆の展開だ。

 白波谷へ援軍をもとめにいった徐晃はいまだ帰らず、段煨も張済を説得する間をもてず、無事だったらしい月塊も傍にいない。

 いよいよ最期になれば陛下だけでも──という唯一の希望さえ潰えたのだ。



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