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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
石胎箴緯
309/403

楊奉と楊定、新豊にて郭汜軍を壊滅させること②


 泰阿はカラカラと笑った。


「まったく大した奴だ! まさかまたお前の顔を拝むとは思わなんだぞ! どうやって助かった? んん?」


 月塊とて、この間をただ遊んでいたわけではない。「あちら」から帰ってくるのにまたそこそこの苦労がいったし、そもそも時の流れの法則がちがう。

 やっと井戸をはい出て長安に戻ってみれば、琴箭らはとっくに発ったあと。助けると約束した民らも行方がしれない。

 主将の留守をまもる両軍の留守居部隊の目をかすめながら、のこった民らにできる限りのことをして、ようやくのことここに至ったのである。だからそのぶん、鬱憤もたまっている。



「どうだっていい! 俺がここにいて、テメェもここにいる! だったらやるこたぁひとつだろぉがッ!」



 どこからかかっぱらってきたのであろう槍の柄尻をドスン、と地に打ちつけながら月塊は青筋をたてる。対照的に、挑戦をうける泰阿は上から腕をくんだまま、悠然とそれをながめてせせら笑った。


「まぁ、待て。いま俺はそこな郭殿とやりあっておるのだ。それとも貴公、まさか郭軍にくわわると申すか?」


(たわ)け事を! 俺が裏切るわけねェだろ! ゴチャゴチャいってないで降りてこい! 城ごと叩き潰さすぞ!」


「······フフン」


 泰阿は逡巡する。

 さて、どうするか······。今後の展開としては乱戦が理想。そもそもこの戦、勝つ必要もなし。

 だがこのまま郭汜に追いつかせては、張済らと手を組み、結果天子に弘農へ脱出されてしまうやもしれぬ。うるさい奴も来たことだし、ここはいったん郭汜にもおひき上げ願うとするか。


「それは面白い! だが······何だ。おたがい敵軍をほったらかして私事にかまけるというのは、どうにもみっともなくはないかな?」


「······見物したい奴はしていりゃいい! 俺達の知ったことか!」


「! なるほどな、それはいい!」


 泰阿は愉快でたまらぬといった風に大笑すると、うしろにいた者に命じた。

「おい、俺の馬を門前へ」

兵が駆けおりてゆくと、泰阿はさらに副将をよび寄せて命じる。

「郭軍が動揺したら、躊躇うな。城外のものらと呼応して一気に蹴散らすのだ」

「はっ······しかし、闘うのですか? 楊奉殿と。彼はお味方では」

「そうだが、違うともいえる。よいな、指揮はまかせる」




 壮大な音をたてて、新豊の門が開かれた。

 そこから蹄の音もたからかに、泰阿をのせた一頭の駿馬が、威風をみせつけるかのように月塊のまえでとまった。


「よくぞ、とは言ったが、戻ってこようが結果は変わらんぞ?」


「どうかね。ハナから『仙人の領域』でかまわないぜ」


 その不遜な態度に、泰阿はフン、と最後の笑みをみせ、それを口元からぬぐいさる。



「「ハッッ!」」



 両名、馬をとばして激しく打ちあう。泰阿は方天画戟をビュウビュウと振りまわし、たいする月塊の槍は空気を裂く音をともなってこれに応じる。たがい鞍上であるというのにいささかの不自由も感じさせず、両脚の指示だけで華麗に馬をあやつった。

 その見事な打ち合いに、敵味方とわず、いつの間にかつりこまれてヤンヤと喝采を浴びせかけた。




 いちはやく気をとり直したのは、さすがは一軍の将、郭汜であった。


「え、ええいッ! 敵の仲間割れを悠長にながめている奴があるか! うつけ者どもめッ! 攻めよ! いまこそ新豊を落とすのだッッ!」


 大将の発破にハッ、と我をとり戻した郭汜軍は、あらためて目の色をかえた。



 それを認めた月塊。鞍のうえに立ちあがると、突いてきた泰阿の槍を後方に宙返りでかわし、わざと郭汜軍のほうへ一気にさがる。応、とばかりに泰阿も馬から前方へ跳びおり、いっさんにこれを追う。

 押し寄せようとした郭軍は出鼻を挫かれるようになったが、ならばとふたりを囲んでその両脇からふたたび城へと迫った。



「うッらぁぁぁあああッッ!」



 月塊、わざと正面から泰阿へとつっ込む。

 泰阿、悠々受けとめられるはずが、あえてこれをかわすと、月塊はさながら矢のように郭軍に突進するかたちとなり、あれよあれよという間にまわりをなぎ倒す。

 のってきた泰阿が傍にあった岩をいともたやすく蹴飛ばすと、月塊はこれを受けとめ、投げかえす。狙いはおおきく外れて泰阿の背後をすり抜けようとした郭軍兵らの肝をおおいに冷やした。


「なっ、なんだあいつらは! 真に人か? 楊奉と楊定ではないのか!?」

「だっ、駄目です将軍ッ! 奴らの一騎討ちに我らの兵が巻きこまれていきます!」



 月塊と泰阿。敵はもちろん眼前の者だが、それだけではないのだった。徐々に競り上がってゆく熱気は留めをしらず、とうとう郭汜軍は完全に浮足だってしまった。

 一方。城上からウチの大将はこんなにも強かったかと度肝をぬかれていた楊定軍の副将らも、この動揺を見逃さない。


「いまだ! 打って出るぞ続けぇぇッ!」


 門をあけると怒涛のごとく郭汜軍に襲いかかる。これに呼応し、泰阿がわずかに伏せていた城外の決死隊も敵軍に突っこんだ。



 こうなってはたまらない。

 郭汜軍の兵は突かれ斬られはね飛ばされて阿鼻叫喚のなかへと呑みこまれた。なんとか生き残った兵ものこされた退路から後もみず、散り散りになって逃亡する。


「なんと······なんと言うことなのだッ! これしきの小城ッ、これしきの小兵ッ! 儂が──こんな············ッ」


 郭汜は散々に討ち破られて、側近ともども、ふってわいた理不尽へと悪態をつきながら、長安へと李傕をたよって逃げてゆくのだった。




ありがとうございました。

今回で、いったん定期更新をお休みさせていただきます。


現在も、自分なりに脳ミソしぼっておりますので······

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