天仙・麻姑、太玄女に拘束されること
三部あります。
弘農城。
楼閣の段をのぼる男がひとりあった。男は頂上まで登ったが、それに満足できなかったのか、あろうことか欄干より身をのりだし、常人の業とはおもえぬ身の軽さで屋根のうえにたつと、はるか遠くの戦況をみつめた。
千里眼によって、見通しさえきけば、いかな離れた場所といえど手にとるように見物することが出来る。
「············泰阿め。なればおそらく赤霄の奴もか」
その男、張済は苦々しげに眉をひそめた。
いかな忠心からの行動であれ、主命にそむくとは許しがたいことである。今回ばかりは鷹揚にはおさめてやれないのだ。
──グニャリ
唐突に遠く土埃にまみれた景色がいきなり歪んだ。
『『──!?』』
いっきに酔いがきて慌てて目を戻す。と、いかにしたことか、たしかに自分は楼閣のうえにいたはずが、建物のうちとおぼしき一室にいるではないか。
「これは······」
またもや彼は顔をしかめる。面倒な奴が嗅ぎつけてきた。
ガタリ、と正面の扉が勝手にひらき、そこに現れたのは太玄女その人である。
「やはりか、太玄女」
太玄女は羽扇で口元を隠しながらも、男に冷徹な視線をなげかけた。張済は観念したように衣を脱ぎ捨てると、その姿は愛らしい童女のものへと変わる。自然見下ろされる感じとなった。
「睨まれても詮無きことよな。自覚はある」
麻姑の言葉に、しばし沈黙をまもっていた太玄女は、はあっ、と息をついて羽扇をおろした。
「これでは天への反逆といわれても仕方がないぞ。まさかほんにそうお望みか?」
「自覚はあると言うた。が、反逆は望みではない。私は······私は、ただ──」
ぐっ、とそのまま黙り込んでしまった麻姑に、太玄女はじっと視線をなげていたが、くるりと背をむけた。
「すまぬが、見逃してはやれぬ。天の示したとおりになるまで、ここで大人しくしていてくれ。
わかってはいると思うが、この程度の術と、抜けられるからといって抜けてくれるなよ。そうなればほんに庇いきれなくなるでな」
返答はない。だが、意図は充分につたわったことは感じとれている。太玄女はふり返ることなく扉のそとへと消え、扉はかすかに軋んで閉まった。
太玄女のご紹介。
姓は顓、名を和。ひとことで言うならスーパー仙人であります。
水にはいって濡れず、火炎のなかにすわっても衣さえ燃えない。
火をはいて空をこがし、かとおもえばひと息でそれを吹き消す。
真冬の氷上でも夏の衣で寒くもなく、何日歩いても疲れしらず。
指をさすだけで宮殿や城市も移転でき、鍵は用をなさず、山崩れをおこすも戻すも自由自在。
杖で石をひとたたきすればたちまち門がひらき、なかには家具や敷物はおろか酒食の用意まで完璧。
物の大小を変え、瞬時に老爺にも童にも、獣にさえなれ、起死回生の術でおおくの人をすくい、齢をかさねるほどに髪は黒々としていた──とまぁ、ほんとに何でもアリなお方。
誤字修正いたしました。




