朝臣、新豊に集結すること①
天子を護りながら先行する董承の軍をおい、琴箭らは粛々と馬をすすめた。追いつくにはそう時はかかるまい。陛下の御様態しだいではまだ覇陵のあたりかも知れぬ。
もっともまさにそこが悩みどころで、追いつくに容易いことは味方にとって喜ばしいが、敵にとっても喜ばしいということだ。
どうか少しでも先へ進んでいてほしい。琴箭がそう祈りながら手綱をくっていると、後方から物見の兵が報告に駆けてくるのに気づいた。
「後方より人馬! 楊定軍です!」
「整修殿か」
琴箭は隊の歩みをとめ、それを待ちうける。念のため梅春は鞍からおろし、下男の馬にのり換えてもらうことにする。
それにしても楊整修······やっかいだ。琴箭はじっと近づいてくる土煙を睨みながら黙考する。
おそらく準備していた避難先がことごとく潰されていたのも、彼から張済側へ情報が流れたためであろう。
もちろん、自分は徐晃から助言をうけて以来、極力彼に情報を与えないようにはつとめた。が、ほかの者の口を閉じさせることまでは出来ていない。
なぜなら、今となっては彼を閉めだすことも、もはやならぬからだ。
追放の理由はと問われれば張済側の間者だというしかないが、そもそもそれとて月塊らが主張しているだけで確証がない。さらにはその正体が妖だといって、誰がまともにとりあうだろう。
もしうまく理由をつけておい出したにしても、敵にまわるだけ。その結果なんとか保たれている味方間の信頼が揺らぐかもしれないのだし、それが賈 詡の狙いのひとつであるかもしれないのだ。
たとえ後に裏切る気だとしても、いま李・郭につかないのならそれでいい。みせかけでも味方の兵をより多くならべ、二将への威嚇としなければならぬ。
とにかくも今を大切に。そして一歩でも先へ。
それが必要なことなのだ。
ややあって、大軍の地を踏む音が近づいてき、土煙がもうもうと舞った。
「これは忠達殿、お待たせした」
琴箭に馬をならべた楊定は、自分をみる彼女の視線にほんの少し訝るような目をむけたが、ニコリと微笑みかえされ、気をなおしたらしい。
「お待ちしておりました将軍。では参りましょうか」
琴箭、楊彪らのひきいる朝廷軍と楊定軍は、ともに馬をつらねて一路、東進した。
「それにしても、いささか合流が遅れたようであったが」
楊彪の言に楊定はしぶい表情でかえした。
「申し訳ござらぬ。じつは出がけに郭軍にひっかかりまして」
「なにっ、では郭汜めの奴に!」
「遺憾ながら。李軍をけしかけておきましたが、戦闘がおさまりしだい追ってきましょう」
むべなるかな。もちろん、この場の誰もがいつまでも気づかれないとは思ってはいなかったが、これほどに早いとは。このうえは両軍の戦闘ができるだけ長引くのを祈るしかない。だが計は先手先手とうっておかねばならぬ。
「ううむ······これ忠達、まだなんぞ備えはないか」
「楊塊殿(月塊)をとおして白波谷勢に声をかけております。褒美をつかわせば救援となってくれましょう」
「ぐぬぅ······またもや賊徒だのみか。無力な己が恨めしいわ」
暗に賊徒、と呼ばれたことにも楊定はとくに気を悪くする様子はみせず、
「すこし飛ばしまする。どのみち何処かの県城に拠らずば奴らは凌げませぬからな。追いつかれるまでに仕込みをしておかねば」
と全軍にむかって命じた。
「全軍、速足!」




