参謀、応酬すること
すみません、長いです。
「なんと──そのようなことになっていようとは」
急遽ひらかれた密議の席で、楊彪は絶句した。
「董殿、なぜはやく言わなかったのだ」
「申しわけございませぬ。陛下から伝えるに及ばず、と厳命されておりましたので············」
「······おいたわしい、何とおいたわしいことだ」
たとえ自身が我慢を強いられようと、すべては漢帝室のため。陛下は脱出計画の遂行を最優先に考えられたがゆえ、我らに黙っておられたのだろう。それを思うと、楊彪は感極まるのだった。
「ともかくも、董将軍の提言どおり計画をはやめましょう」
琴箭はしおらしくなった空気をひき締めるよう、やや語調を強くした。
げんざい朝廷側の前に横たわる課題はふたつだ。これを何としても迅速に解決しなければならぬ。
ひとつには、李・郭二将の関係悪化の遅滞。またひとつには、二将の仲裁を目的とするであろう張済の入都の阻止が不完全であることだ。
「まずは張済のほうを何とかしなければなりますまい。彼の者が弘農に居座るかぎり、陛下の東進はかならず阻まれましょう」
「なにか策でも?」
种 輯の問いに、琴箭はうなずく。
「まことに畏れおおきことなれど、陛下へ張済への密命をくだされるよう奏上いたしく存じます」
「······内容は」とは、楊彪。
「ただちに長安へはいり、李・郭の仲を仲裁せよ」
一同の視線がいっきに琴箭へと集まる。
「くれぐれも迅速に。そして陛下のお心を安んじるよう、と、そのふたつを誇張していただきたい。その上で、これを李傕へも流すのです」
ピクリ、と壁際にたって聞いていた楊定は眉をあげる。
「たわけ! それでは陛下の御身に危険が──」
「書面には仲立ちを急げとしかありません。李傕を害せよとは書かれていない。そうおし通せばよろしいのです」
「万が一」楊彪はいまだ考えながら口を開いた。「万が一、張済がこれを本気にしたらいかがする」
琴箭は楊彪に辞儀をして答えた。
「······張済めが来訪すると噂がたって、どれだけがたちましょう。だのにいまだに腰をあげもしない。
彼は間を測っているのです。じっと我らの動向をみて、それから動くつもりなのです。おそらくですが······陛下が長安をお出になるまでは邪魔だてはいたしますまい」
(李・郭には董卓の後継をなのる絶対的な証がなく、ゆえに陣内も一枚岩ではない。そして存外の成果を得たために、これを守るのに戦々恐々としている。
でも張済はすこし違う。
彼は董卓の真似事が自分たちにかなうとは思っていない。三将で支配圏を維持している今の状態がよいのだ。それが証拠に、陛下の守護は二将にゆずり、自らは弘農に駐屯して東への備えとなっている。
仲裁を口にするのも、後日をにらみ、涼州の軍士を損なうことを嫌ってのこと。
あわよくば李・郭の上にたつ。されど二将を斬るまではおそらくしないはず······)
こうして毒をふくんだ密命は、奏上から異例のはやさで弘農へととんだのだった。
とつぜん舞いこんだ皇帝の密詔をまえに、張済の甥であり前線指揮をとる張繍は、じっと外をながめ思案にふけっていた。
そこへ賈 詡が長安より帰城した旨がつたえられた。彼はただちに賈 詡を召すよう命じた。
「ふむ············」
賈 詡は密詔をためつすがめつして息をつく。
密詔いわく、
漢の天子たる朕が、漢の驃騎将軍たる張済に
令をくだす。
ただちに長安へはいり、李傕、郭汜二将を仲
裁せよ。
努々遅れるなかれ。
心して朕と朕の民を安んずるべし。
「どう思うか」
「お言葉どおりの意味でしょう」
賈 詡は密詔を卓にもどして素っ気なく返答をする。
「ただ、見ようによっては『二将を討て』という解釈にもなりそうですな」
フウッ、と張繍は溜め息をつく。
「まったくどういうつもりで陛下はこれを······叔父上に見せられた時は私も返答に窮してしもうたわ」
「よいではありませぬか」
賈 詡の口調には余裕が感じられる。張繍は片眉をあげて彼をみた。
「仲立ちにこい、と仰られているのですから、これを掲げて堂々とお入りになればよい。すべては主公の望まれる結果いかんです」
「なにやら含みのある言いまわしに聞こえるな。では叔父上にはどうご助言申しあげるがよいか」
賈 詡は張繍に礼をとってから答えた。
「もし二将の仲裁のみをお望みなら、あらかじめ李・郭に詔の内容をつたえた上でただちに行動を起こされるが宜しいかろうと存ずる。今ならば、李稚然もそこまで警戒はしますまい。すんなりと入城できましょう」
「警戒と? 李将軍にはなにゆえ我らを警戒せねばならぬのだ? 前々から叔父上は仲裁にゆくと伝えてあるのだぞ」
「これは朝臣どもの謀事であるからです」
張繍はおどろいて視線をあげた。
「この密詔の内容は李側に漏らされております。そうすることで我らへの疑いを強め、入都を拒ませんとするのが奴らの狙いかと」
「──なるほど。それゆえ急ぐかよいという結論になるのだな? 疑いを抱かれる前にのり込んでしまう」
「はっ。ですから仲裁のみがお望みなら、迅速にと申しました」
張繍はまた庭へと目を戻した。
一陣の春風がヒュウと吹き、庭木の葉をざわめかせて過ぎてゆく。チチチ、となにに怯えたか小鳥が飛びたっていった。
「ならば」張繍はふりむいて、賈 詡に鋭い情熱のこもった瞳をむける。
「仲裁のみが目的ではない場合、いかにすればよかろうか」
ニッ、と賈 詡は笑み、この賢明なる主にあらためて敬服の礼をとっていった。
「ゆるりとおこしになればよろしい。軍を率い、華陰を過ぎたあたりで情勢を見極めるのです。華陰の太守、段煨は帝への忠心もあつい人物。この詔をみせれば疑いもいたしますまい。あとは待っていれば」
「悪くても二将に貸しをつくれ、良ければ天子のお身柄が労せずしてとび込んでくるというわけか」
ハッハッハッ、と張繍は愉快げに大笑した。
「よかろう。叔父上にはそう進言するとしよう」
「なるほど」
弘農城の執務室にて、張済は甥の張繍から密命についての意見をきいた。
「それがお前達の意見か」
「はっ。これで労せずして陛下をこの弘農へお迎えすることが叶いましょう」
うむ、と張済は考え込んだ。
甥の張繍は、全身これ武芸の賜物といったような壮健さであるのに対し、この張済、驃騎将軍ではあるが武一辺倒といった男ではない。
武具をとって戦えば張繍のほうが上だが、張済には学問の素養もあり、大局をにらんで指揮をとる才覚はけして董卓にもひけをとらなかった。
「······悪くはない。ないが」
「なにかまずいところでも?」
張済は返答せず灯火のゆらめきに目をやった。
「それでは稚然らとの間に禍根をのこす」
「しかし叔父上」
張繍はいった。
「涼州の軍をひとつにまとめることは、叔父上のかねてよりの狙いではありませぬか。陛下の御身を我らが抑えれば、李・郭の将軍がたも叔父上を盟主と認めざるをえますまい」
「それは仲裁をなすだけでも足りよう。
よいか、繍よ。我らは漢にとっての悪人になってはならぬ。だからこそ陛下の警護は奴らに譲った。また二将との仲もこじらせてはならぬ。陛下のもと、我ら三人が四方に睨みをきかせてこそ、現状の勢力を保てようというものであろう」
張繍は一歩さがると、叔父にむかって礼をとった。
「叔父上のふかきお考えに、この繍、感服いたしました。ご命令どおりにとりかかりまする」
張繍から張済の言葉をきいた賈 詡は、何度もうなずいた。
「驃騎将軍の仰ることもごもっともでございます」
「しかし、いかにする。お主の見立てでは、李将軍は我らを疑っているのだろう」
「なに、長安の門はひとつではこざいませぬ。
まず郭将軍を抑えておけばよいのです。劣勢の彼のほうがより我らの言葉をきくでしょう。また、我らと郭将軍がくむとなれば、李将軍も無視はできないでしょう」
必殺(?)のアイテム、『密詔』でました。
なかなか進まなくてもうしわけなかです。
なんか会議ばっかしてるな、こいつら······




