朝臣ら、密議をこらすこと
郭汜軍、蔡忠達の邸。
夕闇にまぎれ、ひそかにこの計画にくみする者らが集まっていた。
長安の朝臣側からは楊彪と蔡琴箭、さらには种 輯が。そして郿宮・皇帝お側づきからは、全権代理として董承が参加した。
この董承という男、姓こそ董とあるが、本来は董卓の娘婿であった牛輔の私隷、私兵的身分の出自である。それが、娘が帝の妾妃にみこまれたことで一躍日の目をみた。ゆえに帝室の浮沈はひとえに娘の、そして自分の浮沈に関わることからも、朝廷への忠義は人一倍厚かった。帝室と李傕側のとりつぎとして郿宮へも入れる数すくない人物のひとりでもある。
集まった面子をみて、琴箭はすこし眉をくもらせた。彼らの顔からは、いまだひとりとして諦めてはいないことはわかるものの、やはり疲れの色は隠せない。
「よくぞ集まってくれた、まずは礼をいう」
楊彪が口火をきった。
「各々知ってのとおり、状況はますますさし迫ったものとなっている。一日もはやく、この長安から陛下をお連れだし申さねばならぬ。今宵は解決せねばならぬ問題を共有しようとおもう。では、忠達」
は、と琴箭は三者に礼をとってから机にひろげた司隷の略図に指先をおいた。
「まず我々が目指すのは長安からの脱出であります。最終目標は都、洛陽へ陛下をお連れあそばすこと。ですがまずは河東、最悪でも華陰への到着をめざします」
すすっと細い指先が図上を右へとうごく。
「李・郭軍の大規模な衝突をさそい、その空隙をついて陛下をお連れもうす手筈となっております」
「ふん、簡単にいうな」
董承がしぶい表情で口をひらいた。
「二将の衝突というが、相手がこちらの思惑どおり動いてくれるものか。ねらって起こせると?」
琴箭はうなずいた。
「起こせます」
「ほう」董承はこの、一見女子にもみえる優男のしろい面を、値踏みするかのように睨みつける。「それはどうやって?」
「馬騰、韓遂が陛下の御身の奪取をもくろんでいるとの噂を流せばどうでしょう」
ここ長安よりさらに西、西涼の名士としてしられる馬騰は、先年、天子を手中にした李傕と誼を深めようとした。しかしそれを警戒した李傕は色よい返事をせず関係がこじれた。馬騰は盟友である韓遂とくんでこの長安を陥れようと出兵したことがあったのだ。
「だがあの戦で馬騰らは痛撃をくらったはず。いまふたたび兵を挙げるなどと信憑にかけるのではないか」
种 輯が訝しげにつぶやく。
「涼州勢十万といえど、それは李傕、郭汜、張済などの兵を合わせた数。しかもいまは李・郭の仲は割れ、張済もまた離れている。そんな時期に馬・韓連合軍がふたたび右扶風への侵入を企てているとしれば、すくなからず動揺を誘えるのでは? しかも今回は、陛下の御身を押さえるのが目的。最速で郿を落とせるだけの兵力があればよいのです」
フン、とは思案げな董承の反応。
「さらに、張済が馬・韓とひそかに結んでいると臭わせる」
「······なるほど。張済が兵を率いて出てくるというのは二将の仲裁とみせかけ、じつは馬・韓としめしあわせてのことだと、そういう訳か。たしかに最近の李傕は疑心暗鬼になっているときくな」
「まだ最大の問題が残っていよう」
楊彪が口を矛先をかえた。
「陛下がその郿宮におわすことを忘れてはならぬ。その衝突とやらが起こせたとして、そのまえに最低でもここ長安まで、秘密裏に陛下をお連れもうしておかねばならんだろう」
「それはこちらで何とかしてみよう」
ほんとうに、確実に二将の目を離せるならばな、という尾をつけ、董承はひきうけてみせた。
「心強うございます」
「······それには李軍の内情をしった方がより確実だな」
种 輯がつづいた。
「どうでしょう。ここは我が友、整修に──楊定に頼ってみては」
「楊定だと? いかんいかん!」
楊彪の反応に、琴箭は首をかしげて董承に問うた。
「? それは、どういったお人で?」
「儂とおなじ涼州の将だ。もとは董仲穎殿の幕下だった。王允が実権をにぎったさい奴についたが、その傲慢さに憤慨してはなれおった。いまは李傕の下にいる」
なるほど、王允はそんなところでも恨みを買っていたか。おなじく恨みを抱えた自分の話をだせばすこしは説得の材料になるかもしれないが、まあそれは今はいい。
「あの男は一度は陛下に従った。いまも心は朝廷にあるのだ」
「だが裏切ったぞ。信用なるものか」
熱くなる楊彪と种 輯の討論に琴箭はわって入った。
「まあお二人とも、そのあたりで。でもそうですね、李軍内の動きを報せてくれる者がいるにこしたことはない······」
琴箭は顔をあげた。
「必要でしょう、やはりそういう者は」
次回更新は翌火曜日であります。
种 輯──朝臣で役職は侍中。長安に遷都した後、かの荀彧の甥、荀攸らともに董卓の暗殺をはかった(失敗した)こともある人物であります。
かなづかいを修正しました。




