楊奉、李傕の暗政に苦慮すること②
「楊塊」
横合いから声をかけられふり返ると、おなじ李傕陣営の将、宋果がたっていた。
「宋か。······お前は混ざらなくていいのか、アレに」
「あんな、稚然の組織固めの宴など······」
宋果はフン、と鼻息で軽口をながすと、細身の身体を月塊の隣にならべた。生真面目な、青白い顔で月塊のみつめる先に視線をあわせる。
「実際どう考えている。いまの彼の差配を」
えらく憂いた声色が心にささった。
「政事などとはお世辞にも言えまい。なにかあればあれは郭汜が悪いのだというばかり。城内の民は飢え、辻々には異臭がただよっている。これを黙っておけようか」
現在の都は、代々の皇帝の御座所である未央宮、そして皇后の御座所たる長楽宮を境に、西を李傕軍が、東を郭汜軍がそれぞれ抑えている。そのために余計にまとまりを欠く事態となっており、まともな政事をしようにも出来ないのが現状であった。
宋果は決してこちらを見ることなく、空に、いや天に物語るかのように淡々という。
「いいわけねェ。だから俺もお前も、折にふれて忠告してきたろ」
「······だが、それももう限界だ。李将軍は誰の言も容れぬようになってきている」
歯を食いしばる宋果に、月塊は表情を強張らせた。
「······なに考えてやがる。まさか無謀な真似をしようってんじゃなかろうな」
「··················」
「妙な気はひっこめろ。たしかに民のことは放っちゃおけねえが、お前が死んでどうなる。民のことを想える奴が減るだけだ。だいいち奴を斬ったって、その後は? 朝臣たちに政権をかえそうにも、まだ郭汜がいるぞ。他の奴だって」
「······ならばいっそ、驃騎殿ではどうか」
「驃騎将軍? ──張済、か?」
宋果はぐっと顎をひく。
「張将軍ならふたりよりは物のわかるはずだろう。
俺たち涼州勢は時世で仕方なくこのような仕儀になったが、べつに陛下に背きたかった訳ではない。すくなくとも俺はそうだ。
物のわかる者が皆をまとめ、天子に忠を誓えば、いまなら朝臣とて無下にはすまい。こたびも張将軍は、李・郭の仲立ちをするために弘農からでてくるという話だしな」
「張済がここへ······?」
ウム、と宋果はうなずいた。
「だから楊塊、機をみて俺達で──」
と、ここまでで宋果は急に口をつぐんだ。みると、石段を屈強な武将がのぼってくるところだった。
「おう兄貴、ここにいたのか」
「公明」
登ってきたのは、白波谷から月塊についてきた連中のなかのひとり、徐晃、字を公明であった。背、高く、見目良く、ひと目で勇力抜群の風がわかる若武者である。
手下をとりまとめる気のない(そもそも率いたつもりはないのに勝手についてきた)頭領にかわり、月塊ならぬ、楊奉軍の指揮をとっている者だった。
「······では、俺はこれで。考えといてくれ」
そういい残すと、宋果はそそくさと去っていった。
「? 誰です、ありゃ」
「······死んでほしくない男さ、お前たちとおんなじでな」
徐晃はかるく肩をすくめてみせる。
「兄貴にそう言わせるたあ、李傕の手下にもまだまともな奴がいるということかね。で? 話はどうなりました。許しは出たんですか?」
月塊は憂いを思いだしてまたハア、と溜め息をつきながら歩みだした。
「一応な。お前、すぐに希望者を募ってくれ。狩りも薪木ひろいも許すとな。手下をわけて護衛させるんだ。何かあれば俺を呼べ」
徐晃はふむふむ、とうなずいて月塊の命令を呑み込んだ。
「しかしそれでは一時凌ぎだね。商家の方はどうするんです」
「······くそ、面倒くせぇ。いっそ脅して出させるか」
やれやれ、と徐晃は苦笑してみせる。
「それじゃ李傕と変わらんぜ兄貴。とにかく物を増やすことさ。利が薄くなりゃ連中もよろこんで吐きだすよ」
月塊は目を丸くして徐晃の顔を見上げた。
「······おまえ頭いいな。なるほど、山賊においてこなくて良かったぜ。いっそお前が治めてみるかよ」
勘弁してくれ、と徐晃はまた苦笑をうかべた。
徐晃登場。まだ若い。
かなづかいを修正。




