月塊、極地にたち仙となること②
翼望山。湖の畔にたつ廟。
無惨にも砕かれた古木の残骸のまわりには、相変わらず弱小の妖獣たちが集まって、なんとかそれを直せないものかと思案していた。
だが力だけでなく知恵も幼いその妖獣たちでは、それが如何様に建てられたのかも理解することはできなかった。
さっきから吹き飛んだ木片だの瓦だのをくわえてきては乗せているが、瓦礫の山を積むのがせいぜいである。本人たちもそれがよく分かっているのか、哀しげに小さく哭いてみせた。
──ズン!
出しぬけに大地が震えた。
みなはビックリして身をすくませる。また突き上げるような振動。ついで止むことのない激しい揺れが辺り一帯を襲った。
なけなしの力で妖獣たちが積んだ残骸の山が崩れる。まだしも蓋の役目を果たしていたものがとり除かれたことで、またあの嫌な青黒い靄がたち昇りはじめた。
妖獣たちはまた悲しそうに鳴くと、そのおぞましいものから逃れるように散っていった。
同様のことが、おもに西山域周辺で起きた。潰された廟からながれ出た青黒い靄はやがて勢いを増して、焦れるように狭い噴出孔をわって噴きだし、気流の柱となって上空の色を濁した。
その様を仰ぎ、西王母は愁眉を曇らせる。
「情けないことだ。妾の西山域がこの世一の厄介者となろうとは······。神域がすべてやられなかったのがせめての救いか」
翼望、莱山、ほかいくつか。おもに月塊によって破壊された西山各地の廟から次々と青黒い柱が立ち上がる。それら三百年はかけて溜まり、淀んでいたものはついに念願をえて、自らの遺志を遂行せし代行者のところへと翔ぶ。
いままで明るかった全天が見る間に靄に覆われていく。うねうね、ぐねぐねと力によって律されたそれらは決して背きあうことなく馴染みあう。
山海経は口をあけると、ちいさく一度息をととのえ、次の呼吸でずぅーっと吸った。と、上空に渦巻いていた靄がいちどきにめがけて雪崩こんでいく。
「な?!」
唖然とする月塊を後目に山海経の呑む勢いはとまらず、はてなく思えたとてつもない量の靄はゆっくりと、それでも目にわかるほどの速さで彼の体内へと消えた。
衣はいつか青黒く冷たい色に染まり、剃髪に近かった頭には、とどめきれぬのか靄が流出し、まるで長髪のごとくたなびいている。
ずっ、と最後のひと吸いをしてホッと息をつき、あげたその顔にひかる双眸はつよく蒼に発色している。
ゾワリ、と月の背筋は震えた。
おいおいコイツは············
「これぞ我らが意思の結晶。阻むと言うならその身で受けよ」
これまではほぼ棒立ちであった山海経が、足をすっと開き、拳をひき初めて構えをとった。
突如足元を突き上げた地鳴りに梅春は悲鳴をあげた。はじめは一度だったが、その後二度、三度と大きいのがきて、しかもそれが収まる気配をみせない。
「わ、わわわ······ッ!」
「······この感じ······誰か闘ってでもいるのかしら」
「た、闘う······って」
下手をすれば山そのものが崩れてしまうのではと危ぶまれるほどだったのに? こんなに激しい揺れが闘いによって起こるものか。
「············」
腰を落としていた琴箭はゆっくりと顔をあげ、樹々の切れ間に目をやった。
地表から剥ぎとられ宙を舞っていた草の葉のひとひら、不幸にも山頂中央にひき寄せられる。不気味な明滅をする円柱のその壁に触れるかどうかというところで、草葉は一瞬にしてひき裂かれ跡形もなくなった。
周囲とその空間とを隔て渦巻くのは力場。引きあう高圧の力場の檻。両極に凝縮された力が集中しあうその場の圧迫は、生命ありしものはおろか、誰の侵入も許さなかった。すなわち、誰ひとりとして両者の間に立ち入るを許さぬということだ。
気圧、温度差などの条件が相まって、内部はもはや重ささえ定かではない。もっとも壁にちかい外周部では、巨岩がまるで埃のように軽々と宙を舞い、昇り、ぶつかりあい、砕けあう。
「ぬァァァァッ!!」
髪のようにもみえる青い靄をたなびかせて両腕を振りまわし、山海経が全身全霊で術を繰る。うみ出された溶岩の龍は死の赤熱をともなって津波のごとくに圧しよせる。
「うっらァァァァッ!!」
応じて月塊が足を踏み鳴らし蹴あげると大量の土石岩塊が起きあがり、力まかせに突進していく。両者の術は中間で激突しあい、まるで生きているかのような悲鳴をあげる。溶岩龍は急激に熱を奪われて固まり、また岩塊もドロドロに溶かされてひとつの奇怪な巨像をなす。
のがさじと山海経が燃える弾岩をはなち、巨像を吹き飛ばすと同時、それらもろともに圧しこむ。対し月塊はその場で勢いをつけ回りはじめる。舞を舞うがごときその挙動は周辺の空気流を集め収縮させていく。
「ふんッッ」
両手でめいっぱい押し込むと、解き放たれた風は荒れ狂いながら直進し、迫る岩塊とまたもせめぎ合う。これまた決着つくことなく外周へと弾きだされて壁にあたり、見る間に中天より外へと消えていった。
「つぇりゃァアアアアッッ!!」
「どるぁァアアアアアッッ!!」
地を蹴立てて跳んだふたりは飛翔する岩片のうえを器用に踏みわたり、なんとしても優劣をつけんとばかり激突しあう。
山海経は胸を、月塊は頭をやられ、墜落してゆく。
「はっ、はっ、はっ······」
さすがに肩で息を継ぎながら、山海経ははじめて悔しそうに表情を浮かべた。
「······おのれっ。······まさか──本当に············」
たいする月塊も疲労の色は隠せない。なにせこれだけの規模で術を使ったことがない。だがその口元は、不思議な確信にみちた笑みに彩られていた。
「············はぁ、はぁ······っ······さあな。この力が何のモンなのか······なんせテメェでもよくわからないんでな。たがまあ、いいカンジだぜ」
誤字修正。




