梅春、深所をのぞきみること
「あの、なにかお手伝いすることは叶いませんか?」
控えめに申しでられた問いに、はじめ道女らはおどろいたように梅春をみたが、すぐに目を細め、頷きを返してくれた。
彼女らは梅春を一室へつれてゆくと、身体を清水で──不思議なことにまったく冷たくなかった──あらい浄め、清衣を着せその列に加えた。
いらい梅春は、張老師以下の身のまわりを世話する侍女のひとりとして、彼の起居するという蓮伽宮へと踏みいることが赦され、慎ましやかにその任をこなした。もちろん目的は張老師に気に入られること──ではなく別にある。
謝伸さんに会いたい。
ただその一念が、いまの彼女を動かしているのは明らかだった。
ほぼ全てを失い、灰か雪のようになってしまった人々の中にあって、彼女のその想いは明けに灯り燻る炎の最後の一芽のように目立つものであったが、幸いにして、それを気に留めるものもまた、ここにはいない。いるとするなら、それは仮初めにも夫である栄万と、その従者たち、ということになるが、従者たちはとにかく死なずに済んでいることに胸をなでおろし、この不可思議な空間に目を開きつつあるものが殆どで、なんら彼女を縛るものではありえない。
また栄万にしても、彼女のその行為の本分は見え見えだったけれども、うまくすれば仙人様に渡りをつける機があるやもと思い、あえて無言をつらぬいた。
梅春の努力は、意外にもはやく報われることとなった。老師とその家令にお供えをはこぶ係として、臨時ながら抜擢されたのだ。
そこで梅春はこっそりお願いをして、相役のひとりと御役をとり替えてもらった。相役の道女は、なぜ彼女がもっとも誉れである老師への奉仕をゆずるのかと小首をかしげたが、それが彼女の慎み深さからのものとみて、感心感心といったふうに頷いてみせるのだった。
夕餉の時刻。
老師様への献上はそれなりの列がならぶが、その従僕である謝伸への供えは、梅春をいれてたったふたりであった。
通礼では侍女は口をきいてはならぬということになっていた。けれども多人数の老師側ならともかく、こちらはこうしてたったふたりしかいない。うまく機会をつくれるのではと、いよいよ梅春の胸は高鳴った。
咎められるかもしれない。でも私の知る謝伸さんならきっと············
蓮伽宮までの道は、くらく、洞道のうちを通る。淳于毌逢山頂上の中心にある巨塚のなかにそれは在るためだ。
周りは暗く、ポツリポツリと右手に点る灯りがか細く揺れている。空気はおもいが、どこか通りはあるようで、息苦しいとはまったく思わなかった。
こんな処に、本当に人が住めるものかしら。ひょっとして謝伸さんは、もう仙人様になってしまわれたのではないかしら。
そうなれば、最早自分になぞ気を留めてくれるだろうか······。まわりの雰囲気にもあてられてか、梅春のなかの炎は急速に翳っていった。
先導の先輩侍女が足を停めたことで、謝伸の居室に着いたのだとしれた。
そこは洞道の途中に掘られた数ある掘り抜きのひとつで、まったく粗野なものだった。ほんの慰め程度にあてられた木材が唯一の趣きで、ほかはすべて荒い岩壁、床も地面がむき出しである。そんなところへ書棚と、座する敷物に文机が、寂しげに置かれているのみである。ガランとして、ひとっこひとりいない。
「──おられないようね」
共役はそれだけ呟くと、カタリ、と持ってきた供物を机におく。梅春にもそれを置くようにと無言で悟らせた。彼女が倣うと、うなずいて、先に立って室をでていく。
そんな······こんな機会はもうないだろうに············
とてもではないが後につづく気にはなれない。かくなる上はいよいよ、彼が帰るまで、自分もここを動かぬと梅春は思いなおし、ただじっと待った。
どれくらい刻がたったろう。ふいにコツン、コツンとした足音が、洞内に木霊をよこし始めたのを聴いたとき、梅春は息を呑んで緊張に身を固くした。
いよいよ会えるんだ、謝伸さん······!
規則正しい足音は、やはり彼のもので間違いではなかったらしく、暫時、室の前でとまったあと、ヌッとその顔を灯りのなかに現した。
「······謝伸さん」




