梅春、謝伸の陰に心さわぐこと
無事に海を渡りきった柳栄万と梅春、そして従者たちは、艱難辛苦の末、とうとう北山最後の山域、淳于毌逢山に足を踏み入れた。
ここまで長かった。
途中、また少しの犠牲がでた。そのたびに生き残りたいという執着かつよくなっていく。荷物──仙人様への贈物──が少々減ろうとももはや気にもならなかった。
山の麓には、御前街よろしく、市を中心として郷がひろがっていた。なかなかな活況を呈していたが、肝心のお山に関していうならば、がっかりした、というのが正直なところだ。
北山域にはいってからずっとそうだったが、行けども行けども黄土が積もり固まったような、殺風景にして豪壮、しかれども面白味のない山ばかりが目立った。たまに見かける数本の樹々のみが目の癒やしとなるほどに。これなら萊萊らの暮らす南山のほうがよっぽど豊かに映ったことだろう。
だがそれでも偉大な仙人様がおわす山なのだから、今度こそは他とは違う、期待を掻きたててくれる見目であろうと信じていたのだ。なのに、とうの淳于毌逢山はただでかいだけで、ちっともそれらしくはなかった。
栄万はため息をついて、米道の弟子らしい人間と、妖獣なのだろう、なんだか猿ににた輩が入り混じって開いている出店を顎で示してみせた。
「おい、仙人様のことをなにか訊いてこい。もう無駄足は御免だ」
あくせく登山して外れでした、なんというオチにはもう付き合う気力もない。
空いた地面に腰をドッカとおろすと、栄万はチラと妻・梅春のほうをみた。
君子郷の一件以来、口数はへった。たがここまでの旅程はふたりの会話をとり戻すには充分だった。生きるか死ぬかの瀬戸際では、相手を嫌っているからといって口をきかないわけにはいかぬ。まして自分たちは夫婦なのだ。たがい必要であることはわかりきったことなのだし、何をおいても自分があの女を守るのだという気持ちは、十分につたわったはずだ。
「······疲れたか」
顔をむけずに問うと、すこし離れて座っていた梅春は、うっすら笑みをみせて首を横にふる。
「いいえ······」
そうか、とだけこたえ、栄万は目を瞑った。
彼のおもい瞼をふたたびこじ開けたのは、用人どもの情報をとって帰ってきた靴の音でも、危険をしらせる獣の声でもなかった。
かん高い竹笛の音色。祭祀のときにきけるような賑やかに囃す調子だ。
音のもとをみるとひとりの童子が、ゆくに任せた黒牛の背にまたがり器用に均衡をたもちながら吹いているのだった。その音色は淡青の空には馴染むように沁み入るが、地上の殺風景さには場違いのような気もした。
その童子をのせた黒牛は、ぴたりと栄万らの前で脚をとめた。なんだと見上げると、童子も笠をあげて栄万らをみとめて訊ねかけた。
「おじちゃんたち、仙人様に会いにきたのかい?」
栄万の瞳に渇望の光が蘇った。
「お、おお······そうだとも! お前、なにか知っているのか?」
童子はカラカラと笑った。聞くものの心を軽くしてくれるような明るい笑い声だ。
「だったらこんなとこにいちゃ駄目だよ。だって仙人様は表には滅多にお出にならないのだもの」
「表? ······いや、まさか······で、では仙人様はこの淳于毌逢山にはおられぬということか!」
「そんな怖い顔しないでいいよ。そうだ、着いてきな。おいらが案内してやるよ」




