40話「笑顔の魔術師」
「ふーはっはっはっは!! 我が傀儡どもの織り成す至高の旋律、御堪能あれ!」
中年の男は、底抜けに明るく。
「ディ・モールトォ! 今日の私の傀儡使いはまさに天下無双。人形たちよ、今こそ唄え────」
「えっと、あの。ちょっと止めてもらって良いですかソレ」
周囲の空気を何も読めていないまま。意気揚々と絶望の最中に殴り込んできて、だだ滑りしながら芸を披露し始めた。
「おいユウリ、何とかしなさいよアレ。貴女の親でしょう?」
「……。すまない、ちょっとボクは今いっぱいいっぱいで。父の奇行を受け止めるだけの余裕がない」
「はい、もっとフォルティッシモ!! LaLa~」
「何なんだ、コイツ」
非現実的な魔力の暴威を前にして、狂ったように叫び声を上げ続ける中年男性。
ああ、かわいそうに。きっとユウマ氏は、あまりの恐怖で頭がおかしくなってしまったのだろう。
だから、こんな意味のわからない事をしているに違いない。
「ユウリ、貴女の父は普段からこんな感じなのか?」
「まさしく平常運転だ」
そうか、これで正常なのか。
「あの……、えっと。もうちょっとしたら3射目が来るので、そろそろ座ってくれないかしらイリーネ」
「……あ、いいえサクラ。私一人が生き残る訳にはいきませんわ」
「馬鹿言ってないで、1人でも生き残る手段を────」
「弾けるリズムに、乗るバイプス。踊るアホゥに見るアホゥ!!」
「ちょっと、静かにしてもらって良いかしら。友との一生の別れだっていうのに、集中出来ないんだけどぉ!?」
サクラが命懸けで俺を助けてくれようとしている後ろで、陽気に歌って踊りだすオッサン。空気が台無しである。
本当に、どうしてくれようコイツ。
「父よ、やめたまえ。以前から貴方は空気を読まぬ男だったが、此度は度が過ぎている」
「何を言う、ユウリ。今この時をおいて、我が芸を披露するに足る場面はあるまい」
「どこがさ。父よ、いい加減にしたまえ! 流石のボクも、死ぬ直前に身内と縁切りしたくは────」
「アラララララーイ!!」
娘からマジの説教が入るも、ユウマは気にした素振りを見せない。
ああ、狂人。きっと彼は、とっくに頭がおかしくなっていたのだ。
素面でこんな真似が出来るものか。
「では、前座はここまでだ。いよいよ本番のメインディッシュ。我が必殺の大合奏をお見せしよう!」
その狂った絶叫と共に、ユウマは周囲に紙吹雪を振り撒いた。
見ればそれは、彼やこの街の学者が記しあげた論文。そしてその全てが、ネタ魔法について記述された論文である。
「さあさ、皆様どうぞ手に取り給え! リクエストがあればお応えしよう! 人を笑顔にする魔法の真髄をご覧にいれて差し上げよう!」
「……本当に、これは正常なの?」
「分からない……。ボクには、父が何を考えているか分からない……」
その無造作に撒き散らされた論文の中。
俺は、その踊り狂う底抜けに明るい魔術師が……。
「よほほほほーい!」
今にも、泣き出しそうであることに気が付いた。
それは、10年以上も前の事である。
「ああ、クウリ。そんな、嘘だ」
妻の勤める研究所の、大火災事故。
その知らせを聞いたユウマが、我先にと事故現場へ駆けていったのは。
「ああ、クウリ。ああ、ユウリ。二人は無事なのか?」
幼い娘は、妻の職場の託児所で面倒を見てもらっている。その職場が焼け落ちたのだ、二人とも死んでしまっている可能性が高かった。
ユウマが到着したその火災現場では、既に火は鎮火されており。哀れな被害者達が、その名を検分されている折であった。
「あ、ああ! クウリ、そんな!!」
書き出されたその被害者達の名の中に、ユウマは妻の名が有ることに気がついた。
何かに覆い被さるように焼け焦げたその死体は、妻が身に付けている筈のユウマとの結婚指輪を身に付けていた。
この醜い炭の塊こそ、自らの愛した妻だった。
「ああ、ああああっ!! 嘘だ、クウリ、そんな、アあっ!!」
助からなかった。死んでしまった。
自分がくだらない芸を研究している間、妻は火災で無残に焼け死んでしまった。
生涯を添い遂げると誓った相手を失い、ユウマは自暴自棄に陥りかけて────
「……すぅ、すぅ」
「アッ……」
焼け焦げた彼女の覆い被さった先に、小さな命が寝息を立てていることに気が付いた。
熱かったろうに、苦しかったろうに。ユウマの妻であるクウリは、自らの娘を鎮火されるその瞬間まで自ら盾となって守り抜いていた。
「クウリ……、守ってくれたのか」
「すぅ、すぅ」
「すまん、すまん……」
まだ3つ。ユウマは何も分からぬだろう幼き子を抱き抱え、ユウマは妻の遺体に突っ伏して泣き伏した。
念のためユウリを病院に連れて行き、その後に妻の亡骸を棺桶へと優しく仕舞い、ユウマはこれからの事を想った。
「どうしようか」
思い出すのは、楽しかった妻との日々。
悩まれるのは、これからの生活。
「これからは、私一人でユウリを養っていかねばならん。仕事の時間も減らす必要があるだろう」
妻を失ったショックと、将来への不安。その重圧が、1人の男に重くのしかかる。
ユウマは、すっかり広くなってしまった自らの家の居間で、延々と悩み続けた。
「まずは、妻を弔ってやらねば。そして、割りの良い仕事を探し出して稼ぎ、少しでも家庭の時間を増やそう」
ユウマはショックから立ち直っていない頭でぼんやりと、そんな事を考えていた。
愛娘であるユウリはまだ幼い。まだまだ、親の愛が必要な時期だ。
親が死んだことも理解できないであろう年齢の娘を想い、ユウマは再びさめざめと泣いた。
「……」
「おお、ユウリ。目覚めたかね」
翌日、娘は病室でぼんやりと目を覚ました。
病院は火災の重傷者でごった返し、軽い火傷で済んだ彼女は目覚めればすぐに退院となる筈だった。
「おはようユウリ、よく眠れたかい?」
「……」
「ユウリ?」
しかし、ユウマは異変に気付く。
ユウリが、何を言ってもうんともすんとも反応しないのだ。
「おうい、医者を呼んでくれ。娘の様子がおかしいんだ」
「はあ」
顔を覗き込んでも、目が合わない。
手を差し出しても、反応しない。
どれだけ語り掛けても、ユウリはただ無表情に虚空を見つめるだけだった。
その様子を心配したユウマは、医者の診察を仰いだ。
「……」
「どうやら娘さんは、心を失っています」
ユウリに残った火災事故の後遺症は、ユウマが想像していた以上に重たかった。
「おそらく、娘さんには意識が有ったんです。自らの母親が焼き殺されていく最中、しっかりとその様を見届けてしまった」
「それは、どういう事なのだ」
「まだ幼児たる彼女にとって、親の存在は世界の全てです。それが目の前で残酷に失われてしまい、この娘は自らの幼き心を守るため、感情をブロックした」
何をしても、何を言っても、ユウリはピクリとも動かない。
やがて食事すらとらなくなったので、ユウリは病院のベッドで管から強制的に栄養を流し込まれて生きていた。
「更に、火災現場は酸素が薄い。そんな状況下で脳にダメージを負ってしまえば、快復は難しい」
「おい、では、娘は」
「低酸素による、心神喪失症。おそらく、完治は難しいでしょう」
今まで蝶よ花よと育ててきた、天真爛漫なユウマの娘は。
「ありていに言えば娘さんは、植物のような存在になってしまわれました」
────心を失っていた。
ユウマは慟哭した。
物言わぬ心無き空器となった娘を抱きしめ、何もする気が起きずに泣き続けた。
「お願いだ、ユウリ」
幼女の髪は乱れ、腕は細り、眼は落ちくぼむ。
しかし、彼女は一切の動きを見せない。
「答えてくれ、動いてくれ、話してくれ」
毎日のように病院に通い、人形のような娘を前にして、父親は語り掛け続けた。
いつか、以前のように。妻と娘と共にでかけたピクニックで見せた、あの花の咲いたような笑顔が見れると信じて。
「もう一度だけでいい」
ユウマは、娘の身体に突っ伏して懇願した。
自らも食事をとるのを忘れ、やせ細りながらもユウマは慟哭をやめなかった。
「笑ってくれ、ユウリ────」
その、届かない祈りを娘に捧げながら。
ある日、ユウマは夢を見た。
亡くなった妻と、活発に笑う娘。
その二人と共に、娘の誕生日を祝う夢だった。
『ユウリ。4歳の誕生日をおめでとう』
『ユウリはクマさんが好きだったね』
『パパ、ママ!! これ、貰っていいの!?』
大きなクマのぬいぐるみを前に、はしゃぐユウリ。
喜んでくれてよかったと、胸をなでおろす妻。
『あまりお菓子を食べ過ぎないようにな。今夜は、ご馳走を用意しているぞ』
『ケーキは、明日まで持つからね』
幸せな光景だった。
それは火災さえなければユウマが今も手にしていた筈だった、大切な家族との時間だった。
『ああ』
『あら、ユウマさん。何を泣いているのです』
夢の中でも、ユウマは泣いた。
優しく聡明だった妻に支えられて、おいおいと泣き始めた。
『何故だか分からないが、涙が止まらないんだクウリ』
『いきなりどうしたのです』
『あの子の笑顔を見ていると、胸が締め付けられる』
眠っているユウマには、この光景が夢だと分からない。
ただ妻が生きていて、娘が笑っているこの世界が、どうしようもなく愛おしかった。
『祝いの席に涙は不吉ですよ。ほら、貴方も笑ってくださいな』
『ああ、すまんなクウリ。もう大丈夫だ』
それは、ほんの一時の安らぎ。
現実逃避ではあるが、その時確かにユウマは救われていた。
『あなたは、人を笑顔にする魔術師なんでしょう?』
『その通りさ。私はユウマ、ヨウィンに笑顔を満たす者』
『なら、貴方も笑っていてくださいな』
そして、その夢の中でユウマは。
『人に笑顔を届ける者が、泣き顔じゃしまらないでしょう』
そう、妻に優しく諭された。
「……んあ」
その幸せな夢も、やがて終わりを告げる。
ユウマにはいつものように、辛く苦しい現実の朝が来る。
「……ああ、そうか」
ユウマはのっそりと起き上がり、今日の日付を確認する。
色々と追い詰められ、すっかり頭から抜けていたが。今日、この日は────
「今日はユウリの、4歳の誕生日か」
火災事故から半年が経って。
ユウマは自らの娘が、誕生日を迎えていたことに気が付いた。
「────ああ、構いませんよ」
「ありがとう」
ユウマは、病室にクマのぬいぐるみを届けさせた。
そして自らの人形の楽団を持ち込み、娘の誕生日を祝う許可をもらった。
「4歳のお誕生日、おめでとうユウリ」
彼は医者や職員の見守る中、自慢の魔法で華美な演奏を始めた。
夢で妻に諭されたように、満面の笑顔を浮かべながら。
「生きていてくれて、本当にありがとう」
虚空を見つめるだけのユウリでも、愛おしい娘には変わらない。
ユウマは全身全霊の技術を持って、軽快で無邪気で牧歌的な、ユウリの好きだった音楽を奏でた。
その行動にどれほどの意味があるかは分からない。
だけど、それこそがユウマに出来る唯一の『娘への愛』であったから。
「……あっ!?」
「えっ?」
医者が、思わず叫び声をあげる。
ユウマが、久しぶりにユウリの前で芸を披露したその日。
「ユウリちゃんの、顔が……」
演奏が終わって見れば、なんとユウリは首を曲げてユウマの方を見ていた。
娘は父の演奏に反応し、その方向を自分の意思で向いたのだ。
この時ユウリは、実に半年ぶりに人間らしい反応を見せたのだった。
「娘さんは、間違いなく感情を閉じてしまっていました」
その日から、ユウマは毎日のように娘の前で演奏を始めた。
決まった時間に毎日のように開かれるその演奏会は、病院のちょっとした名物となった。
「しかし、貴方は娘さんの閉じた心をこじ開けた」
最初は首を動かすだけだったユウリも、徐々に多彩な反応を見せるようになった。
小首をかしげたり、目を見開いたり、指を曲げたり。それは間違いなく、ユウリが回復していることを示していた。
「これはまさに奇跡と言えるでしょう」
「馬鹿を言いたまえ君、私を侮辱する気か」
医者はユウリの快復していく様を見て、まさしく『奇跡だ』と述べた。
しかし、ユウマはそうは思わなかった。
「これは私の魔法が、素晴らしかっただけだ」
ユウマが妻に見初められた、人を笑顔にする魔法。
宴会芸と馬鹿にされながらも、多くの人間に笑いを届けた彼の魔法が、娘にも届いた。
ただ、それだけの事なのだ。
それからユウマは、笑顔を絶やさないようになった。
娘の前では常に笑顔で、常に明るく振る舞った。
「……ぱ、ぱ?」
「おおそうとも! 私がパパである!」
やがてユウリは、言葉が喋れるようにまで回復し。
自分の意思で食事も取れて、歩くことが出来るようになった。
「退院ですね。長い間、お疲れさまでした」
「貴方の演奏が聞けなくなると思うと、寂しくて仕方がない。これからも頑張ってください」
「ふはは! まぁ、私の魔法は超一流であるからな!」
晴れて退院となったユウリを連れて、ユウマは家に帰った。
家に帰って最初にするべきことは、決まっていた。
「一年ほどほったらかしにしてすまなかったな、妻よ」
それは、当の昔に埋葬されていた妻の葬儀であった。
彼はずっと満面の笑顔で、娘と共に妻を弔ってやる事を心待ちにしていた。
母親の死を目の前で見てしまったユウリの心に折り合いをつける為にも、これは最優先でやらねばならなかった。
────1年ごしの、妻の葬式。
それは知人友人をたくさん集め、妻の好きだった曲をメドレーで演奏するという、参列者の笑顔で満ちた愉快な葬式だったという。
こうしてユウマは、娘を取り戻した。
「父、父。ボクも、研究者になりたい」
「そうか! 研究というのは楽しいぞ、素晴らしいぞ! きっとお前も、学会を笑顔に包ませる素晴らしい魔法を作り上げるに違いない!」
「……そんな魔法は、作らない」
ユウリは少しずつ、口数が増えた。無表情だった顔には、生気が戻った。
「人形の笛だけではもの足りぬからな。次の学会では新しい楽器を試してくれよう」
「新しい楽器?」
「それはすなわち、尻である!!」
ユウマは研究の成果が認められ、笑顔を届ける魔術師として名が広まった。その素晴らしい芸の数々で、貴族の宴会にも招かれるようになった。
彼は、娘を不自由なく生活させられるだけの資金を稼げるようになった。
「屁で音色を奏でるのだ!」
「……ふふ、何だソレは。馬鹿馬鹿しい」
ユウマと言う芸だけしか能のない男が、火災で何もかもを失いかけてなお、絶望の縁から諦めず努力し続けたその成果。
「ふふ、ふ」
彼の娘は、数年ぶりの笑顔を父親に向けたのだった。
ユウマは不器用な男であった。
ただ娘に笑顔になってもらうためだけに、その生涯の全てを費やした。
決してユウマは、生まれつきセンスのある男では無かった。渾身の芸がだだ滑りする事も少なくなかった。
魔法での演奏は見事なものだが、ギャグはワンパターンだし、一度受けた芸をひたすら繰り返す悪癖もあった。
だが、しかし。ユウマの事を知る者は、口を揃えてこう言うだろう。『彼の魔法は素晴らしい』と。
何故ならそれは、
「あんなにも家族愛に溢れた魔法を、我々は知らない」
彼のその愚直なまでの生き様に、感銘を覚えた人間は少なくなかったのだ。
ユウマは、娘が魔族との戦いに同行すると聞いて付けてきた。
ユウマは、娘がさめざめと泣いているのを見て飛び出した。
彼に、魔力砲撃を何とかする事は出来ない。
彼に出来る事はただ、泣いている娘の前に立って、奇行を繰り広げることだけである。
「父よ、落ち着きたまえ。今は皆が覚悟を決めて、死と向き合う時間なのだ」
「……落ち着いているともユウリ。ふむ、新しく人形にハープを仕込んでみたのだが……、お気に召さなかったかな」
「今はそういう状況ではないのだ父よ。どうか少し、静かにしてはくれないか」
呆れたユウリは泣き止んで、父を宥めに回った。
ユウマも諭されて、静かにその場に座り込んだ。
「魔力の収束が終わったみたいねぇ。発射準備は万端と言ったところかしら」
「きっと、間も無く全てが終わるのだろう。そうだな、では最期のその時は父の隣で過ごすとするか」
娘のために生きた道化は、ただ騒いだだけ。
しかし過程はどうあれ、さめざめと泣いていた娘を泣き止ますことには成功した。
「……父?」
「いや、何でもない……」
ただそれだけの事が。
ユウマにとって、何よりも大切だった。
「あらら~、大変な事になっているのです」
どこか遠くの空の上。
誰にも聞こえぬ呟きが、女神の口からこぼれ落ちた。
「カールの奴め、私の命令に逆らって。だから苦労する羽目になるのですよ~、馬鹿馬鹿しい」
女神はしばし自分の職務を離れ、逃げるように指示した勇者の様子を確認するべく下界を覗いていた。
古き神である彼女には、やるべきことが沢山有るのだ。ましてや今は、人類の天敵である魔王が復活し暴れまわっているタイミング。
いつまでも勇者にかかりきりというわけにはいかなかった。
「それに『精霊』だの『未来予知』だの子供だましに振り回されて。未来が確定しているなら、私達が介入する意味などないじゃないですか~」
女神は、窮地に陥ってしまった自らの勇者に向けて、独りごちた。
確定した未来などこの世に存在しない。だからこそ女神は、人類の為に頭をひねって『どうすればより良い結果を掴めるか』考え続けているのである。
「あんなの人間より視野の広い精霊が、未来を演算してるだけなのです。本当に未来を決めるために必要なのは、たった1つ」
精霊の魔法は、あくまで演算に過ぎない。
女神は絶対に助からない様な劣勢を跳ね返し、人類に希望をもたらせた勇者を何度も見てきた。
そんな『奇跡』を起こすことが出来た勇者は、全て例外なく────
「精霊にも予測できないような、人間の強い感情なのですよ」
何より強い、人間特有の強固な精神があった。
間もなく敵の砲撃が放たれる。
ヨウィンと言う街のすべてが終わってしまう。
────人間に勝ち目はない。
それが、精霊たちの出した結論だ。
「……イリーネ?」
誰が見ても分かる、紛う事なき逆境。
今のこの状況をひっくり返すには、それこそ『奇跡』が起こるのを期待するしかないだろう。
「ど、どうしたのよ、イリーネ」
「……」
だから間違いなく、これは偶然の出来事だ。
無様なおっさんが、娘の為を想い、自分に何かが出来るかもしれないと足掻いただけの行動。
「どうして────」
その暴走が偶然、『奇跡』の最期のピースを埋めた。
1人の中年の『想い』が、1人の少女に託された。
「……どうして笑っているの、イリーネ!?」
窮地にこそ活路あり。
脳筋思考の貴族令嬢は、仲間たちに渾身の笑顔を向けながら、
「ブラボーですわ、ユウマ様」
迫りくる砲撃に向かって、正面から相対した。




