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38話「決戦! アルデバランとの共同戦線」

「……とまぁ。昨夜、イリーネがそんな予知を見たらしくてな」


 翌朝。


 俺がこの街が壊滅する未来を見たことを、パーティー全員に共有した。


「で? カールはどうするの?」

「わり、マイカ。街に被害が出るっていうなら、俺は残って戦おうと思う。……お前はどうする?」

「あーもー。あんたはそう答えると思ってたわよ。だから昨日あんなにゴネたのに」


 ぷぅぅ、と頬を膨らませてマイカはカールを睨み付けている。


 少し、心が苦かった。俺は、マイカの気持ちを無視した頼み事をした訳だ。


「私も残るわよ。私に出来ることなんて限られてるけどね」

「心強い、サンキューな!」

「はぁぁぁ……。本当に、このバカは」


 満面の笑みで答えを返したカールは、マイカから小突かれていた。


「すみません、マイカさん。私が、頼み込んだから」

「……別に、私から何も言うことはないわ。カールが決めたことでしょ」


 マイカは口ではそういいつつ、俺を一瞥してプイッと顔を背けた。


 やはり、思うところがある様子だ。


「さて、予定が変わって明日決戦となってしまったんだが。レヴとマスターも、それで良いか?」

「元々お嬢が賛成してるんでさ。俺に拒否権なんぞねぇよ」

「……元々、カールが決めた事に従うつもりだった。戦えと言われたなら、戦う」

「頼んだぜ。ただ前線には俺が立つから、お前らは無理すんな。イリーネは安全圏から精霊砲をぶっぱなしてくれ、他のメンバーは全員でイリーネを護衛だ」


 カールの決めた方針に、全員が頷く。


 前回の戦いで精霊砲は通じなかったが、今回は杖ありの状態だ。魔族の数匹程度なら、俺の精霊砲で吹き飛ばせる可能性は十分ある。


「でもさ、それってつまりは」


 ただし俺以上の火力を出せない他のメンバーは、俺を守るしかなくて。俺が屠れる魔族も、せいぜい数匹。


 で、カールは単騎で敵に切り込むと。


「私達、カールのおまけよねぇ」

「そ、そんな事はないぞ!」


 もう全部こいつ一人で良いんじゃないかな、と言いたくなる役割分担だ。


「カールは突っ込むと周囲が見えないから、撤退の合図は後ろで私達が指示を出すわ。合図の花火を打ち上げるから、見落とさないでよね」

「お、おう。頼むぜマイカ」

「もう一人の勇者は魔導士なんでしょ? ソイツの攻撃に巻き込まれる可能性があるし、深入りは禁物よ。あくまで私達の仕事は、街の被害を減らすこと」


 おお、確かにそうだな。引き際を判断するのは、安全圏に居る俺達の仕事だ。


 話を聞く感じ、アルデバランはかなりの凄腕魔導士。カールが深く斬り込み過ぎると、範囲攻撃できなくて邪魔になるやもしれん。


「因みに女神様は、何か仰っていましたか?」

「……昨夜は音信不通だった。怒ってるのかなぁ」

「きっと分かってくださいますわ」


 女神様、なぁ。結局、精霊の予知が本当ならヨウィンは焼き滅ぼされるわけだが。


 女神ともあろう存在が、ヨウィンが焼け落ちる未来を予知できないはずがない。現に、前の街の襲撃は予知してカールを向かわせている。


 つまりアイツは、ヨウィンの街が滅びようと関係なく見捨てるつもりだったって事だ。



 それは、まるで。『その件は担当外なので』と仕事をたらいまわしにする役所のような、冷たい対応。



 ひょっとして、女神様ごとに守りを担当してる地域とかがあるんじゃないか? それで、このヨウィンという区域の担当がアルデバランの女神だったという訳で。


 こっちの女神セファがカールを遠ざけようとするのも、仕事の担当範囲外だからとか?


「……ふぅ」


 考えすぎかな。単に敵対しているから、協力したくないだけだろう。


 神様がそんな役所仕事で人類を守ってるとか、あまり考えたくない。


「じゃ、今日は装備を整えて、英気を養おう」

「ユウリのお嬢にも、伝えてきやす」


 何にせよ、これで俺は戦える。


 ユウリのため、この地に住まう人のため。


「じゃ、みんな頑張ろう」


 その言葉に答えるように、俺は拳を握りしめた。

















「そうか……」


 暗い顔のアルデバランが、悔し気に俺の顔を睨みつける。


「つまり、私一人ではヨウィンを守り抜けなかったのだな」

「あ、それはその。予知魔法は別に、絶対なものでは」

「イリーネが見たのは、精霊の予知だろう? 疑うべくもない」


 俺は、こちらの事情を話すべく再びアルデバランを訪ねていた。


 フレンドリーファイアでカールを焼き滅ぼされたら困る。彼女には、俺達が残ることを伝えておかねばならない。


「まったく不甲斐ないな」

「ほ、本当にヨウィンは焼け落ちちゃうの?」

「その様ですわ」


 アルデバランは、酷く傷ついた顔をしていた。それは俺の予知が、『アルデバランは負けますよ』という予告に他ならなかったからだ。


 自信があったらしい彼女は、目に見えて落ち込んだ。


「そうですか。そんな未来が見えたなら、貴方達に何処かへ行けとは言えないですね」

「どんな敵だったんだ? 言っちゃ何だが、ウチの大将が負ける姿を想像できないんだが」

「見た目は人型の魔導師でしたわ。遠目でしたのでそれくらいしか分かりませんが」

「ほーん……魔導師、ね」


 それを聞き、アルデバランの仲間のオッサンが顔をしかめた。コイツは確か、前に俺をベッドに誘ってきたエロオヤジだ。


「魔導師相手に勝負して、アルが本当に負けんのか? アルよりやべぇ魔術師が地球上に存在するとは考えにくいぞ」

「どういう意味ですの?」

「いや、考えすぎなら良いんだがな。その魔導師が操ってたのは『炎』なんだな?」

「それは、ええ。……、炎?」


 炎。そう、炎だった。


 その魔導師は、炎の渦を纏いヨウィンの町を火の海沈め────




「あああっ!? まさか、まさかあれってアルデバランさんなのですか!?」

「え、私!? ちょ、そんな訳無いだろう!」

「リ、リリリーダー!? まさか、リーダーは魔族の手先なのですか!?」

「アルが、魔族……? でも確かに、アルの魔力は人間のものとは……」

「違う! 私じゃない! 私はやってない!!」


 そうじゃん! よくよく考えたらこいつ『魔炎の勇者』とか名乗ってる炎系統の魔術師じゃん!


 まさか、ヨウィンを焼いたのはこの女っ……!


「こ、ここで討っておけばヨウィンは……」

「違うからなイリーネ! 私に向かって拳を構えるのを止めろ!」

「というか魔術師が拳を構えるなです。杖を構えろ」

「アル……、まさかお前が裏切り者だったなんてな。せめて俺がこの槍で……」

「ちっがーう!! さてはラジッカ貴様、私をからかっているな!?」


 アワアワと混乱しながら、首を左右に振るアルデバラン。


 目を見開いて混乱するショタ魔導師に、悲しげな顔で槍を取り出すエロオヤジ。


 この極悪人め、許しておけん。


「いや、まぁな? 街を丸ごと焼き滅ぼせる魔術師が世界に何人居るんだって話よ」

「私がやる訳ないだろう! 勇者だぞ!? 人類の守護者だぞ!」

「……私も、アルがそんな事をするとは思いませんが。ラジッカ、貴方は何が言いたいのです?」

「いや、分かるだろ。……洗脳、あるいは寄生する魔族に注意しろって言ってんだ」


 ……ほえ? 洗脳、寄生?


「え、何その気持ち悪い魔族」

「洗脳に関しては過去の文献にも有った。強い人間の戦士を捕らえて洗脳して、魔族の手先にしたって話」

「……あ」

「この広い街を焼き尽くせるほど糞強い魔術師なんて、アルデバランくらいしか思い付かねぇよ。その予知で見た光景は多分、敗れて洗脳か寄生かされたアルデバランが魔族の手先にされてるって事じゃねーの?」

「わ、私が洗脳……?」


 ……そ、そうか。そう言う感じの事もしてくるのか、魔族。


 何それ怖い。最強チートの勇者が敵に回るとか考えただけでも恐ろしい。


「ア、アルが洗脳……? そ、そんなのダメだよ! 困るよ!」

「ふむ。確かにあり得ない話ではない」

「リーダーが敵に回るとか勝てっこないじゃないですか。そんなの無理です、私は速攻逃げ出しますよ。大事な人と2人きり、愛の逃避行です」

「1号、分かっています。その大事な人とは、すなわち私────って、あ痛!」


 相変わらずこのパーティーはキャラ濃いな。今真剣な話してるんだから、茶々を入れるな。


「この私が利用されると言うのか……。それは、確かに危惧するべき展開だな」

「アルが洗脳されて……エッチな服装で……ダメだよそんなこと!!」

「うるせー! 思春期だからって盛ってんじゃねーぞです、このムッツリショタが」

「ムッツリじゃないよ!」


 ウサギ仮面がスパーンと、軽快な音でショタを引っぱたいて突っ込みを入れた。


 あの奇人、まさかパーティ内では突っ込みキャラなのか。


「一応、今から洗脳対策は練っておく。よく伝えてくれたぞイリーネ」

「ええ。では明日、よろしくお願いしますわ」

「私達は魔族を討つ、その目的が一致しているだけだ。貴様らとはよろしくするつもりはない」


 アルデバランはそう言うと、プイと顔を背けた。


「……だが、死ぬなよ。イリーネ・フォン・ヴェルムンド」

「無論です」


 彼女にも、勇者としての立場があるのだろう。まったく、上司の諍いに挟まれる部下と言うのは大変だ。























 ────翌朝。


「げっ」

「あっ」


 俺達カール一行とアルデバランは、街の郊外でばったり出くわしてしまっていた。


「おい、ここは魔族が攻めて来るだろう最前線だ。俺に任せて、魔導師はどこかに隠れていた方が良いんじゃないか?」

「それは此方のセリフだ。剣士は近距離攻撃しかできないんだから、先手は私に譲れ」


 俺達は、此処こそが決戦の場だと予測した。ユウリの予知で見えた光景は、南西の街郊外に布陣する俺達の姿だったからだ。


 考えてみると、『魔力の森』の広がる南西は他の方角と違って敵がこっそり進軍してくるにはもってこい。


 なので俺達は、魔力の森がよく見える南西郊外に出張って来たのだが。


「私の女神様は、ここに陣取れと仰った」

「やっぱり、この方向から魔族は来るんだな」


 アルデバラン側も魔族の襲撃方向を察知していたようで、ブッキングしてしまったらしい。


「……」

「……」


 意図せずして、肩を並べる事になったアルデバランとカール。


 全身赤づくめの燃えるような髪の少女と、平凡な外見の男冒険者。


 上司に当たる女神は敵対こそすれど、二人は同じ敵を迎え撃つ仲間同士だ。


 ブッキングしても、別に大した問題は無いだろう。


「お前は別の場所に陣取れと言うたのが聞こえないのか? パーティ丸ごと吹き飛ばされたくなければ、おとなしく私に従え」

「お前、それを本気で言ってるのか? 仲間に手出しするつもりなら、俺は迷わず剣を抜くぞ」

「は、おもしろい。私の高速詠唱、止めきれるかな?」

「この距離ならどんなに速く詠唱しようが、俺は剣でお前を両断する方が先だ」


 ……あれ? 思ったよりギスギスしてるぞこの二人。


「ちょ、ちょっと。今から魔族と戦いましょうって時に、身内で争ってどうするのよ」

「そうですアル、落ち着いて」

「私は落ち着いているがな。そこの馬鹿が……」

「その女が仲間に危害を加えないと宣言しない限り、俺は引かん」


 え、何だコレ。この二人、何でこんなに仲が悪いの?


 なんで第一印象から、こんなに喧嘩腰なの?


 まさかこれが、女神様の言ってた『根本的に相性が悪い』って奴なのか。


「喧嘩はやめたまえ、アル某にカール。ボクとしては、お互いに目の届く範囲で暴れてほしいのだ。勇者二人の活躍が同時に見届けられるとは、実に幸運ではないか」

「む、ユウリか?」


 醜い喧嘩を見かねたユウリが、カールとアルデバランの仲裁に入った。


 よし。ここは両方に顔が利いて、中立的な立場の彼女に仲裁を任せよう。


「え? あれ、ユウリが何故ここに!? おいカール貴様、何故戦場に子供を連れてきている!!」

「いや、アレは勝手に着いてきたと言うか。何度も帰れと言ったのだが」


 ひょっこり、俺達の中から幼女が顔を出したのを見てアルデバランは激怒した。


 戦場に子供を連れて来るなという、至極当然の怒りらしい。


「おいユウリ、ここは遊び場じゃないんだぞ。何故この偽勇者に付いて来た!?」

「そんなもの、決まっているじゃないか。勇者伝説の最新章だぞ? 学者として、見逃すわけにはいくまい。安心したまえ、この闘いは私が語り手となって後世に語り継ごう」

「物見遊山気分だよ、この幼女」

「アホかぁ!! 早く家に戻れユウリ。貴様、命が惜しくないのか?」


 アルデバランは険しい顔でユウリを叱りつけた。興味本位で戦えぬ者が戦場に居るなんて、言語道断。彼女の怒りも尤もだ。


 しかし、それは何度も俺達が言った。それでも彼女は、こう言い返してきた。


「とはいえ君たち。後衛に未来を見れる者が居ると便利ではないかね?」

「……あ?」

「ボクはまだ、未来に介入する術を身に付けていない。しかし、ボクが予知した内容をイリーネに伝えるとことにより、未来に介入することは出来るのさ」


 そう、言われてみたら後衛にユウリが居るとかなり便利なのだ。


 カール以外は後衛の安全圏に布陣するから危険は少ないし、ヤバイ未来を予知して貰えれば回避できる。


「自分の街を守るため、協力は惜しまんよ。それに、私の身が危なくならぬよう守ってくれるのだろう?」

「……。とまぁ、ユウリはこんな感じでな」

「ユウリ貴様、覚悟はあるんだろうな? この戦いで命を落とすかもしれぬという、覚悟は」

「そんな覚悟なんて無いよ。命を懸けてでも、未知の知見を得て持ち帰り世間に広めんとする覚悟はあるがね」


 ユウリは、研究に命を懸けている女だ。そして、街の為に出来ることはしようという正義感もある。


 更に何より、未来予知のエキスパートという存在は戦力として(下手したら俺達の誰よりも)役に立つ可能性が高い。


 そこまで固い決意ならと、俺達は根負けしてユウリを戦場に連れていく事にしたのだった。


「……はあ。しっかり守れよ、偽勇者」

「言われるまでもねぇ」


 まぁカールは敵陣に突っ込むので、実質護衛するのは俺達なんですけどね。


 ウチは近接職少ないし、こっそりアルデバランの近くに布陣して守って貰いたいなぁ。



「えっと、カール様と言いましたか? 私は勇者アルパーティーの剣士、イノンと申します」

「へ? あ、ああ。これはどうも」


 そんな姑息な事を考えていた折、ぺこりとアルデバランの仲間で一番まともそうな男が頭を下げてきた。


 険悪な空気を読んでフォローしようとしているのだろうか。


「そこに居る人相が悪い槍使いがラジッカ、一番若く小さい魔術師がキチョウです」

「うっす、よろしく」

「ど、どうも!」


 なるほど、自己紹介か。そういや、まだこいつらの名前知らなかったな。


「そして、仮面を被った二人が……」

「闇夜に溶ける断罪の刃! 虚悪を討つ幻獣ウサギちゃん戦士1号!」

「や、闇夜を駆ける追跡者! コソコソカサカサ貴方を付け回すウサギちゃん戦士2号!」

「……だ、そうです」

「2号はただのストーカーじゃね?」


 名乗りに無駄な情報が多すぎる。やっぱり頭おかしいなコイツら。


「先程の話の続きなのですが、やはり我々は距離をおいて布陣した方が良いと思うのです」

「は、はあ」

「魔術師であるキチョウやウサギは攻撃範囲がとても広い。我々と連携の取れない貴殿は、此方の攻撃に巻き込まれてしまう恐れがある」

「……え、そのウサギ仮面って魔術師なの? さっき戦士って言ってなかった?」

「実は、彼女は頭がおかしいので……」

「成る程、やはりそうだったか」

「誰の頭がおかしいですか、このエセイケメンが!」


 お前やろ。


「貴殿方を疎んじているのではなく、お互いが戦いやすいよう。お互いに少し距離を取って、敵を待ち受けませんか?」

「む。そう言われると、まあ」

「互いに手分けして、攻めてきた魔族を半分ずつ相手にする、というので如何でしょう。お互いに不干渉であれば、女神様の不興も買いにくいでしょうし」

「分かった」


 あ、一緒に守ってもらうプランが崩れた。あっちのパーティーの方が近接職業が多かったのに。


 まあいいか、こうなりゃ俺が肉弾戦するか。貴族令嬢としてははしたないが、背に腹は変えられん。


「聞いたかみんな、少し待ち受け場所を変えるぞ」

「……そうね。お互いに100歩ずつ、此処から東西に距離を取るとかどう?」

「それで宜しいでしょう」


 結局俺達は向こうのイケメン剣士の提案に乗る事になり、カールとアルデバランはお互いに背を向けた。


 そのまま、まっすぐ100歩ずつ進む約束だ。こうして俺達は、アルデバランと別れ────






「……ん?」






 彼らに背を向けたその瞬間。魔力の森のその奥から、何か違和感を感じ取ったのだった。


「……どうかした? イリーネ」

「何やら、魔力が渦まいてますわ……? サクラさん、これって」

「あ、確かに何か感じるわねぇ。これって、敵の気配なんじゃない?」


 同じ魔術師であるサクラも、この違和感に気がついたらしい。


 ピリピリと魔力が張り詰め、森の奥から薫る凶悪な気配に。


「凄い魔力の反応だよ! ……ねぇアル、これって」

「むむむ? いや、でもそんな」


 アルデバラン達も、そのあまりな魔力の揺らめきに立ち止まって首をかしげていた。


 こんな感覚は初めてだ。前に魔族と戦った時は感じなかった、凄まじい魔力の渦。


「……あれ?」


 ぼんやりと、魔力がうごめく方向を眺める事数秒。その魔力の渦が突如として静まり返る。


 そして何かを皮切りに、凄まじい勢いで魔力の塊が森の奥で膨れ上がり始めた。




「────れろ」




 背筋が、凍り付く。強烈な死の気配が、全身の神経をタコ糸のように張り詰める。


「かく、れろ」


 静まり返った郊外の街で、アルデバランが顔を真っ青にして呟いた。


 彼女はその膨れ上がった魔力を見つめ、ワナワナと声を震わせながらやがて叫んだ。



「貴様ら! 私の後ろに隠れろぉ!!!」



 間髪入れずにアルデバランは駆け出して、俺達の先頭に仁王立ちした。その手には、赤い宝石が輝く杖が握られている。


 俺はただ呆然と佇み、やがて彼女のその行動の意味を悟った。


「え、アル? 一体何を」

「カール、アルデバランの背に隠れますよ! 早く!!」

「え、あ、ああ」


 あれは、まさか。この森の奥から感じる魔力の奔流は、もしかして。


 いやでもそれはおかしいぞ、幾らなんでも遠すぎる。


「何、どういうこと? 私には何も分かんないんだけど、何かヤバいの!?」

「魔力です! 森の奥から、凄まじい魔力が!!」


 俺は、その魔力の動きを知っていた。いや魔術師なら、きっと誰でも知っている。


 だが、本当にあり得るのか? この凄まじい魔力を感じるのは、森のその奥の奥、ここから10kmは離れた超遠距離だ。


 でも、この感じは。この、魔力の流れは……。


「じゃあ、何が起こるって言うの!?」

「この、魔力の動きは。まさしく長距離砲撃魔法────!!」




 そう。それは誰もが習う、基礎魔法。


 渦巻く魔力を纏め、膨れ上がらせて放出する。今のはまさしく、攻撃魔法の基本の流れ。


 だが通常の放出魔法の射程距離は、ほんの数メートルほどだ。上級魔法と言われる俺の精霊砲で、やっと数十メートルの射程となる。


 本当にあり得るのか? 町から数10㎞も離れた場所から、本当に長距離砲撃魔法なんて発動されうるのか────?





(えん)(えん)(えん)(えん)。我に集いし火の化身ども、その残酷なる裁きを下せ」


 一心不乱。アルデバランは額に汗を浮かべながら、俺達と仲間を背に詠唱を始めた。


「竜なる鉄槌、神なる断罪、灼熱業火の狂乱が世界に粛清の大火を与えん────」


 彼女を取り巻く精霊たちが、歌を歌い始める。俺が逆立ちしたって制御できないようなありえない密度の魔力が、アルデバラン周囲から湧き上がるように渦巻き始める。


「黄昏の女帝よ、その罪を贖え。暗黒の駄馬よ、その油に獄炎を灯し焼き果てよ!!」


 ああ、これがアルデバランの能力。


 全人類が丸ごと喧嘩を売っても勝てないような、アホみたいな魔力量。それをすべて薙ぎ合わせ、制御する魔術師としての力量。


 これが、魔炎の勇者────









 やがて森のその奥から、光が漏れる。


 ありえない程強大な魔力な塊が、レーザーの如く真っすぐ街へと撃ち放たれる。


 ああ、くだらない。こんなのと比べたら、俺の精霊砲は水鉄砲のようなものだ。


 なんて、狂った火力。なんと、恐ろしい破壊力。


 極光は森の何もかもを焼き払いながら、真っすぐ俺達のいるヨウィンへと直進して、






「オオオオオ、惨劇の幕よいざ開かれん! 焔神覇王(アルドブレイク)!!」






 赤き髪の少女が放った、爆炎の奔流に突き刺さった。




「これは、何なの? 夢でも見てるのかしら」

「私に聞かないでくださいまし、サクラさん」


 嗚呼。この感覚を覚えるのは二度目だ。


 どうしようもない、バカげた存在である勇者。どれだけ俺が頑張っても、決して届かない場所にいる『神の寵愛を受けた者』。


「ぐ、ぐ、ぐ。何というパワー、この私が押し返されそうだっ……!」

「アル、頑張って!!」


 敵の魔力砲撃が、まずおかしいのだ。数10㎞離れた先から撃てる砲撃って、何じゃそれは。


 そしてそのバカげた砲撃を、真っ正面から撃ち返しているアルデバランは何なのだ。どうして、個人でこの魔力砲と拮抗できているのだ。


「あ、ぐ、がぁぁあ!!」


 流石のアルデバランも苦し気である。当り前だ、こんな魔法と力比べして勝負になる方がおかしいのだ。


 しかし、アルデバランは勝つだろう。やがて、その極光は力を失い、細くなりつつあるからだ。


「あ、ぁ、ああああああ!」


 アルデバランも、絞るような声を出す。徐々に、彼女の杖先から出る魔炎が黒ずんでいく。


 やがて、二つの魔法は力を失って。全身汗だらけのアルデバランはその場で膝を突き、森の奥から発せられた魔法も静かに溶け消えた。



「はぁー、はぁーっ! ふ、防ぎぎったか?」

「大丈夫ですか、アルデバラン! 魔力ポーションです、早く補給を」

「ああ、助かるイノン」



 何とか、凌ぎきった。膝をついて仲間に支えられているアルデバランを見て、俺達の感想はそんな印象だった。


 おそらく敵は、魔術師だ。それも、アルデバランに匹敵するほどの凄まじい魔術師。


 ソイツは姿を見せず、俺達に遠距離戦を挑んできた。いや、厳密には『奇襲を察知すらされないまま、街を焼き払う』のが本来の作戦だったのかもしれない。


「……あ、魔力────」

「2発目だと!? まさか、もう向こうは撃てるのか!?」


 そして、再び森の奥深くから膨大な魔力が渦巻き始める。


 アルデバランはまだ回復しきっていないというのに、敵はもう第2射を準備しているらしい。


「ぐ、お前ら私の後ろに隠れろ! イリーネ、お前も精霊砲を奴に向けて撃ってくれ!」

「わ、分かりましたわ。ですが、私の魔法ではどれほど足しになるか」

「やらないよりマシだ! 正直、次は防ぎきれるか分からん!」


 アルデバランに促され、俺も作ったばかりの杖を握りしめる。くそったれ、俺のチャチな魔力でも足しにはなってくれ。


「どうするんだ、このままじゃジリ貧だぞ! 敵さんの方が魔力があったら、それで負けじゃねぇか!」

「押し返すしかあるまい! ポーションをありったけよこせ、私が魔力勝負で打ち勝って敵を焼き殺してやる!!」

「勝てるのか、大将!」

「勝つしかないんだ!!」


 バカみたいに膨れ上がる魔力の塊を前に、俺とアルデバランは深呼吸する。


 勝つしかない。そうだ、勝つしかないんだ。


「イリーネ、タイミングを合わせろよ!」

「え、ええ!」


 敵のあの、強大過ぎる砲撃を。今一度防ぎ、そして押し返すしか勝ち目はない。


 先ほどは、アルデバラン一人で討ちあって互角だった。なら俺が力を貸せば、押し返せるかもしれない。



 ……いや、本音ではわかっている。恐らく、そんなのは無理だ。


 マグナム銃同士の打ち合いに、水鉄砲を持って参加して何になるだろう。おそらく、気休めにしかならない筈だ。


 でも、それしか手段がない。あんな遠くにいる敵を攻撃する手段なんて、俺かアルデバランの遠距離砲撃魔法しか手段が────






「……いや、無理に勝とうとしなくていいわ。街に被害が出ないよう、魔力を節約しながら防ぎなさい」

「え、マイカ?」





 次の一撃に全てを賭ける。


 そんな感じに色々と覚悟を決めて詠唱を始めそうになったら、マイカがアルデバランと俺の頭をゴツンと叩いた。


「何をする、何を言う。敵の攻撃を押し返さない限りは、敵を倒す手段が────」

「あんたら、私達が此処にいるのを忘れてるでしょ。もうとっくに行ったわよ、アイツ」



 そんな呆れ声と共に、マイカは戦場の間にポッカリ空いた線状の更地を指指した。


 それにつられて、俺とアルデバランはマイカの指さした方角を見た。









 土煙が、駆けていく。


 森の奥と、俺達の間を結ぶ砲撃魔法の痕跡。その醜く抉れ上がった『かつて森だった』大地に土埃が舞い上がる。



「……」



 ソイツは、走っていた。おそらくは、アルデバランと敵が撃ちあっている最中から。


 ────歴代最強の攻撃力を秘めた勇者、カール。


 近づくことさえできればどんな敵にも負けない男は、既に敵の魔導士目掛けて遮二無二疾走していた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とにかく面白いです。続きが気になって仕方がない! [気になる点] 弓の射程と比べて精霊砲の射程が短かすぎるような。精霊砲使いに弓の遠距離斉射で充分以上対抗出来してまう。それに自分の起こした…
2020/09/21 15:37 ファッティー
[良い点] めちゃ続き気になります!
[気になる点] 精霊視を得てから初の対魔族戦闘だ そろそろ魔族の理不尽パワーのカラクリが見えるかな? 暴かないと何名かは居るだけの置物のままになってる 主人公の魔力も筋肉も無駄になってしまう [一言]…
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