不死王の復活 後編
大勢の観衆が集まる大広場。
そこは静寂に支配されていた。
ガキンッガキンッ――激しい剣戟が大広場に響く。
漆黒の剣と白銀のレイピアがぶつかる度に飛び散る火花。
観衆の誰もが目を疑う。
『聖騎士団』の中でも最速の剣と言われ、その斬撃は人間業では到底なしえない速度で敵を切り刻む。 数多の戦場で剣閃すら見せずに相手を切り刻む女騎士。
着いた異名は”神速剣”。
人族の希望を一身に背負う『神名持』の一つを冠する者。
その彼女が一太刀もまだ浴びせることができていない……。
そんな存在がこの世界にいるはずがない。
ましてや少女を一人脇に抱えたままの状態で。
その光景を見た者は誰もがそう思っていた。
ガキンッ!!
一際強い剣戟音を響かせ白いレイピアを携えし女騎士は仮面の男から距離を取った。
「ゼェ、ゼェ……」と大きく肩で息をするレオフィーネ。
その額にはびっしりと汗を掻き、顔は蒼白になっていた。
「こんなことがあるはずない……」レオフィーネは自分に言い聞かす。
そんなレオフィーネを特に気にした様子もなく、仮面の男は「そろそろ僕に黄色い声援があってもいいはず……」と呟いている。
レオフィーネはそんな余裕の態度を見せる仮面の男に対しより一層憎悪を募らせる。
こんなふざけた男に家族のように共に歩んできた部下を3人共殺されたのか……と。
レオフィーネは、額に青筋を浮かべ、仮面の男に言い放つ。
「貴様を殺すのは一筋縄ではいかないことが分かった……切り札を使う」
そう言い放つとレオフィーネの右腕が青白く光っていく。
どうやら魔力を全て右腕に収束させているようだ。
仮面の男は「ほぅ……」と意味深に呟き、ローブを無駄に一薙ぎし、バサッとする。
仮面の男の無駄な動きが一通り終わるとレオフィーネの右腕から一瞬すさまじい光が放たれレオフィーネの腕が消えた。
ギャリギャリギャリッ!
レオフィーネ周辺の処刑台の床に無数の剣戟が走る。
周囲の者たちからしてみれば一人でに床が切られていくようであった。
自身の魔力を限界まで右腕に集め、制御すらできない速度で剣撃を繰り出す。
この技はあまりの速度に剣を持っていないかのように見える為親しい者たちからは『無刀の舞』と呼ばれていた。
これが彼女が”神速剣”と呼ばれる所以であった。
レオフィーネが一歩仮面の男へと歩を進める度に床に走る剣撃の跡も仮面の男に近づいていく。
その光景を見た観衆達は再び熱に包まれたかのように歓声を上げ始めた。
「やっちまえッレオフィーネ様!! 変な仮面野郎を殺せッ!!」
「素敵ー!! レオフィーネ様! 気持ち悪い仮面の男を殺してー!!」
観衆の声援の中に「チッ」という舌打ちの音が入り混じる。
仮面の男は再びローブを無駄にバサッとすると漆黒の剣を鞘に納めた。
観衆に向かって中指を立てる仮面の男。
ますます強まる観衆の罵声。
そんな仮面の男を見て激昂するレオフィーネ。
鬼の形相で「死ねッ!」と叫ぶと仮面の男へと向かって走り出し、そして……
パシッ
「えっ?」
その瞬間、静寂に包まれた大広場に、レオフィーネの間の抜けたような声が響き渡った。
目に見えない速度で敵を切り刻むはずの白銀のレイピアが黒い手袋を嵌めた仮面の男の手の中で止まっていた。
あまりにもあまりな光景に呆けるレオフィーネ。
グイッっと仮面の男にレイピアを引っ張られると、体制を崩し床へと前のめりに膝まづく。
レオフィーネの手からは白銀のレイピアは失われていた。
白銀のレイピアを観衆に投げ込む仮面の男。
カランカラン……レイピアが床に落ちる音が大広場に虚しく響いた。
観衆の方へと体を向き合わせる仮面の男。
「温厚な僕にも我慢の限界があるぞ……」と小さく呟いている。
仮面の男は少女を処刑台の床へとおろすと、黒いローブの両端を掴む。
そして観衆へとローブの裏側を向ける。
「キャアアアアアアアッ!!」
観衆の中でも処刑台に最も近い列にいた女性が叫んだ。
黒いローブの裏側には顔顔顔。
苦痛に呻く顔。
悍ましい笑顔で嗤う顔。
見下したように嘲嗤う顔。
たくさんの青白い顔達が蠢いていた。
スキル”死霊の宴”
「「「ヴアアアアアアアアッ!!」」」」
仮面の男がスキルを発動すると、黒いローブの裏側から青白い顔達が悍ましい呻き声を上げながら飛び出していく。
青白い顔達は観衆へと飛び込んでいき、そして……
ヴァキャッ、グリャッ、グチョッ
「アアアアアアアアアアッ!!」
「イヤダアアアアアアッ!!」
「死にたくないッ!! 死にたくないッ!!」
青白い顔達は観衆を食い散らかした……。
逃げ惑う観衆達。
大広場は阿鼻叫喚となった。
大広場を埋め尽くす観衆達の1/4程食い散らかされただろうか。
おびただしい食い散らかされた死体を見て満足したのか青白い顔達の動きが止まった。
「終わったのか……?」観衆の誰かがポツリとつぶやく。
次第にその呟きは伝染していった。
終わった、助かった、観衆達は口々に呟く。
すると……青白い顔達は死体を見つめ悍ましい顔で笑い始めた。
そしてその死体達に飛び込んでいった。
ネチャッ、ニチャッ――気味の悪い音を響かせ蠢きだす死体。
死体達は辺りを見回し、近場の観衆達を襲いだした。
「誰だよ終わったなんて言った奴はッ!!」
「もう嫌だッ!! もう嫌だッ!!」
「ああッ!! 神よッ!! どうか我らをお救い下さいッ!!」
観衆達は悲鳴を上げる。
もう悲鳴を上げるしかできることはなかった。
迫り来る暴力から目を背ける者。
神に祈り縋り付く者。
観衆達のほとんどが生を諦めていたその時一人の女騎士が仮面の男へと叫んだ。
「もうやめてくれッ!!」
茶髪を靡かせ、青白い顔で叫ぶ女騎士レオフィーネ。
その叫びが通じたのか死霊達は動きを止め、仮面の男がレオフィーネへと体を向ける。
「私達の負けだ。もうその悪魔族の少女から手を引く。だからやめてくれ。もうこれ以上殺さないでくれ……」
レオフィーネは跪き仮面の男へと許しを請う。
同じ『聖騎士団』に所属するものが見たら、無様な真似を……と卑下されるだろう。
しかし、頭を垂れ、仮面の男に許しを請うレオフィーネを蔑むものはここにはいなかった。
「レオフィーネ様」と観衆達は感嘆の声と尊敬の眼を向ける。
しかし……
「お前たちはこの少女を殺すとき嗤っていただろう。口々に殺せ殺せと罵っていたな? 立場が変われば許しを請うか……。汚いな……」
仮面の男はそう呟くと指をパチンッと鳴らした。
宙を漂っていた3体の青白い顔が、黄金の三剣士の死体へと飛び込んだ。
ゆっくりと立ち上がる黄金の三剣士。
三剣士は立ち上がるとレオフィーネに近づき体を取り押さえた。
「やめろッ!! ふざけるな貴様ッ!! 正々堂々と戦った相手に対しての礼儀はないのか!?」
黄金の三剣士はズルズルとレオフィーネを処刑台の端へと引きづっていく。
抵抗するレオフィーネ。
しかし、抵抗虚しく処刑台の端へと連れてこられた。
そして仮面の男が口を開く……
「正々堂々? 母親を助ける為に盗みを働いた少女をプロパガンダの為に処刑するお前等にそんな矜持があったとは驚きだな」
レオフィーナの叫びを切り捨て処刑台から大広場へ突き落そうと黄金の三剣士に指示を出そうとしたその瞬間、悪魔族の少女が仮面の男に抱き着いた。
「もうやめてッ!!」
悪魔族の少女は目に涙をためながら訴える。
「なぜお前が止める…?」と動揺する仮面の男。
仮面の男の問いかけに悪魔族の少女は答えた。
「貴方がただの殺人鬼になってしまうからッ!!」
自分の腰に抱き着きながら、必死に自分を止めようとしている少女を見て仮面の男は「僕が殺人鬼……?」と小さな声で呟いた。
徐に周りを見渡す仮面の男。
ある者は恐怖に濁った眼で、またある者は肉親を殺された憎悪の眼で仮面の男を見ていた。
「どうしてそんな眼で僕を見る……?」仮面の男は疑問でいっぱいだった。
――人神教のプロパガンダの為に処刑されそうになっていた少女を救った英雄。
自分はそうであったはずだ。
正しいことをした。
誰もが少女を救おうとしなかった時に自分だけは行動を起こした英雄なはずなのに……。
動揺で仮面の男が立ち止まっていると処刑台に見慣れた二人の女性が現れた。
「もうやめてくださいッ!!」
「いくら何でもやり過ぎですッ!!」
黒髪の少女と銀髪の少女が口々に叫ぶ。
エミルとミカリーナだった。
仮面の男は思ったーーお前らまで僕を否定するのか……と。
エミルとミカリーナは続けて口を開く。
「その子を助ける為にこんなことをしたらそれこそ人神騎士団と一緒ですよッ!」
「貴方がやっていることは自分の正義を振りかざす人神教と一緒です!!」
僕がこいつらと同じ……?仮面の男は思った。
もしかして自分が考える英雄像は英雄じゃないのか? と。
少し落ち着きを取り戻した仮面の男は指をパチンッと鳴らすとレオフィーネを解放した。
安堵するエミルとミカリーナと悪魔族の少女。
「良かった。やっぱり私を助けてくれた人だ……」とエミルは嬉しそうにミカリーナと手を握り合っていた。
仮面の男は黒いローブに手を突っ込むと何かを懐から投げる動作をした。
すると処刑台の目の前に、大きな大きな黒色の体躯の大蛇が現れた。
「ヨルムンガンドだとッ!?」
レオフィーネは驚嘆で目を見開く。
そんなレオフィーネを気にも留めず、仮面の男は悪魔族の少女を脇に抱え込むとヨルムンガンドゾンビの頭部に飛び乗った。
仮面の男が指をパチンッと鳴らすと青白い顔達が死体から抜け出し黒いローブへと戻っていった。
崩れ落ち動かなくなる死体達。
クルリと処刑台に背を向け立ち去ろうとすると背後から声がかかった。
「待てッ!! 貴様はいったい何者なんだ! 名を名乗れ!!」
レオフィーネが仮面の男に叫ぶ。
仮面の男は肩から覗き込むように首から上だけ振り返る。
そして……
「僕はタナ……我はタナトス!!深淵なる魔力を持ち、世界に終焉を顕現せし者!!」
しまった! と仮面の男は思った。
とっさに名前を聞かれたせいでエミルの口癖で誤魔化してしまった……と。
僕にも厨二病が伝染したのかなと自嘲する。
「深淵なる魔力を持ち、世界に終焉を顕現せし者だと……私を凌ぐ剣技に死霊を従える能力……まさかお前ッ!!」
レオフィーネは顔面が蒼白になりながら仮面の男を睨む。
遂に復活したのかと。
――人族の……いや。全種族共通の悪が……と。
レオフィーネに睨みつけられ、どう反応していいかわからない仮面の男ことタナトスはとりあえず……
「ファーハッハ!! ファーハッハッハ!!」
笑った。
彼は気づいていなかった。
偽りの仮面の効果によって現在の自身の声が奈落の底に潜む悪魔の様な声質に変化していることを……。
そしてAランク冒険者ですら討伐困難な化け物の頭部に乗り、行く手を遮る者たちが恐怖に道を開け、まるで王の行進のようになっていることを……。
この事件はすぐに世界中に駆け巡ることになった。
水晶の街クリスタルティアにて遂に復活を果たした……全世界共通の敵『不死王』と。
ーー
とある街のとある一室。
月明かりが窓から差し込む薄暗い部屋。
月明かりに照らし出される調度品の数々。
どれも立派なものだ。
見る者が見ればポッと出の金持ち程度では買いそろえることのできない逸品ぞろいだとわかるだろう。
その逸品の一つには魔道具があった。
『通信蜘蛛』――20cm程度の大きさの蜘蛛の石像の様なモノの口から糸が2本出ており糸の先にはコップのような形をした魔法石が付いている。
一つは耳に当て、通信相手の音声を、もう一方は口に当て、自分の声を相手に伝えることができる高級魔道具だ。
通信が終わったのだろう。
ガチャンッ。蜘蛛の背にある二つの窪みにそれぞれのコップ型の魔法石を置く。
通信が終わると男に暗闇から声がかかった。
「レオフィーネはなんて……?」
鈴の音が鳴るような清涼な声だ。
しかしどこか不吉を予感してしまう暗い何かが含まれている。
男はその声の主に嬉しそうに答える。
「負けたみたいだね……どうやら相手は伝説の不死王らしい」
「そう……」声の主は退屈そうに答える。
すると男はクックックと笑いを漏らした。
「ついに始まるぞ。1000年前の地獄が……野に隠れていた英雄たちが動き出した。ククク楽しみだ……実に楽しみだ」
月明かりが差し込む部屋に男の気味の悪い笑い声が響いていた。




