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【15】









 帝都最大の劇場は、満員だった。昼の公演なので、年若い人が多いだろうか。小さな子供を連れている人もいる。

 そんな中で、ヒルトラウトたち四人は目立っていた。何がかと言うと、主にギルベルトが目立っていた。いや、格好が変とか、そう言うことではない。ちゃんとTPOをわきまえた格好である。ただ、他の三人と少し年が離れた大人の男がいるので、目立つのである。


 ヒルトラウト、ルートヴィヒ、ギーゼラと言う三人で囲むから目立つのだろうかと思ったヒルトラウトは、ギルベルトの側に行くとその腕に自分の腕をからめた。ギルベルトが驚いたようにヒルトラウトを見下ろす。

「どうかしたか?」

「いえ……ギルベルト様が目立っているようだったので」

 二人連れならまだしも目立たないかな、と思ったのだが、そんなこともなかった。だが、心なしかギルベルトが嬉しそうなのでヒルトラウトはそのまま劇場に入場した。表情が読めない人だと思っていたが、意外とわかるものだな、とヒルトラウトは少し微笑んだ。


 アイスナー辺境伯が手配しただけあり、案内されたのはよい席だった。中腹の下手側の席。さすがにど真ん中ではなかった。

「楽しみね」

 そわそわしているギーゼラに、ヒルトラウトはそう声をかけた。ギーゼラが笑顔でうなずく。その様子を見ていたギーゼラの向こう側に座るルートヴィヒが優しげな笑みを浮かべた。いや、兄は元から優しげな顔立ちだが。

 開幕間近のベルが鳴った。ヒルトラウトは居住まいを正す。やがて、劇が開幕した。


 内容がミステリーであったため、ヒルトラウトたちも犯人やトリックを考えながら観劇に臨んだ。たぶん、外側に座っている男性陣二人は、かなり初期段階で気づいていたと思う。犯人を想像するのもこの劇の楽しみなので、そんなに難しくないはずだが、ヒルトラウトは三分の二ほどが過ぎるまでわからなかった。ちなみに、トリックは探偵役が説明するまで良くわからなかった。


 終幕後、一気におしゃべりが始まる。意見交換をしたいのはヒルトラウトも一緒だ。

「ギルベルト様、どのあたりで気が付きました?」

「探偵がアリバイを聞いて回っていた時だな」

「は、早い……ちなみにどうして気づきました?」

「発言に齟齬があった。舞台設定的に、ドリューが殺された時間帯に、犯人が庭で星を見ていることは不可能だ。その時間に庭にいたのなら、西側の書庫にいた子爵令嬢が目撃しているはずなんだ」

「子爵令嬢が忘れていたり、嘘をついている可能性もあったのでは?」

「言っただろう。舞台設定的に不可能だ。そもそも、時期的にあの時間にヴァイオラ座は見えない。発言した時点で、犯人が犯人である可能性は八割はあったな」

「……そこまで考えているでしょうか」

「台本はよく練られている。トリックを考えるのなら、脚本家は細かいところまで調べるだろうな」

「……ギルベルト様なら、やりそうですね」


 ヒルトラウトはそう言ってようやっと引き下がった。ギルベルトが犯人を怪しんだ理由はわかった。彼女は次いでにもう一人の男性にも聞いてみた。

「お兄様はどこで分かったの?」

「俺は辺境伯より遅かったなぁ。探偵がトリックを検証し始めたあたりだ。トリックの内容的に、できるのは犯人だけなんだよなぁ」

 ルートヴィヒは別の方向からアプローチしたようだ。へえ、とヒルトラウトはうなずく。ギーゼラも感心したようにうなずいている。

「ギーゼラは犯人、どこかで分かった?」

 ギーゼラはふるふると首を左右に振る。よかった。ヒルトラウトだけではなかった。

「まあ、主催者側には純粋に楽しんでくれる観客ってことよね」

 ヒルトラウトが無理やり完結すると、ギーゼラも大きくうなずいた。少女たちのやり取りに、何となくほっこりする男性陣である。


 劇が終わったのはまだ早い時間であったが、ルートヴィヒとギーゼラはともかく、ギルベルトとヒルトラウトの建前上の体面もあり、四人は早々に帰ることにした。どうしても、順番的に最初にギーゼラを送っていくことになる。ギーゼラを屋敷に送り届けるために、一度馬車を降りたルートヴィヒの背中を眺める。コルネリアもそうだが、ルートヴィヒも口のきけないギーゼラの言いたいことが何となくわかるらしい。何故だろう。ヒルトラウトの察し能力が足りないだけなのだろうか。

 ヒルトラウトは馬車窓からのぞかせていた顔をひっこめる。向かい側に座っているギルベルトと目があった。

「もう少しかかりそうか」

「ええ。すみません」

 ヒルトラウトのようにのぞく趣味のないギルベルトである。ヒルトラウトは肩をすくめるともう少し待ってくれるように頼んだ。

「いや、陛下が後押ししたようだが、うまくいっているようならよかった」

「はい」

 ヒルトラウトは目を細めて微笑む。彼女の笑みを見て、ギルベルトも穏やかな表情になった。一瞬目を見開いたヒルトラウトの視線が下がる。


「どうかしたか?」


 首をかしげるギルベルトに、ヒルトラウトは首を左右に振る。ギルベルトはヒルトラウトに手を伸ばしかけ、少しためらい、それから手を下ろした。彼は首を左右に振る。

「……君に公然と触れる立場が欲しいものだ」

 いくら貞操にうるさい貴族社会と言えど、異性に触れるくらいでとやかく言われることはない。だが、やはり『公然と』異性に触れるには、家族であるが、家族になる予定のものでないとためらわれるものだ。子供でもない限り。

 ため息とともに吐き出されたギルベルトの言葉に、ヒルトラウトは顔をあげ、笑おうとして失敗した。赤い顔のままぽろぽろと泣きだしたヒルトラウトに、ギルベルトはぎょっとする。


「どっ、どうした?」


 先ほどよりかなりせっぱつまった口調でギルベルトが尋ねた。何でもありません、と涙をぬぐおうと目元に手を持って行ったヒルトラウトだが、その手がつかまれた。先ほどためらっていたのに、ギルベルトがヒルトラウトの手をつかんだのだ。

「待て待て。こすろうとするな」

 と、腰を浮かせてヒルトラウトの隣に移動してきたギルベルトがヒルトラウトの目元にハンカチを押し当ててきた。ヒルトラウトも持っているが、どこにやったのだったか。

「すまない。何か気に障ることを言ったか」

 気遣うような優しげな口調で、ヒルトラウトの涙をぬぐいながらギルベルトが言った。慣れていないことがわかる雑なぬぐい方で、しかもヒルトラウトが泣き止まないのであまり効果をなしていない。

「ち、ちが、くて……」

 嗚咽をこらえながらヒルトラウトが首を左右に振る。そこに、ギーゼラとの別れを済ませたルートヴィヒが戻ってきた。


「……何してんですか、あんたら」


 彼の口調に険があり、ギルベルトに対して多少無礼であったのは、妹が泣いていた事実が大きいだろう。見ようによってはギルベルトが泣かせているようにも見える。

「……ひとまず、辺境伯」

「あ、ああ」

 抑揚のない声と表情の年下の男であるルートヴィヒに、ギルベルトは押されていた。

「場所を替わっていただけますか。話は、またあとで」

「そうだな……」

 ギルベルトが場所を移動すると、ヒルトラウトの隣にルートヴィヒが座った。微妙な空気が流れる中、馬車は出発した。ひとまず、ヒルトラウトの涙は止まっていた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


お兄様の年齢が思い出せない作者。20と少しくらいだと思うけど…。


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