【14】
ヒルトラウトがギルベルトへ花束のお礼の手紙を書いてから、何となく二人の間で文通が始まった。まあ、文通と言うほどではないのかもしれないが……。
他愛ないやり取りの中で、ヒルトラウトは観劇に誘われた。オペラなど夜にやることも多いが、これは昼の上演である。良ければ兄とその婚約者殿も、と書かれていたので、ヒルトラウトは兄の部屋を訪ねた。
「お兄様、いる?」
「おお、どうした?」
中から返事があったので、ヒルトラウトは勝手に扉を開けた。本を読んでいたらしい兄は、その本を伏せて机に置くと、ヒルトラウトの方へ歩み寄ってきた。
「ねえ、一緒に観劇に行かない?」
「ん? ああ……っていうか、待て。お前、その手に持った紙はなんだ?」
察しの良い兄に、ヒルトラウトは先ほど届いた手紙を渡した。思わず受取ったルートヴィヒは「読んでいいの?」とヒルトラウトに確認を取った。大したことは書かれていない。彼女はうなずいた。
妹の許可を得て手紙に目を通したルートヴィヒは、顔をひきつらせた。
「妹に対するのろけを見せられた俺はどうすればいいの?」
「この手紙の内容のどこが惚気てるの?」
ヒルトラウトは本気で分からず首をかしげた。ヒルトラウトも大概であるが、ギルベルトの手紙の内容は良くて日記、もっと正確に言うと日報だ。
「うん……まあいいや。お前は観劇に行きたいの?」
「まあ……」
あいまいな返答をするヒルトラウトに、ルートヴィヒは笑って彼女の頭を撫でた。
「よしよし。お前が行きたいなら、俺も一緒に行くよ」
「うん」
はにかんで笑ったヒルトラウトに、ルートヴィヒは兄らしい優しい笑みを浮かべた。ギルベルトに誘われても、良くて『友達同士』であるヒルトラウトとギルベルトは、二人っきりで出かけるのは外聞が悪い。ヒルトラウトは今更感があるが、ギルベルトを巻き込むわけにはいかない。若い男女二人っきりでは、何かと障害があるのだ。
そこに、ヒルトラウトの兄であるルートヴィヒを巻き込めば、表立っては何も言われないだろう。女性側の家族が入っているから。
「じゃあ、ギーゼラも誘ってきてね」
「転んでもただで起きないよな、お前」
だって、そう書いてあるし。ギーゼラが入るとさらに謎の集団になってしまうが、ルートヴィヒたちもデートができていいだろう。
「わかったよ。可愛い妹のためだ……」
「ん、ありがと」
ヒルトラウトは笑顔で礼を言ったが、はっとしたルートヴィヒに突っ込まれた。
「お前、父上と母上には話した?」
「ううん」
正直に首を左右に振った。ルートヴィヒが崩れ落ちる。
「先に攻略された……!? 酌みやすしと思われた……!?」
「だってお兄様、私が悲しむようなことはしないでしょ」
ただ一緒に出掛けるだけで済むのなら、一緒に出掛けてくれるはずだ。そう思った。先に両親に話をしてしまうと、いくらギルベルトに好感を持っているとはいえ、九歳も年上の男と娘を二人きりにしないだろう。ギルベルトも、それをわかっているから手紙に兄の同行を求めてきたのだ。尤も、彼の場合は周囲からの入れ知恵の可能性もある。
実際、ヒルトラウトの考え通りだった。観劇に難色を示した両親だが、ルートヴィヒが一緒なら、と言うことになったのだ。たぶん、ギーゼラも一緒に来てくれる。たぶん。
「お兄様、きっとすごいシスコンだと思われてるわね」
「……まあ、事実かと言われたら事実だな……」
眼をしばたたかせたヒルトラウトは兄に抱き着いた。
「お兄様、大好き」
「おまっ、そう言うのはアイスナー辺境伯にやれ!」
「……無理」
「お前……そう言う時だけまじめに返すな……」
恥じらうようにぎゅっと兄に抱き着いてくる妹に、ルートヴィヒは複雑な気分になるのだった。そう遠くないうちに、この妹も他の男にとられてしまうのだろうか……。
ギーゼラに話をしたのはヒルトラウトだった。ルートヴィヒから言われた方が彼女もうれしかったかもしれないが、ヒルトラウトが巻き込んだ話なので、彼女が話す方がフェアだと思ったのだ。
ヒルトラウトが一緒に来てほしいと言う旨を伝えると、ギーゼラは微笑んでしっかりとうなずいた。
「一緒に来てくれるのね」
ギーゼラがその通りだ、とヒルトラウトの言葉にもう一度うなずく。ヒルトラウトはほっとして微笑んだ。
「良かったわ。断られたらどうしようかと……」
不意に口をついて出た言葉にヒルトラウトははっと口をつぐんだ。まるで、ヒルトラウトがギルベルトと観劇に行くことを楽しみにしているような、そんなふうにとれる言葉だ。実際に嘘か、と言われると嘘ではない、と答えるしかない事案だ。
きょとんとしたギーゼラだが、彼女は不意に微笑むと紙に何やら書き込み、文章を見せてきた。ヒルトラウトはそれを読む。
『観劇に行くのが楽しみなんですね』
「そ、そうね」
素直に受け取ってくれたらしいギーゼラにヒルトラウトがほっとするのもつかの間。続けて書き足された言葉に、ヒルトラウトは反論もできずに黙り込んだ。
『それとも、アイスナー辺境伯と出かけられるから楽しみなのでしょうか』
「……」
ちゃんとわかっていたようだ。ギーゼラがくすくすと笑う。
『わかります。私も、ルートヴィヒ様とお出かけするのが楽しみです』
「……そうね」
口が利けない代わりに洞察力に優れたギーゼラに嘘をつくのは得策ではない。ヒルトラウトは素直に同意した。ギーゼラはさらに文章を作って見せてくる。
『ヒルトとお出かけするのも楽しみです』
「あなた……本当にいい子ね……」
ちょっとびっくりするくらい性格のいい子だ。癒される。ルートヴィヒが好きになるのもわかる。ルートヴィヒも善良な青年で、このカップルだまされたりしないだろうか、と思わないでもないが、そこは法務官のルートヴィヒだ。性格や見た目よりもかなりしっかりしている。
「突然ごめんね。私も、ギーゼラと出かけるのを楽しみにしているわ」
こくこくとギーゼラがうなずいた。今更だが、ヒルトラウトはブランシュ子爵家にお邪魔していた。娘の婚約者の妹で、久々に出来た友人であるヒルトラウトを、子爵家の人々は快く招き入れてくれた。
いろいろあってギーゼラはルートヴィヒと婚約したが、と言うことは、いずれ彼女はヒルトラウトの義姉になるのだ。結婚式は来年になるだろうけど。
「……そう言えば、ギーゼラのところにもメグの結婚式の招待状、届いた?」
ヒルトラウトがふと尋ねると、ギーゼラがこくっとうなずいた。マルガレーテの結婚式はだいぶ前から決まっていて、招待状もヒルトラウトはとうにもらっている。しかし、追加で何人かに出したようだ。ギーゼラや、コルネリアがその一部だろう。
「そう。あなたとお兄様の式をするときの参考になるわね」
ヒルトラウトが落ち着き払って言うと、ギーゼラがぽっと頬を赤くしてはにかみながらうなずいた。
「可愛い」
思わず口をついた言葉に、ギーゼラは目をしばたたかせると、ヒルトラウトの腕を軽くたたき、文章を書いた紙を見せた。
『アイスナー辺境伯のことを話しているときのヒルトも可愛いですよ』
文章から目をあげたヒルトラウトは、唇を引き結び、潤んだ淡い紫の瞳をギーゼラに向けた。彼女は目を細めて笑うとまた書く。
『ヒルトはしっかり者ですけど、今は女の子の顔をしてますよ』
にこっと悪気がなさそうなので、ヒルトラウトも苦笑するしかない。
「認めるしかないのかしら」
ヒルトラウトは、ギルベルトが好きなのだと。まあ、どこかで気づいてはいたけど……。首をかしげるギーゼラに、ヒルトラウトは微笑んだ。
「ところで、見に行くのはミステリーなんだけど、平気?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そろそろしめにかからなければ……。




