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黒羽天 ─愛憎の退魔少女─  作者: 壱原優一
第1章 異界学校迷宮
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骸骨剣士

 雲雀が去ってからしばらく後、ほたるはこの半透明の少女とすっかり打ち解けていた。

 少女は名を文緒と言って、かつてこの学校に肝試しに訪れた集団の一員だと語った。


「他に何か覚えていることは?」


 ほたるが問うと、文緒はただ静かに首を横に振る。


「みんなと、どこかの割れた窓からあがって……そこしか覚えてないんです」

「みんなっていうのは何人くらいかな?」

「多分ですけど、五人くらいで。男子が三人に、女子が私ともう一人で」


 他にも様々な問いを投げかけてみたものの、覚えていることは極一部の事柄のようで、姓も記憶にないそうだった。

 今まで異界のどこにいて、何をしていたのかも。

 ただ突然に、この教室で意識が浮上したらしかった。


(じゃあ、あれはどうかな)


 ほたるが口を開く。


「助けてって言ったよね? それはどういう意味?」

「言った、のかな……。それもはっきりしなくて。気付いたら、その、お二人が言い争いしてて……」


 と困惑と申し訳なさの入り混じった表情で文緒が答える。


「そっか」

「すみません……。あ、でも、助けて欲しいって今も本当に思ってます。もう死んでるみたいだけど、それならせめて、成仏? みたいなのはしたいかなって」

「ん、わかった。任せて。ちゃんとここから出してあげる。成仏は専門じゃないけど、良いお寺さんも案内するから」


 笑顔を作ってそう告げると、彼女はほっとしたようで、小さくお辞儀をしてくれた。

 ほたるもまた、ひとまずは安心する。


(こんな良い娘が敵なわけないよね?)


 もしも雲雀がこの場にいたのなら、その問いになんと答えてくれただろうか。

 鼻で笑って銃を向けるか。

 いや、とてもそうは思えない。

 その性根は優しいはずだ。

 でなければ、あれ程深い復讐心を抱くはずがない。


(雲雀ちゃんのことも、なんとかしなきゃ)


 ほたるは文緒に背を向けた。

 そして大きく息を吐いてから、自身の頬をバシンッと、両手で挟むようにして叩く。

 先程、ぶたれたことを思い出す。


(怒らせたのは、失敗しちゃったな。私も冷静じゃなかった。はっきり言い過ぎた。謝るつもりはないけど。間違ったことは言ってないもん)


 もう一度口から深く息を吸って、鼻から吐き出す。


(とりあえず雲雀ちゃんのことは後回し。今はこの学校をなんとかしよう)


 文緒の方へ向き直って、にっこりと笑い掛ける。


「それじゃ、行こっか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 戸を開けるとやはり見通せぬ闇が広がっていた。

 彼女にまた出会えるようにと願いながら、ほたるはその向こう側へ進んだ。




 そのような思いを受けていることを、雲雀は当然ながら知らない。

 例え知ることがあっても、骨格標本のぶるーのとの熾烈な戦いを繰り広げている現状では、とても構う余裕などないだろう。


 雲雀は左手の甲、右足の脛にそれぞれ一刀を浴びてしまっていたが、幸いにも傷は浅い。


 敵の白骨は見た目以上に頑強で、一発や二発ではヒビも入らぬ有様だ。

 その上痛覚がない為、怯む様子もない。

 二挺拳銃によっての、絶え間ない乱射撃を武器とする雲雀が、着弾点をずらしつつ受けて斬る、という骨を撃たせて肉を斬る戦法に苦戦してしまうのは、片方の銃を置いてきてしまったからには、必至のことだと言えた。

 二挺あれば例え相手に痛覚がなくとも、数多の衝撃で無理矢理抑えつけることも可能だったかもしれない。


(でも、ないものはない)


 舌打ち、一つだけ。それで後悔を仕舞いにする。


 敵の斬撃を避けて、撃ち込む。

 だが刃に妨げられる。

 また撃ち込む。

 けれど平然と受けられて、更に斬り込まれる。

 その繰り返し。

 逆風吹き荒ぶ中を、雲雀は無心で駆けるほかなかった。


 だが思いがけず、風向きを変える出来事が訪れる。


 一発の弾丸によって、骸骨の肩が外れたのだ。

 当然、刀をとる腕は落下する。


「カッカッカッ!」


 と顎を鳴らす音に如何なる思いがあろうとも、完全に無防備となったその瞬間、雲雀は一点に集中して容赦なく撃ち込む。

 しかし確信の連撃が、本体に傷を付けることはなかった。

 雲雀は悔しさを露わに、歯噛みする。


「やるわね!」


 まさか左腕で肋骨をもいで、新たな刀とするとは思いもよらなかった。

 元々右腕のそれも、あばらを用いたものではあったが、あの緊迫の一瞬でその判断を下したことに賛辞を贈らずにいられない。

 それほど見事な防御だった。

 だがすぐに、自らを強く叱責する。


(妖怪を褒めてどうするの! 今考えるべきは、どう倒すかだわ)


 関節という弱点が明らかになった今、間違いなく、雲雀に追い風が吹いてきていた。


 左も落とせば、彼に武器はない。

 問題は、そう易々と当てさせてくれる相手ではないという点か。

 先の動きから見るに、至難の業であろう。

 自らの弱点を悟ったぶるーのが、防戦に徹したならば持久戦となる。

 さすれば敗北を喫するのは雲雀だ。

 体力的な不利は覆しようがない。

 敵の一刀防御を、如何にして突破するかが、この勝負の鍵となろう。


 雲雀の決断は迅速だった。

 雄叫びをあげながら、猪が如く、一直線に突っ込む。


「ほゥ!?」


 当然、骨格標本の一太刀が迫る。

 だがそれは虚をつかれて、反射的に振るった一筋。

 単純な縦一閃。

 あまりにも読み易い。

 躱すも守るも間違いようがない。


 雲雀は守ることを選んだ。

 左手に握った拳銃でもって受けて、いなし、更に肉薄する。

 最早視界に映るは真っ白な頭部のみ。

 頭蓋に空いた二つの穴と視線が交わった気がした。


 攻撃が最大の防御にならず、防御が最大の攻撃となった瞬間だった。


「はああっ!」


 カツカツとけたたましい顎を、雲雀の右拳が抉ると、頭部はくるくると回転しながら吹っ飛んでいった。

 頭蓋骨と首の繋ぎ目は、思惑通り脆かったらしい。

 以下の胴体は司令塔を失ったせいか倒れ込み、騒々しい音を立てた。


「ハァー……勝った」


 額に浮いた汗を拭う。

 しかし気を抜いたわけではなく、左手の拳銃を足元のがらくたに向けたままだ。

 視線で、薬品棚へ突っ込んだ頭部にも警戒を払っている。


「いやいや、敵ながらあっ晴れ!」

「やっぱり生きてたわね」


 頭と胴を切り離しても依然、妖気を感じていたために驚きはそれほどでもなかった。

 雲雀はうんざりしたように、これ見よがしに溜息を吐く。


「でも、ま、その状態の貴方が胴体を操作できなくて助かったわ」


 ひょいっと頭蓋を拾い上げて、机の上に置いてやる。

 それから雲雀は、ちらばった薬品類の中から消毒液を探し当てると、ぞんざいに傷口へ振りかけた。

 ヒリヒリとした痛みが差す。


「カツカツ。お前さんは随分と逃げることが得意なようで」

「逃げれば生きてられるから」

「ただ生き延びることに価値はねえな」


 せせら笑う頭蓋。

 むっとして雲雀はこう言い返す。


「成し遂げたいことがある」


 すると「……ほゥ」ぶるーのが驚くような素振りをして、


「お前さんは、ここに合うな」


 と続けた。


「どういう意味?」

「ここで暮らせよ。あっしと毎日、こうして、痺れるように過ごしましょうや」

「馬鹿言わないで」


 いきなり、この頭蓋骨は何をほざいているのか。


(ここで暮らせ? わけわかんない)


 その意図がまるで読めず、あからさまに表情を険しくする。

 そして銃口を額に押し当てた。


「馬鹿言えないように、そろそろ始末するわね」


 頭蓋がまた笑う。

 今度は明朗なものだった。


「暗闇を抱く者の目だ。お前さんは、うちの主人と気が合いましょう」

「知った風な口を利く奴は嫌いよ」


 銃声が一つ。

 あれほど頑強だった骨なのに、容易に、三つ目の穴が空いた。

 保健室はとても静かになった。

 こうべが放った最期の言葉に、雲雀はもやもやとした気分を抱きつつも、戸を開ける。

 その先に広がっていたのは、またもや


「トイレ……」


 だった。

 先程と違って個室の中に繋がったのではなくその外側で、空間内に個室が四つほど並んでいるが、これには苦笑するしかない。

 もう一度戸を開け直そうかと思い、指先に力を込めた瞬間、呼び止められた。

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