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黒羽天 ─愛憎の退魔少女─  作者: 壱原優一
第1章 異界学校迷宮
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敵は学校に在り

 玄関を開けた先には闇が広がっており、それを通り抜けると、本当ならば下駄箱などの並ぶ広間に続くはずだが、不思議なことに普通の教室に出たのだった。

 埃っぽいが、机や椅子はそのままで荒れているような様子はない。

 土足であることに幾らかの引け目を感じてしまうほどに、かつての教室の名残がある。


「ですね。ここから出ると、また違うところなんでしょうね」


 椿坂も物珍しそうにきょろきょろと見回していた。


「もう次行きます?」


 教室内をあらかた見終えてそう提案すると、丁度ほたるも満足したようで頷きを返してくる。


「前と後ろ、どちらにしましょう?」


 問われて雲雀は少し迷う。

 教室には黒板側とロッカー側に出入り口があるが、どちらを選ぶべきか。

 いや、どちらでも大差はないはずだ。

 行き先などわからない。

 しかし戸が二つあれば迷ってしまうものだった。

 こういう時にどうするかは人それぞれなのだろうが、ジャンケンにて決めることにした。

 どちらともなく言い出したことだった。


「じゃ、前で」


 勝ったのは雲雀だった。

 先んじて戸を引くと、今度は闇が広がらず、次の部屋の全貌が明らかになる。

 まるで普通の学校のように。

 ただ廊下ではなく、そこもまた教室だった。


「今度は何もないですねー。あ、ドアは開けたままにしておきますね」


 先ほどの教室と同じくらいの広さのはずだが、椿坂が指摘した通りに、椅子も机もないためにより広く感じられる。


 またもや二つの戸が待ち構えていた。

 この繰り返しで探索を続けることになるのだろう。


 雲雀が椿坂とジャンケンをしようと拳を握ると、ガララッと激しい音が立った。


「なに!?」


 振り返って、即座に二挺の拳銃を構える。

 どうやら開けっ放しにしていた戸が、勝手に閉まったらしい。

 まさかこの木造校舎に自動ドア機能がついているわけがない、何かしらの原因があるはずだ。

 しかし目に見える範囲に怪しい影はない、そもそも隠れる場所もないのだから。


 椿坂も薙刀を握る手にいっそうの力を込めて辺りを警戒している。

 互いの死角を補うために、自然と背中を合わせる形になっていた。


「戸は閉めなきゃならないとか、そんな仕様?」


 雲雀のそれは独り言だったのだが、ほたるにまで届いていたらしく、首を横に振る気配を感じる。


「それなら田中さんの話にはならないよ」


 確かに彼の言うことが本当ならば、戸を閉めずに移動することは可能なはずである。


(もっとも、この成長する異界の中が、昨日までと同じとは限らないと思うけど)


 雲雀はそのことは口にしなかった。

 可能性など幾らでもある、挙げてもキリがない。

 それにただ戸が独りでに閉まったことなど、いつまでも語る必要ないと判断した。

 なんにせよ、このがらんどうな教室内に隠れる場所などありえないのだ、問題はない。


 椿坂もそれ以上は何も言わず、やがて警戒を解くと再びジャンケンをしようとなった。

 呼吸を合わせて拳を振り上げる。


「じゃーん、けーん……」


 その時、雲雀の瞳は彼女の拳の上へと舞い落ちる黒い糸を捉えた。


「──上っ!」


 思わず叫んで、左側へと跳ぶ。

 椿坂も無事に着いてきている。


 一拍遅れて、彼女たちがつい今しがたまで立っていた所に、影が降ってきた。

 それは真っ黒な毛虫のような奴だった。

 天井に貼り付いていたために、まるで気付かなかったのだ。


 嫌そうな表情で、椿坂が自身の拳を緋袴で拭っている。


「うぇ、気持ち悪ーい」

「でもお陰で助かりました」

「フォローになってないですよ……」


 その者の表面は真っ黒な毛に覆われており、毛の一本一本が独立しているかのように蠢いている。

 ミミズの大群のように見える。本能的恐怖と嫌悪に襲われて、雲雀の二の腕に鳥肌が立った。

 椿坂を見れば先ほどよりも強く不快感を露わにしている。


 こんな表情もするのかと意外に思った。


(それはさておき、本当に間一髪だったわね)


 あの場に留まっていたら、そのおぞましい体表に囚われてしまっていたに違いない。


 雲雀は拳銃を構えて引鉄をひく。

 二つの乾いた銃声と共に、彼奴の胴部に二つの穴が開く。

 霊力の弾丸が見事に毛をけ散らしたのだ。


 しかし毛虫人間は怯まない。


「やばっ……!」


 雲雀の胴体が、真っ黒な毛の縄に捕まる。

 床上を這うように進み、胴目掛けて飛び掛かるその様はまるで蛇のように素早く、躱しきれなかった。


 その上、風穴は既に塞がれている。

 剛毛の内側に肉体らしきものはない。

 ただ髪が寄り集まっただけに過ぎない。

 故に傷ついた毛だけを捨てて、他の毛で埋めれば元通りとなる。

 そのような再生力がある代わりに、攻撃力はいまひとつ欠けているようだが、首に巻き付かれたら気道を締め上げられる危険性があるし、胴体でも拘束力が高いので動くに不自由して厄介である。


 直後に椿坂の一閃、薙刀によって巻き付く毛髪が断ち切られた。


「助かります」

「いえいえ」


 すると胴に巻きついていた側は力を失くし床に散る。

 本体から離れれば無害となるようだ。


 椿坂がそれを見届ける間もなく駆けだしていた。

 間合いを詰め、黒塊を横に薙ぎ払う。

 大量の毛が宙を舞った。

 しかし両断にまでは至っていない。

 柔毛が刃を包み込むようにして受け止めたのだ。


 その隙に新たに生えた毛の腕で


「わわわっ!?」


 彼女は瞬く間に足を捉えられて逆さづりにされてしまう。

 重力に従い袴がずり下がって健康的な太ももが露わになった。


「ほたる!」


 助けなくては。


 そう思っての雲雀の援護射撃。

 連射に次ぐ連射は、まさに乱射乱撃雨霰といった有様だが、無意味であることは自身が最も分かっていた。

 悔しさに唇を噛み、何かないかと頭を巡らせる。


 その時、意外な光景が目に入る。

 それは吊られたままの椿坂が、薙刀を手放す姿だった。

 つい目をまん丸くする。

 武器を手放して、どうしようというのか。

 更に驚くべきは、彼女が大き目に開いた袖口に手を忍び入れて、一枚の紙切れを取り出したことだ。

 手のひらに収まる長方形の紙片、それを黒髪に目掛けて投擲する。

 直線軌道を描いて敵の頭頂部に至った紙は、途端に轟々と火炎の唸り声をあげ始める。

 更に続けて数枚の紙を投擲すれば、それも同様に燃え上がり、たちまち髪だけ妖怪は火だるまに変貌を遂げた。


 キィキィと甲高い鳴き声をあげながら、妖怪は身を崩していく。

 もはや立ち上がることはできないだろう。

 拘束の解けた椿坂が難なく地上に着地して、雲雀の方を向いて自慢げに「ぶい!」とピースを見せてくる。


 その暢気さに呆れて、ほっとした。


「今のは火炎の呪符ってやつ?」

「はい。でも今ので使い切っちゃいました」


 だから出来ることなら節約して戦いたかったのだが、銃もダメで刃もダメとなると、他に打つ手がなかった。

 椿坂はそう語りながら、気まずさそうな笑みを浮かべて耳に掛かる髪をかきあげる。


「他の呪符はあるんですけどねー。まぁ、次また出てきたら逃げるとして……。今度こそ次に行きましょうか!」

「ええ、そうしましょう」


 焼け落ちる黒髪を背にしながら、ジャンケンで選んだ戸を開けた。


 今度は特殊な教室である。

 コンロと水道の併設された特別なテーブルが縦に四台、横に三列並んでいる。

 通常の教室の二倍以上の広さだ。

 蛍光灯は不思議と健在で明るい。

 明らかに家庭科室だった。


 雲雀は何かないかと室内を探索していく。

 椿坂も同様に見て回っているようだ。

 この異界について、実地の情報が少しでも欲しかった。


 何が起きても対処できるように、相方とは着かず離れずの距離を保つ。


 戸棚の皿を引っ張りだしてみたり、窓際に立て掛けられたまな板をひっくり返してみたり、お玉を持ってみたり、思い思いの行動を取っていると雲雀の頭にふと疑問が思い浮かんできた。


「どうしたら異界化なんて戻せるのかしら?」


 雲雀はそういうことをまるで知らない。興味もなく生きてきた。

 ただ妖怪を倒せばそれでいいと思っている。


「いわゆるラスボスがいるんですよ」

「はあ」


 椿坂の答えは雲雀にはピンと来ず、気の抜けた返事をしながらお玉を元の場所に戻して、ジーンズの尻ポケットに突っ込んでいたもう一丁の拳銃を再度手にした。


「もしかして、ゲームとかしない?」


 と意外そうな様子の椿坂。


「そういう環境になかったものですから」

「ふーん」


 彼女は少しだけ考えてから、わかりやすく言い直してくれた。


「えっとですね、つまり、この異界の主となる存在ですね。妖怪か、あるいは曰くつきの物品かもしれません」

「それがラスボス……。倒せばいいわけですね?」


 雲雀はすっかり得心した。

 しかし、椿坂が何故だか苦笑いを浮かべていた。


「何か問題でも?」


 その真意を訊ねた後に、彼女の表情が固まる。

 そして素早い動きで


「危ないッ!」


 との声と共に、傍にあった鍋の蓋を顔目掛けて投げつけてくる。

 咄嗟のことだったが、それを躱すのは難しくなかった。

 雲雀は背後で金属が衝突する音を、それから何かが落下する音を聞く。


 足元に落ちたものを見て「包丁」と雲雀は呟いた。


 その言葉を皮切りに、調理室中の引き出しという引き出しが開いて、そこから空中へ飛び出す無数の刃。

 煌めく先端が全て、雲雀たちへと向けられている。

 もしも先端恐怖症だったならば、卒倒していたに違いない。


 宙を翔ける羽根のない包丁。

 椿坂が蓋を投げたのは、それを墜落させる為だったのだ。


 幾つもの兇刃が宙を無秩序に裂く。

 軌跡の読みにくい銀色の乱舞、嵐である。


「雲雀ちゃん、こっち!」


 包丁が飛び交う中を雲雀は二挺拳銃によって、致命的な軌道を描くことが明らかな包丁を墜落させていきながら、相方の導きに従う。

 先陣を進む彼女は薙刀のリーチを利に中近距離を飛ぶ包丁を払い落していく。


 遠近二段構えの防御結界に隙はなく、無事に出口まで走り抜けられた。


 椿坂が戸を薙刀の切っ先でこじ開けて、二人は次の部屋──いや廊下へと飛び出る。


 そして即座に雲雀は、爪先で戸を蹴り閉めた。

 ドスドスンッ、と剣呑な響きが隔たる木の板を揺らすが、流石に突き抜けてくる程の力はなかった。


 一先ずほっと胸を撫で下ろして、巫女の様子を確かめる。


「あ……ほたる、それ大丈夫?」


 雲雀が気付いたのは彼女の二の腕部分だった。

 白衣がぱっくりと大きな口を開けている。

 躱しきれなかったものがあったようだ。

 怪我していたらどうしよう。

 雲雀は自身のことのように不安になるが、ほたるはあっけらかんと笑う。


「ん、だいじょぶ。皮膚までは届いてないみたい」

「そう、よかった」

「それで、ここはどこかな」

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