12.
お父様に、「公爵領の管理人から、魔石の採掘量が戻ったとの連絡が入った」と聞かされた。
犯人は逃げたものの、横領現場を見られたためにこれ以上不正はできないと踏んで、諦めたのだろうか。
同行してくれたマクスにも知らせるべきだと思い、訓練後に話した。
「戻ったと言っても、一応確認したほうがいいような気はするのですが」
「また公爵領に行くなら、喜んでお供しますよ。お嬢様」
マクスに笑顔で言われて、不安が薄らぐ。
「できましたら、お願いいたします。師匠」
私が素直に頼むと、マクスは少し意外そうな顔をした。
「……冗談でしたか?」
「まさか。いつでもいいよ」
鉱山を確認するだけなら、私一人でも何も問題はない。
気になるのは、魔物が地方で増えているという噂。北部、東部へは王立軍が退治に出向いている。西部にも目撃情報が出始めているらしい。……南部の公爵領はまだ報告がないけれど、もしも魔物の繁殖期が始まっているのなら、そろそろ南部も危ない。
魔物を相手に戦っても、勝てる自信はある。
けれど、実際に魔物を相手にしたことは、まだない。だから――怖いのだ。
魔物に呑まれる運命の、この体が、本当に魔物を倒すことができるのか。
……エレオノーレ。あなたを、私が守る。その決心は揺らがない。
信頼できる人とともに立ち向かえば、きっといつも通り、訓練通りにできると思うの。
私が、私を信じるため。私の信じられる人と一緒なら、必ず。
二日後、私はマクスとともに領地へ出発した。
* * *
馬車で移動中、マクスはいつも以上に冗談を言っては、私を笑わせた。
私が何か緊張しているのに、気づいているのだろう。この人は他人の機微に聡い。……私に対しては特に鋭い、なんて思ってしまうのは、うぬぼれかしら。
そうして笑って安心してしまう私は、自分を弱いと叱咤するべき?
いいえ、違う。私は弱くない。
ただ、マクスがいてくれたら、もっと強くなれる。
馬車がゴトゴトと走っていく中、向かい合わせに座っているマクスに、頭を下げた。
「ありがとうございます、師匠」
「ん? 突然、どうしたんだい?」
「いつも、気にかけていただいていますので」
「お嬢様のような人を気にかけないほうが、どうかしていると思うけれどね」
「……どういう意味です?」
マクスは、少し声を上げて笑った。からかわれたの?
「ああ、ごめん。お嬢様は、ご自分の魅力に自覚がなさすぎるな」
どういうこと? 今そんな話をしていた?
「ほら、やっぱりわかっていない」
マクスは腕を組んで、軽く首を傾げた。馬鹿にしているようにも見える態度なのに、そんな姿も格好いいのだからずるいわ。
「あの、話が飛んだように思うのですが」
「お嬢様のように気高く美しく立派な姫君に気を取られない男は、見る目がない愚か者だということだよ」
――美しい、のは、わかっているつもりだけど。
気高く立派かどうか……私は必死で、あがいているだけ。
マクスの視線が、なんだかくすぐったいわ。
「師匠は女性に対して誰にでも、そんな風に話すのですか?」
「とんでもない。お嬢様ほどの女性は、ほかにいないからね」
やめてよ、もう。
本気にしてしまいそう。……私、二十五歳で転生して、精神年齢は人生二回分と考えれば結構な年なのに。
二十三歳のあなたに、振り回されっぱなしだわ。
* * *
領主の城に着き、一休みしたあと管理人から帳簿を受け取った。
一年前とほぼ同じに、採掘量は回復している。
「新しい雇用人は?」
「消えた鉱夫三名分を補充いたしました。すでに雇用している者の親戚であり、身元に問題がないことは厳重に調査をしております」
帳簿の上に、雇用人の詳細が書かれた書類を置かれた。
……とりあえず、大丈夫そうね。逃げた三人は一年以内に領地に来た者だったし、あとは今いる者が買収されないように監視を強化して。長年の領民だし、信用したいところではあるわ。
「鉱山の見張りと、雇用人の動向はしばらく注意しておいて」
「畏まりました」
あとは――マクスともう一度、夜に鉱山を見に行きましょう。
「ところで、最近魔物の目撃者はいない?」
「……魔物でございますか? いいえ、まったく」
「そう……」
まだ、繁殖期に入っていないのならいいけれど。油断はできない。
* * *
「で、この夜中にまた鉱山へ行くと。お嬢様は行動にためらいがないね」
「ご理解の上で、ついてきていただけたのでしょう?」
「もちろん。いくらでも頼ってくれ」
今夜は内通者を心配する必要がないので、急ぐことも門番を欺くこともなく、鉱山の確認だと告げてマクスと騎馬で出掛けた。
「公爵閣下は、お嬢様をどうなさるおつもりなのかな」
「お父様が、何か?」
「私は訓練の成果については、閣下に都度報告している。お嬢様が最早王立軍でも上位に立てるほどの剣士だと、閣下もご存じだというわけだ。
その上で、お嬢様にはなぜそこまで鍛えるのか、何がしたいのか、閣下は聞かないんだろう?」
「……そうですね」
お父様は、私を止めることも聞くこともせずに、剣術修行を続けさせてくれている。最初に言った「夫たる方の理解のため」なんていうのは言い訳にすぎないと、気づかれていておかしくない。
でも、それならなぜ――と、尋ねもしない。
「わたくしに、ご興味がないのかもしれませんけれど」
「それはないな。私の報告を毎度熱心に聞かれるご様子は、お嬢様を心配なさっている父親のものだ。
そうすると、罪悪感でもおありなのか」
「罪悪感、ですか?」
「望まぬ婚約をさせてしまったことをだよ。だから今はできる限り、お嬢様のしたいことを自由にさせて差し上げたいのではないかな」
――言われてみれば、腑に落ちる。
私とシグルドの仲は、婚約者としては最悪の状態だもの。でも命の恩人である伯爵の希望で結んだ縁のために、公爵の身分を笠に着て婚約解消を迫るのは気が咎めるでしょう。
それで、せめて結婚までは娘の自由を認めてくれている……
リュシブール公爵は、いいお父様だわ。前世の父とは大違い。
転生して、私はいつからか自然に「お父様」と呼べるようになった。直接話さない時も、お父様と心の中で呼んでいる。
剣聖になれたら。「救国の勇者」の称号を、私自身が得られれば。
お父様を説得して、シグルドとの婚約を――
「お嬢様、待った」
マクスが声の調子を低くして、馬を止めた。
「まずいな。……魔物の気配だ」
その言葉に、体の芯が震えた。
本来ならば一年後に起こる、エレオノーレの悲劇。私を吞み込もうとする魔物が、今近くにいる?
「鉱山の、ほうですか」
声も震える。マクスは私の顔を見て、真剣な顔つきになった。
「お嬢様、ここで待っていてくれ。魔物は私が」
「いいえ!」
ここで逃げてどうするの。
なんのために、これまで修行してきたの。
私を、エレオノーレを、魔物から救う力をつけてきた。
私は魔物を恐れて、助けを呼びながら逃げる公爵令嬢じゃない。
魔物を倒し、勇者になるのよ!
「わたくしも行きます。戦って、魔物を倒してみせます」
「低級の気配ではない。中級か、もしかしたら上級の魔物だ」
「望むところです。上級の魔物を倒してこそ、『勇者』になれるのではありませんか」
マクスが馬を寄せてきて、手綱を握っている私の手に触れた。
「……震えてはいないね。でも、怖いだろう?」
「正直、怖いです。ですが、乗り越えてみせます」
私はぐっと両手を握りしめた。そのこぶしを、マクスの手が包み込む。
「――わかった。いいかい、お嬢様。今まで私が教えてきたことを忘れずに。お嬢様は一流の剣士だ。私自身にも引けを取らない、国内有数の強者だよ」
「はい」
「それから、私も側にいる。二人で立ち向かおう」
私はマクスの顔を見て、うなずいた。
そう、私は一人じゃない。こんなにも頼もしい味方がいる。
「馬は置いていこう。魔物の発する魔気に当てられて、暴れ出す恐れがある」
「わかりました」
私とマクスは以前来た時と同様に、馬を手近な木につないだ。
「いい子で待っていてね。ちゃんと戻ってくるから」
私は馬の背を撫でると、左腰の剣を抜いた。ふーっと息を吐く。
マクスは剣を抜く前に、私の両手をもう一度包んで握った。
「お嬢様、背中は任せて。お嬢様は自分を信じるだけでいい」
「わたくしと、師匠を信じます」
マクスは一瞬目を見開いて、ふっと微笑んだ。
「いい顔だ。行こう」
私たちは二人並んで、妖しい気配の待つ場所を目指して歩き出した。
月明かりの向こう、薄く赤い光が見えるところへ。
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次回一行予告:「剣聖」と呼ばれし者に。




