11.
今回の魔物退治は、意外と手こずった。
最近、魔物が強くなってきている気がする。繁殖の時期が近いのか?
考えたくはないが、警戒すべきなのだろう。
シグルドは王都の伯爵邸で過ごしつつ、そんなことを考えていた。
今日は、エレオノーレの誕生日だ。魔物退治で忙しいと先に告げていたため、招待状は来なかった。
先日のお茶会も断ったし、こちらの状況はわかっているだろう。
三年……いや、もう四年近く前か。
エレオノーレが、急に剣術を習い始めたと聞いた。公爵令嬢がまたなんの気まぐれを起こしたのかと思っていたが、何年も続けて今では相当強くなっているようだと知っている。
しかも、指導しているのは退役軍人のマクス・グリムだ。王立軍に入っているシグルドは、マクス・グリムは軍でも指折りの強さを誇っていた人物だと上官に伝え聞いている。
だが、軍ではさして人と関わらず、浮いた存在でもあったらしい。人当たりは悪くなかったものの、話をよくするのはラッシュ・スタインなどの数名だけで、同僚とは笑顔で距離を保つような男だったと。
ある時、不祥事があったとのことで退役したが、その内容はわからない。目立つ美形なので女遊びが激しかったのだろうと言われているが、親しい者が少ないために噂の域を出ない。
事実は直属の上司以外、誰も知らないのだ。
あの高慢なエレオノーレが、そんな男に何年も師事している。しかも、先日は一緒に公爵領地に行ったという。
自分が伯爵領によく帰ることも、昔は文句を言っていた。近頃は……いや、ここ数年何も言わなくなった。王都にいる際には定期的に会っていたが、このところは軍の休暇にも彼女の不在などですれ違っている。
――何を気にしているのか。
どうせ形だけの婚約者だ。結婚しても、冷え切った夫婦仲で終わる。
エレオノーレのことだ、自分に触れることすら許さずに「白い結婚」になるかもしれない。そうなれば、後継者の問題が出てくるが……あまり、考えたくはない。
* * *
魔物退治の任務完了後、領地に寄ることを許してもらえた。
セシリアに会うと、やはり自分の心が休まる相手はセシリアだと思う。しかし、セシリアは遠慮がちに言った。
「シグルド、あなたはとても優しい人なのに、エレオノーレ様には冷たいの? あなたが婚約者を嫌っているようだと、伯爵様が困ってらしたわ」
「……父上は、お前にまでそんな話をしたのか」
「私に、シグルドを説得してほしいって。公爵様からの援助がないと困るのでしょう?
未来の奥様とは、仲良くしないといけないわ」
「向こうが私を嫌っているのだ。伯爵家になど、嫁ぎたくないのだろうよ」
「シグルド……」
眉を寄せるセシリアは困り顔だったが、もっと違う感情を隠しているようにも見える。
「エレオノーレといるより、お前といるほうがずっと気楽だ」
「――そんなこと、言ったら駄目よ。エレオノーレ様を怒らせたら、どうするの」
「言っただろう、向こうが私を嫌っている。お前も、私が嫌いなのか?」
「私がシグルドを嫌うわけがないでしょ!?」
セシリアは強い口調で否定したあと、我に返った表情になって、顔を背けた。
「とにかく、婚約者とは仲良くすべきよ。嫌われているだなんて決めつけないで、交流を持たなくちゃ」
言い聞かせるような言葉は、最後には消え入りそうな小声になっていた。
* * *
シグルドは少し前から、セシリアが自分に向ける想いに気づいていた。
兄妹同然に育ち、家族のように思っていたが……そうではない。兄でも領主の跡取りでもなく、異性として意識しているのだと。
では、自分はどうなのか。
正直なところ、よくわからない。が、セシリアは側にいれば落ち着くし、話をすると和む。魔物を相手にした緊張感も、不仲な婚約者に対する劣等感混じりの不信感も、セシリアといると忘れられる。
恋か、愛かと問われると……答えにくい。
それでも、大切な人だ。決して失いたくない相手。
もし、セシリアがほかの男と結婚すると言ったら、――平静でいられる自信はない。
幼い頃から、剣を極めようと努力して、ほかのことは後回しだった。
母を早くに亡くしたせいもあるのか、ただ剣を振っているほうがいい。そう考えて、自分の気持ちを見定めようとはしてこなかった。
そのために、シグルドは恋愛感情というものに疎い自覚がある。
父が以前、「エレオノーレと結婚後に、セシリアを領地の側女にすることは認める」というような話を遠回しに言ってきた。
「公爵に知られずに済むなら」という条件付きで。
そんなことができるだろうか。
エレオノーレに会うと、ダークブルーの瞳に心の中を見透かされている気になる。彼女には、蔑まれているとしか思えない。
しかし、エレオノーレがほかの男と情を交わしていたら外聞は悪い。
今でさえ、シグルドを「婚約者の公爵令嬢に見捨てられている」と馬鹿にするか、あるいはエレオノーレを「身分の劣る婚約者にさえ相手にされない結果、剣術などで気を紛らわせている」と中傷する者もいる。
二人の不仲は、周知の事実だ。
魔物退治が終わり、エレオノーレの誕生日までには王都に帰ってこられた。
だが、魔物の増え方が妙だ。軍の待機命令もあり、プレゼントを贈って済ませることにした。そもそも呼ばれていないのだ、それでいいだろう。
金持ちの彼女が喜ぶものなど思いつかないし、自分の家も公爵家の援助でなんとかなっているのだから、高価なものは贈れない。どうせ喜びもしない、と例年通り花だけ贈っておいた。
今までは、エレオノーレの誕生日には、王都にいないことが多かった。
シグルドの誕生日には昔は会っていたが、軍に入隊後は会えない年が多い。彼女からは手紙と魔石を使った魔道具や剣などが贈られてくるが、礼状を返して済ませていた。
贈られたものはすべて物置部屋にしまい込んで、使ってもいない。
エレオノーレが十八歳になれば、結婚するという話になっている。
だが、本当にそうなるのだろうか。
その時が近づいてきているのに、彼女とは側にいて嫌味を言われていた頃より、ずっと疎遠になった。
以前はそれなりに手紙も送られてきていたのに。
……やはり、マクス・グリムと何かあるのか?
シグルドが側女や恋人をほかに作ることなど、公爵家は許さないだろう。
しかしエレオノーレが同じことをしても、シグルドの抗議よりも公爵の意向が優先されるに違いない。
決して対等ではない婚約関係だ。
身分ゆえの不平等に苛立つ。公爵は、グリム家をどうするつもりなのか。どうもしないのか?
自室のソファーに寝転んでいたシグルドが起き上がると、その拍子にポケットからハンカチが落ちた。
王立軍の紋章である剣と盾の刺繍が施されたハンカチは、今年の誕生日にセシリアから贈られたものだった。
「魔物退治が多いんでしょう? いつでも、シグルドの無事を祈っているわ」
そう言われて、任務のあとに帰りたいのはセシリアのいるところだと改めて思った。
はっきりと、愛していると断言するのは難しい。だが自分の心に住んでいる人は、セシリアなのだろう。
当たり前のように側にいて、なかなか恋だと自覚できないだけで。
――グリム家が子爵でなく、伯爵以上だったら。公爵は娘のために、婚約の解消を認めてくれただろうか。
考えても仕方のないことだが……
自分は選ぶことなど許されない。エレオノーレとの婚約は覆せない。
互いに望まぬ相手なのに、それでも添い遂げなければならないのか。それは、エレオノーレにとっても不幸だろうに。
「……父上が、許さぬ、か」
公爵家からの援助は莫大である。その割にシグルドが自由にできる予算は少ないが、不作の年など、領地民のために貯めこまれているなら仕方がない。
いっそ、魔物が活性化して自分が「剣聖」になれたら、婚約破棄を言い出せるのではないか?
「我ながら、身勝手すぎるな」
セシリアに会いたい。顔が見たい。
彼女に会えれば、安んじていられる。
シグルドはハンカチを握りしめ、深いため息をついた。
お読みくださり、ありがとうございます。
続きが気になったら、評価やブクマをしていただけると嬉しいです。
※毎日18:50頃更新予定です。
次回一行予告:再び公爵領へ。




