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1.

――彼は、わたくしの初恋だった。


出会ったのは、十歳の時。

わたくしより一歳年上の彼は、少年でありながら剣技に優れ、とても凛々しかった。

わたくしの、一目惚れだった。


けれど、わたくしは公爵令嬢で。彼は由緒ある武門家系といえど、伯爵令息。

身分差を気にしていたのは、おそらく彼のほう。

「婚約者」と紹介されたけれど、わたくしに笑顔を見せてはくれなかった。


わたくしが十八歳になったら、結婚することになっている。

でも、彼は……

シグルドには、ほかに想う人がいると知ってしまった。


素直になろうと、彼に気持ちを打ち明けるつもりで、ブラウハイト伯爵領まで行ったのに。

シグルドは、郊外の花畑で栗毛の女の子と笑っていた。

きっと、ピクニックにでも出ていたのだろう。たまたま、馬車で通りかかって見てしまった。


顔を見てわかった。

シグルドはあの子が好きなのだ。


だから、何も言わずに逃げ帰ってきた。


わたくしの気持ちは、どこにも行き場がない。

出会ってから、三年経っている。


五年後に結婚する時には、あなたはわたくしを受け入れてくれるのだろうか。わたくしは、あなたに言えるだろうか。

わたくしは心から、あなたを想っているのだと。



「エレオノーレ……あなた、本当にずっとシグルドに恋していたの?

あなたを、魔物ごと斬り捨てることになる人を」


私は日記を閉じて、やりきれない想いで呟いた。

エレオノーレ・リュシブール公爵令嬢。


小説『ブルー・ブラッド』の悪役令嬢であり、主人公シグルドに倒されることになる、小説上のキーパーソン。

……そして、今の私。



 * * *



私は代々医師の家に生まれた。

子供の頃から、「お前も医師になるんだぞ」と家庭教師をつけられて、優等生であることを強要された。

生まれる前から敷かれていた、人生のレール。


そんな場所から逃げ出したくて、参考書代や乏しいお小遣いを貯めこみ、内緒でバイトしながら図書館で勉強して。

医学部ではなく、「滑り止め」の名目で受験した経済学部に合格したその日、家を出た。


バイト先の先輩にルームメイトにしてもらって。バイトしながら、大学に通った。

努力の甲斐あって、就職を決めて卒業した。


一人暮らしになり、仕事はやりがいがある反面、残業も多くてきつかった。

今思えば、やりがい搾取と呼ばれるブラックに近い職場だったけど、充実してて楽しくて。


寝る前に格安スマホでネット小説を読むのが、日々のささやかな趣味になっていた。

そうして読み始めたのが、『ブルー・ブラッド』だったのだ。



ファンタジー小説『ブルー・ブラッド』の主人公は、剣士のシグルド・ブラウハイト。

ブラウハイト家は、ディオニス王国で基礎とされている剣術を編み出した、伝統ある伯爵家。しかし王国では現在魔力を組み合わせた剣術が主流となっており、ブラウハイト家の権威は過去のものとなっていた。


シグルドには、エレオノーレ・リュシブール公爵令嬢という婚約者がいる。

貴族中、随一の商会運営をしている大貴族。魔術を強化したり結界を作ったり、魔道具の材料としても使われる貴重な「魔石」を扱うため、国内外を問わず重要な名家である。


王国には、魔物が動物同様に生息している。本来は常闇(とこやみ)と呼ばれる異世界の生物が、この世界に紛れ込んだ存在であるとされている。下級の弱い魔物から上級の言語を解する魔物まで、生態も見た目も様々。

上級の魔物は魔術も使う危険な生き物であり、血の色は青い。


郊外で魔物に襲われかけた公爵が、偶然通りかかったシグルドの父に助けられ、シグルドが十一歳の時にエレオノーレとの婚約が決まった。


エレオノーレは美しく、魔力が高い優秀な令嬢で、身分が低く武門貴族のシグルドにはあまり敬意を払わない。父親が決めたことだからと受け入れているだけ。いかにも義理で婚約している態度で、シグルドにエスコートされてもつんけんしている。


シグルドは領地の城に仕える幼馴染の、セシリア・ローゼン子爵令嬢と仲がいい。エレオノーレはそれにも嫌味を言う。

シグルドは、公爵家には金銭的に援助してもらっているから仕方ないと思いつつ、結婚しても上手くいく気がしない、とうんざりしていた。



王国内では数十年に一度、魔物の繁殖が活発になる。王立軍に入ったシグルドが十九歳を迎える頃に、ちょうどその時期が来た。

魔物が増えるになるにつれ、「剣聖」が現れることを国民が期待していた。


「剣聖」とは、特殊な「青いオーラ」を纏う剣士で、ブラウハイト家は過去数名の剣聖を輩出した。剣聖のオーラは魔物をひるませ、圧倒できるために「救国の勇者」とも呼ばれる。ブラウハイト家以外に、剣聖が生まれた記録はない。

大昔には、国を亡ぼす勢いで大量の魔物が現れたこともある。その際に魔物の王を討伐したのが、当時の剣聖だった。

軍では長らく存在しない剣聖など不要だと言われるが、国民の間では勇者の伝説が根強く残っている。


北部の魔物が強くなっているという噂が、王都に流れてきた。リュシブール公爵領は南部だが、ブラウハイト伯爵領は北部の東寄りにある。

シグルドはセシリアを気にして、休暇中に領地へ行く。彼女は大丈夫だと言って、二人で森を散策する。

ところが強力な魔物に遭遇する。シグルドがなんとか撃退するが、魔物は消え去る前に「(にえ)ヲ、モット……」と不気味な声を残した。



北部の魔物討伐が王に命じられ、シグルドも参加。討伐は成功し王都に戻るものの、各地で魔物が増えているようだ。

最も魔物が少ない南部にも……


魔物討伐から帰ったシグルドはエレオノーレに挨拶に行くが、彼女は領地にいて不在だった。

居留守を使われることもあったので、またか、と帰るシグルド。


しばらくして、王都に突如魔物が出現する。転移で北部からやってきた魔物か?と思われ、恐ろしく強い。軍が囲むが次々倒される。

「王ガ、オ目覚メダ」と響く声。


魔物の王が生まれ、昔と同様に人間を食らいつくそうとしているのか。

そうはさせない、とシグルドがほとんど相打ち状態で魔物を倒す。だが、それは王ではなく王に仕える魔物の一人にすぎなかった。


魔物の体が崩れていき、エレオノーレの姿になる。驚愕するシグルド。

領地に戻っていた時、魔力の高いエレオノーレは、魔物に「生贄」として取り込まれていた。


「わたくしを、止めてくれたのが、あなたで、よかった……」

一筋の涙を流し、青い血を吐いて事切れるエレオノーレ。その亡骸も崩れていく。


青い返り血を浴びていたシグルドが突然、青い光をまとう。怪我も消えていく。

魔物に対する怒りによりオーラが覚醒し、剣聖となったのだ。


剣聖、そして勇者シグルドの戦いが、今始まる――




そこで、私は続きを読む気が失せた。


「酷い話! エレオノーレって、シグルドが剣聖になるための舞台装置じゃない」


あまりの展開に独り言がこぼれた。その先は、課金しないと読めなくなっている。

当然課金なんてする気もなかったので、私はネットでネタバレを検索した。


最後は魔物の王を封印して、シグルドはセシリアと結婚してハッピーエンドらしい。

エレオノーレのことは、倒したあと思い出すシーンもなさそう。


シグルドが剣聖に、勇者に覚醒する展開の犠牲になったのに、エレオノーレの死後は言及されないなんて。

死に際の台詞からするとシグルドのことが好きだったような感じだけど、盛り上げるために言わせたような唐突さ。

悪役令嬢みたいな描写ばかりで、伏線もなかった。


ブルー・ブラッドは魔物の血とシグルドの血統と、剣聖のオーラをかけた名称なんだろう。でも魔物の返り血を浴びて覚醒、というのも悪趣味な設定だ。


いいや、もう。

ほかにいい話ないかな、とスマホで検索していると、不意に眩暈を感じた。

お読みくださり、ありがとうございます。

初日は5話まで更新されています。


次回一行予告:運命を変える一歩。

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