第5話 釣り糸らしきもの
部屋全体から鳥の声が響いた。
うえで巣をつくっている鳥たちが日が高くなり、気温が高くなっていくうちに起きて鳴きだしている。
それが根の内側まで反響していた。
俺はその声でようやく目が覚めた。
疲れと不安からか。寝ているときにおかしなことを考えていた。
今の状況、自分の立場を忘れて、俯瞰した視点で物事を考えようと、今の俺はこれからどう生きていくかが重要だ。
この惑星の社会構造についてなど、あそこまで深く考えるまでもなかったろうに。
カバンから歯磨き用の器具を取り出す。
口に入れると、棒の先の円盤が磁力で静かに回り始めた。
その振動が首元まで伝わったのか、ヒルがぴくりと脈打つ。
歯を磨きながら、首の異物と一緒に生きている事実を思い出す。
もう、地球の朝じゃない。
自分は帰れないのだろうか。帰りたいのだろうか。そもそも、帰ってどうしたい。
地球に戻れば、たぶん檻だ。
俺は殺しはしていないが、あの計画に手を貸した。
秘密も握ってる。糾弾される側だ。
だからこそ、こうしてジュペット星で消される。
地球で死体になって見つかるより、宇宙へ高飛びして行方不明――その方が都合がいい。
クソ。考えれば考えるほど、俺があいつらを襲って眼鏡を奪ったこと自体が間違ってた気がしてくる。
アレがなきゃ、俺が生きてたってバレなかったじゃねぇか。
俺は深くため息をついた。
お腹の音が鳴り、根から抜け出した。
さて、お金が無くなった今、食料を手に入れないといけない。
どうしたものか。考えながら、歩いていると後ろから横切る影が見えた。
二人の少女たちが長い竿と籠を持っている。
それだけで何をしに行くかわかった。
魚か、ちょうどよさそうだ。
坂を下って降りていくと、川があった。
目立たぬよう、少女たちとは距離をとる。
彼女は根の隙間に手を突っ込んだ。すると、そこからカブトムシの幼虫のような虫をみつけた。
それを糸の先にくくって、水の中に落とした。
俺も同じように、ちょうどいい太さの枝を拾った。
糸がない。
舌打ちして、シャツの裾をつまみ、ほつれた一本を引きずり出す。頼りないが、ないよりマシだ。
幼虫を結び、根の影に身を沈めて水へ落とした。
竿でなく糸を持ちながらの釣りになった。
これじゃあ、枝の部分は必要なかったじゃないか。ザリガニ釣りとほぼ変わらない。
切れるなよ、と祈りながら水の中に垂らしていると引っ張られた。
引っ張り上げると小さな魚だった。
泥の中に身を潜めていそうな茶色い魚だ。
まあ、ないよりはマシだな。
俺は枝を組み、ライターで火をつけた。
上に石を乗せて、釣った魚を焼いた。
その間に釣り糸を垂らした。
これも釣り糸らしきものだな。
ふと、刑事らしきもの、と名乗った女性のことを思い出した。
あれはいったい何だったんだ。らしきもの、と言っていたな。
ラバーズが刑事のまねごとをしている? 俺を殺そうとしている組織を探っているということか。
だが、刑事らしきもの。しょせん、刑事らしきもの。
急ごしらえで用意したかりそめの役割など―――
そう考えた時に、大きく引っ張る力を感じた。俺は引っ張り上げようとする。
水面から大きな口が見える。これは大物だ。 しかし、釣り糸らしきものはプリと切れて、魚は奥深くへと消えていった。
はあ、やはり釣り糸らしきものじゃダメだな。
俺は焼けた魚を口に放り込んだ。
期待通りの落胆に近い淡白な味がした。




