2話 内省と修正
数日後、俺は病院を出た。というよりも病院から追い出された。
言葉が通じなくとも、彼らが俺を病院から出ていくように促したのはわかった。
病院の入り口の前に立ち、すぐに先のことを考えられるほど頭が回らなかった。
唐突に昔のことを思い出した。
夏休み、プールの中で誰かがカマキリの卵を見つけた。ちょうどプールサイドの近くで、同級生がケラケラと笑いながらその卵を棒で壊していた。
あの時、なんでカマキリの母親はあんなところで卵を産んだのだろう。
ここで産んだ時に自分の子供がどうなるのか、なぜ考えることができなかったのだろう、と腹が立った。
しかし、今、自分は軽い衝動的な欲求からこの星にやってきて、こうして途方に暮れている。カマキリの母親のことをバカにできない。
そんなことを考えていると首すじにもぞもぞとした感触を感じた。
ずっと俺の傷口に張り付いているヒルの感触だった。
これはいつ外れるんだろうか。外せるんだろうか。
俺はジェスチャーで医者らしき者にこのヒルについて聞いたが。
彼は黙って首を横に振るだけだった。
あれの意味はなんなのか。医療用のギブスのようにいつか外せるときが来るのだろうか。よもや一生このヒルと付き合っていかなければいけないんじゃあるまいな。
俺は深くため息をついた。
さて、どうするべきか。
パスポートをなくしてしまった。
ここから地球に帰れる手立てはあるのか。
答えはNOだ。海外と違って、宇宙には大使館がない。
今頃、地球では俺は異星まで逃げてそこで死んだ扱いになっているだろう。死んだ俺をアイツらはどう扱うか。都合の悪い問題をこっちに押しつけてトカゲの尻尾切りをするかもしれない。
じゃあここで暮らすのか。それも難しい。そもそも今の俺には身分というものがない。
「クソ! そもそもここどのへんだよ!」
毒づいて俺はあたりを見回す。この惑星で一番の目印と言えばアレだ。
ぐるりと見まわせば、すぐに俺はアレをみつけた。
根がそこを目指して渦を描くように密集し、竜巻のように盛り上がる。その先に巨大な花が咲いている。巨大な花はうなだれるように真下を向いて空に浮かぶ巨大な目玉のようにこちらを見下ろしている。虹色の豪華なネオンライトのように花は発光していた。
巨大な花の名はアスモデウス。あの花から疑似餌、通称ラバーズが生み出される。アスモデウスは遺伝子をもとにその個体が気に入る異性の姿をしたラバーズを生みだす。産み出されたラバーズはアスモデウスと一心同体。あの花が枯れれば、ラバーズも消えてしまう。
あの花を囲むように、様々な異星人に合わせた風俗街がある。
理論上はここをグルっと回れば地球人の街に出るはずなんだが。
……どっちだ? 右か? 左か?
ハズレを選べば長い時間がかかることになる。
異星人だらけの街を通らなければいけない。地球とは違う文化、生態の知的生命体。自分の星では叶えられない欲望を叶えにきた奴らがいる街を通るんだ。
山手線の外回り、内回りとはわけが違う。間違えたら地獄を見ることになる。
絶対どちらかが近いはずなんだ。眠らされている間に運ばれたんだぞ。そこまで遠くはないはずだ。正しい道を選べさえすれば。
右か? 左か? 一体どこから……
いや、待てよ。
「なんだ、単純なはなしじゃないか。あるじゃないか。確実に同族にすぐに合える道が」
早速そこに向おう。
沈むはずの天体が地表のその間際で、沈まずに横に擦れていく。
光は地面を走る火花のようにそれていく。
地球でも北極圏や南極圏で見れる現象だ。天体の位置関係によりこの惑星は夜が来そうで夜が来ない。
波紋上に広がった根っこはデコボコとしている。
そこに、一台の車がやってきた。車には男性が二人載っている。
二人の男性は人を運んでいる。運ばれた人は意識がなくダランとしている。
放り投げると、抵抗もなく地面に落ちた。
これで一仕事が終わりとばかりに男たちは車に戻ろうとしたその時。
一人が喉を抑えて倒れこんだ。だれかがそこにいた。
樹木の根の陰に潜み、ずっと“戻ってくるのを”待っていた。
襲撃者は俺だった。
「やっぱり来たな。俺を捨てた場所に。
そりゃそういう仕事だもんな。いつか戻ると思ってたぜ」
叫ぶ暇は与えなかった。
まず一人を切り伏せ、もう一人を根の上に押し倒す。
自分に刃物を突き立てた時、俺は考えた。なぜ俺は俺自身に刃物を突き立てなければいけないのか、と。
本当に傷つかなければいけないのは、そのリスクを負わなければいけないのは――
「――俺でなく、お前だ」
ナイフの切先は目の前の男の首に入った。血を吹き出し、目の前の男は絶命した。
ナイフを引き抜く。差し込んだ時よりもナイフは簡単に引き抜けた。
さて、こいつらが地球人なら、持っているはずだ。
そう考え、彼らの荷物を漁っていると、いくつか出てきた。
この惑星で使える金銭。
色々と見つけた中でようやくお目当てのものが手に入った。
それは眼鏡の形状だった。つるのほうにアンテナのようなものがついている。
俺はそれをかけて起動させた。
目の前に巨大な花を中心とした立体的な地図が浮かび上がった。
調べると、翻訳機能もあるようだ。これで会話に困らない。
「なるほど……なるほどな……」
ひとり呟き、俺は指をさした。
「俺が行くべきはこっちだな」




