11叔父の過去
ジュリアとシリウスの婚約が公式に発表されるその日、城全体はまるで祝祭のように賑わい、歓声と喜びが溢れていた。
シリウスの家、アルナム家は代々王族と関係が深く、特に反対の声は上がらず祝福された。
広間は華やかな装飾で飾られ、貴族たち、宮廷の者たち、そして城の住人たちが一堂に会し、笑顔と祝福の声が絶え間なく響き渡る。
ジュリアはその中でシリウスの隣に立ちながら、彼の存在に安堵する。
彼の真剣で優しい眼差しが、どんなに大勢の目に囲まれていても、心の支えとなっていた。
彼女はその安心感を胸に、何度も深呼吸を繰り返しながら、人々の笑顔に答えた。
式典が一段落し、少しだけ一人になりたいと感じたジュリアは、人々の視線を避けるように王宮の廊下を歩いた。
廊下に沿って流れる川の流れに耳を澄ますと、心が穏やかになる。
大理石の床に響く自分の足音だけが、静かな空間に溶け込んでいく。
そんなときだった。
「セルシア!」
母の名に思わず振り返ると、叔父が勢いよくこちらに歩み寄ってくるのが目に入った。
酔っているのか、足取りはふらつき、目はどこか焦点が定まらない。
ジュリアは胸の奥でざわめく不安を覚えた。
「おじさま、どうされたのですか?」
「結婚するんだな、セルシア。とうとうお前も……俺のものになるのか?」
耳を疑う言葉だった。
叔父の目はジュリアを見ていながら、その瞳に映るのは彼女ではない。
まるで遠い記憶の中の誰かを追いかけているようだった。
そのとき、ジュリアの前に素早く立ちふさがる影があった。
「姫様、ここは私が」
レオンがジュリアの前に立ちふさがり、叔父との間に盾のように立つ。
だが叔父の視線はジュリアを捕えたまま離れない。
「セルシア、隠れる必要なんてないだろう。出ておいで」
叔父の声は不気味に低く、呂律が回っていなかった。
ジュリアは恐怖に駆られ、急いでその場を去った。
振り返ることなく廊下を駆け抜け、自室の扉を閉めると、その場にへたり込む。
迎えたリリーが心配そうに駆け寄る。
「どうされました、ジュリア様?顔色が悪いですよ」
ジュリアは荒い息を整えながら答えた。
「おじ様が……お母様の名前を呼んで……私をお母様だと思い込んでいるみたい。とても正気とは思えなかった……」
その言葉にリリーも眉をひそめ、そっとジュリアの背をさする。
その時、扉を叩く音が響いた。
「セルシア、なぜ隠れるんだ?出ておいで!」
低く押し殺したような声が外から響く。
ジュリアとリリーは恐怖に駆られ、互いに身を寄せ合う。
扉を叩く音はしばらく続いたが、やがて遠ざかる兵士の足音とともに静寂が戻った。
リリーが恐る恐る扉を開けると、そこにはレオンが立っていた。
「兵士を呼びましたが、その間に見失ってしまい……姫様にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」
レオンの言葉に、ジュリアはようやく息をついたが、心の中の叔父への不安は消えなかった。
ーーー
「おじ上は確かに母上に強い感情を抱いていた」
数時間後、ジュリアはウィリアムに呼ばれ、執務室へ向かった。
心配したシリウスも共にいる。
ジュリアは一連の出来事を話しながら、なぜ叔父が母に執着するのか、その理由を問い詰めた。
「元々母上は、叔父上の婚約者候補だったんだ。それが、母上が父上に惚れ込んで、無理やり父上と結婚したと聞いている。結婚後も、叔父上は母上を忘れられなかった。執着は日に日に強まり、時には母上の寝室に忍び込むことさえあったそうだ」
ジュリアの瞳が驚きに見開かれる。
「母上が亡くなった後、叔父上は母上の肖像画の前で何かをつぶやいたり、その振る舞いはさらに奇妙になり、理性を失っていった。ジュリアが母上に似てきたことで……歪んだ執着が蘇ったのかもしれない」
ウィリアムは一瞬目を閉じ、深いため息をついた。
「今、叔父上は塔に隔離している。ただ酔っているだけにはとても見えない。兵士も増やしているから、君に害が及ぶことはないだろう」
ジュリアの顔には、依然として不安の色が残っていた。
シリウスはそっと彼女に寄り添い、優しく肩に手を置いた。
「ジュリア、ウィリアム様のおっしゃる通り、安心して。これ以上怖い思いはさせないから」
その言葉にジュリアは静かに頷いた。
しかし、叔父の執着が何をもたらすのか、ジュリアの心にはわずかな影が残ったままだった。
ジュリア ー ネフェルタリ王国の王女。この物語の主人公
レオン ー ジュリアの護衛。ネフェルタリ王国最強の男
シリウス ー ジュリアの幼馴染。アルナム卿の孫
ウィリアム ー ネフェルタリ王国の現国王。ジュリアの兄
ロナウド ー セレナ王国の末王子
アルシーア伯 ー ジュリアの叔父
リリー ー ジュリアの侍女
アルナム卿 ー 宰相。政治の中心地を治めるアルナム領領主
オーベン卿 ー 交易の拠点として栄えるオーベン領の領主
ベルク卿 ー 穀倉地帯を持つベルク領の領主
レガロ卿 ー 土木技術が優れるレガロ領の領主
トネール卿 ー 騎士たちを率いるトネール領の領主




