#89 亘理、忘れられてました……
「お前ら!!無礼であるぞ!!父……我らの殿に向かって!!」
一人、若い武者が声を張り上げ、立ち塞がるが、それを超えて戦場から帰ったばかりの武者たちが、甲冑も取らずに初老の将へ訴える。
「殿!一体いつまで我らはこの戦いを続けなければならないのですか!!あの若殿の檄さえ届かなくなって久しいのですぞ!!」
「左様です!殿!!あの横柄な若造にそこまで肩入れする意味も、もう御座らなかろう!!」
彼らは戦から逃れようとして、訴えているのではないことは、その場にいる誰もが理解しているのだろう。臆病者と非難する者は居ない。
乾いた返り血だらけの甲冑に身を固めた武者たちに詰め寄られている、初老の将が口を開く。
「亘理と伊具は我らの守る地だ。されど、それ以上に……それがしは、この地に座す伊達の盾、伊達稙宗が十二男、亘理元宗ぞ!!」
亘理元宗の父、稙宗は、きっと元宗のことも、他の兄弟姉妹たちと同じように、あくまで伊達の縁戚を増やすための信のおける者……それ以上には思っていなかったかもしれない。
裏返せば、それは手放しに信の置ける伊達一門衆として認めていたということでもある。元宗はそう感じていた。
そして、若殿こと、あの政宗をも、昨年の戦いで追い返した相馬との戦いを任されている。それは天文の乱以降、兄・晴宗から始まり、その子、甥っ子の総次郎こと輝宗、その子、藤次郎こと政宗の代になり『伊達王国』などと言い出した今も、変わらなかった。
その理由は単に、利府よりも故郷というべき地になった、亘理・伊具の地を取り上げないという歴代の厚意だけではない、とも……
「伊具の地を、相馬から守ることは、伊達家中でもわれらにしか出来ぬことなのだ。われらが引けば、再び五年前のようなことが起きかねぬ……わかるな?」
「……はっ、今一度、兵たちを鼓舞いたしましょう。されど、次の手もお考え下さりますよう」
「うむ、利府と米沢、それと小次郎……蘆名政道殿のおられる黒川と山形の総次郎にも早馬を。われらにとっては総次郎の伊達も、藤次郎の伊達もない。伊達を守るのみぞ」
元宗は、ただ五年前に起きた、相馬盛胤による亘理・伊具の所領での撫で斬りのようなことを決してさせまいと意を固めていた。それゆえに、天正の乱で輝宗が勝とうとも、政宗が勝とうとも関係ないと考えていた。むしろ、わざわざ戦などせず矛を収めてもらいたいものだ、という心持ちであった。
だが元宗の放った早馬が各地にたどり着くころには、輝宗の軍勢と、伊達王国もとい政宗の軍勢はともに、元宗には何の関係もない第三者に降っていた。
そして元宗には不運なことに、その第三者はさらに遠方の本拠地で、すっかり心、戦場にあらずという状態であった。
「早馬?一体誰から?」
「亘理の……殿よりにございます……」
息も絶え絶えになりながらたどり着いた早馬は、亘理元宗と伊達輝宗からの書状だと言って渡してきた。
例のごとく、読めないので信本に読んでもらう。
「亘理元宗なる伊達の武将が、伊達輝宗殿に後詰を求めています……ただ、輝宗は白磐……白石殿でしょうか、の手勢の者を送るが、それとは別に羽州一の空き巣泥棒、橋本航太殿の後詰も求める……と」
……おい輝宗。ずいぶんと余裕そうじゃないか。
いや?この文調はなんか、つい最近に見覚え、というか聞き覚えがあるぞ……?
「なぁ、それ本当に輝宗の字か……?」
「はい?……ぃえ、確認してみますか?」
と、手渡された文字を見てみると……なにやらこう、にょろにょろとした落書きともっとにょろにょろと何か書かれている。
「いや、これ……なんて書いてある?」
「えー……『この伊達藤五郎成実がかわって左京太夫輝宗殿のお言葉をお伝えする!しかと己が身をわきまえられよ!!』とのこと……だと、思います」
ボソっと「たぶん」と付け加える信本。
やっぱりあのムカデか。
……
普段はやらないが、たまにはしっかり規則を守るとするか。
赤ペンを取り出して、『羽州探題・空き城大名・橋本航太・確認済み』っと。
「この書状は輝宗宛で。あとできれば実元……ムカデの父親の目に入るように。急ぎじゃないが、頼めるか?」
と言って、信本に渡す。
大沢城に戻り次第、手配します。と信本。
ちょっとばかしこう……ムカデ成実には礼儀というものを学んでいただくことにしよう。というか、なんでこう、ことあるごとに喧嘩売ってくるんだ?あいつ。俺なんかしたか……?
いや、したか。俺にというよりは、我らが夜叉九郎・盛安と和賀家の皆さんにやられた感じだったけど。
……その前から喧嘩腰だったような気もするけど、もうわからん。そういうやつなんだ、きっと。
「……で考えるべきは、ムカデの挑発じゃなくて、本題の方だな」
亘理元宗といえば、ゲームでもそこそこ記憶にある。亘理城という姓と一致しているのも覚えやすいし、史実でも、天文の乱の時代から何かと伊達家の南の方で戦って戦功をあげていたはずだ。俺の中でのイメージは、『最高レア度より一個下の、超強キャラ』な亘理元宗。
では、その元宗はいま、1582年の時点ではどうだったかというと……
……あ。
「『元宗は隠居した相馬盛胤ら、相馬家と一進一退の攻防を繰り広げた』……」
完全に忘れてた。道理で伊達家がイメージより弱かったわけだ。相馬と戦っていたことは、もちろん覚えていたのだが、その指揮を執っていたのは……亘理元宗だ。
そして、圧倒的……ではなく『一進一退』。きっと歴史には残っていなくとも、支援要請なんかもしていたかもしれない。仮に史実では近隣から支援を受けていて、そのおかげで相馬を撃退できていたとしたら……?
本来あるべき伊達家の戦力は、どこかの誰かさんのせいで、全国的に壊滅状態。
……
ようやく息が整ってきたところに悪いが、立て続けに早馬の人に問う。
「輝宗のとこの、白石宗実が部隊を率いてもう向かってるんだよな?数は聞いてるか?」
「はっ、白石様の手勢はおよそ三百。桑折宗長様が百人を率いて補佐に付けられております」
「敵は?相馬の軍勢はどれぐらいかわかるか?」
「定かではありませんが三千ほどかと……ただ、数以上にしぶとく、一度切ったはずの敵が再び現れることもある、と」
アンデットか何かかよ。
いやまぁおそらくだが、二、三日で戦場に戻ってくるようなゾンビ・サムライと戦っているわけではなく、長く続いている戦い故に、一度負傷、撃退した相馬兵が、相馬兵にとっても故郷である浜通りの地を踏ませまいと奮戦している……だから多少深手の傷でも、再び戦場に戻ってくる。そういうことだろう……士気はかなり高そうだ。
高い士気を挫くには、恐怖の噂話で持ち切りの何かで以て、実際に勝てない、と思わせるに限る。
鬼庭イージスシステム、橋本家の誇る赤鬼・青鬼、夜叉九郎……畏怖の対象はいくらでもいるが、やはり俺といえばアレだろう。
「すぐ大沢城に戻る!戻り次第、戦車隊で出陣する!悪い、信本。相沢さんの方と、水車発電機と銅線の話は頼んだ!」
「はい?……はい!わかりました!お気をつけて!」




