#87 お宝、溶かしました。
南奥羽を巻き込んだ、天正の乱から、二週間。
懐かしの大沢城へ帰ってくる……こともなく俺は本来の職場に向かっていた。工場、大森の工場である。
部隊を率いている時は「こんなものか」と思ってたのか、気にもならなかったが、いざ自分一人で歩いてみると、徒歩の遅さが際立った。ついでに「戦車(笑)」も……道理で海に囲まれているといえど、山がち、かつ河川も小さめという列島でも船便が好まれたわけだ。これも考慮しながら、か。
せめて、騎兵と並んで走れる戦車は欲しいな、と……これが騎兵戦車の由来か。いや正史はどうなのか知らないけども。
そんなバカな現実逃避をしながらも、大森の工場に辿り着いて早々に、瓦礫の分析をしていた忠人に銅線は作れるかと聞く。多分、ヘファイストスチート持ちの忠人なら、材料があれば大丈夫だと思うが。
「銅線ですか。純銅があれば作れますけど……そんなもの手に入るのですか?」
「ここは火山列島だぞ?相沢工場長。案外すんなりと薬品の材料も集められた。半分は甚兵衛の功績だけどな」
俺が居ない間にも次々と名をかえ、商圏を広げ、いつの間にか北は湊、南は酒田にかけての一大勢力になっていた『河島屋』。その売り上げが山積みになって久しいそうなので、少しばかり使いこむ指示を出していた。その為の金銭でもあるしな。
なお、その隣には未だ解消されない瓦礫の山も残っていた。幾らかは整理されたみたいだが。
「丁度来たな。いよっ!『河島屋』!」
「全くここんとこ、三月ばかりで儲かった銭を全部使っちまうなんてな!金使いの荒い御殿様みてぇっさな!」
「そりゃあ御殿様だからな。確か俺は」
もはや、オトノサマとはなんだったのか、全、俺が、首をかしげている。
そのオトノサマに相対するは、河島屋の旗印。荷車隊、率いるは、河島甚兵衛。今までの橋本家の歳入を支えてきた功労者にして、来たる電化産業革命時代の立役者(内々定通知)だ。
積荷は目もくらむ金銀財宝……ではなく微妙に単価の安い鉄板と微妙に光らない粗銅の山。いやまぁ生産力悲惨なこの時代じゃあ、充分宝の山だ。
一見、何に使うのかさっぱりわからない卑金属達。信長あたりに見せてもさっぱりわからないだろう。
それが一時的に黄金よりも価値を持っているのは、未来知識という誰に与えられるでもなく貰ったチートがあってこそだ。
……考えてから思った。それは教科書辞書の類の知識と、教育の成果なのではないか?と。
俺だって読んだから覚えてるってだけだしな。
「んでこんなもん、何に使うんだ?また戦車か?」
「鉄の方はそうだ。まあ見とけ」
銅線に使うのは、純銅。99.99%とか出て来るあれだ。そこまで純度を高めないと、銅線としてはまともに使えない。
そして積荷としてやってきたのは粗銅。まだ銅線としては使えない方の銅。不純物を1%とはいえ、この業界では『多く』含んでいる類の金属だ。
で、この世界にも"灰吹き"やもう少し後には"南蛮吹き"という「金銀を取り出す」精錬方法はあるのだが、それで純銅を作るには時間がかかりすぎるし、限界もある。というか、多分無理だ。試してはないが、およそ人間の手だけで作れるようなら、錬金術を待たずに、電気の登場はもっと早かっただろう。
だから登場するのが"電解精錬"だ。ここで使う銅線は、4、5回灰吹法で精錬された後の銅を酒田の加賀屋率いる与助に頼んで、わざわざ安土から取り寄せてもらった。お値段は……逆に戸沢家産の粗銅より安かった。きっと「金銀がこれ以上取り出せないゴミ」として認識されていたからか。ゴミが銭に代わり、こっちは求めるものが安く手に入る。お互いWinWinの関係とはまさにこの事だろう。
そして作業を始める。
まず、硫酸銅水溶液を容器に投入。
「なんじゃあ、あの浅青い?水は」
「絶対に触るなよ。いろいろ溶かしかねないからな……指とか」
次に気合いで下準備した相沢印の銅線第一号、二本。チートを駆使した上での、忠人の汗と涙の結晶だそうだ。
それはもう、
これを木の洗濯バサミに似せた何かで掴みながら、これの片方に角館産の銅板、もう片方に安土産の灰吹き済み銅板(実際には、どこ産なのかは知らないが)を、さっきのとは別の木バサミモドキで押さえつけて取り付ける。
そしてこれを……投入!
「うわぁぁぁ!!!銅が!銅が溶けちまってるじゃねぇっさぁ!!」
決して安い、というほど安くはない銅。つまり、たった今まで、重い思いをして運んできたばかりの銭の塊が、目の前で溶かされていく光景に阿鼻叫喚の河島屋一同の中で、実際に見るのは初めてという忠人だけがこれを静かに見守る。
「……よ、よし、そろそろ良いだろ……忠人……それ取り出して……」
「あ、はい。……大丈夫ですか?橋本さ……殿?」
「な……慣れない運動を、しただけ……だ……」
下準備というのは、磁石を回すだけの簡単な、だがやや大掛かりな人力発電機を取り付けるという事。そしてそれを回したのだが……
悠香チートの俺に与えていた影響を軽視し過ぎていた。
変に工場で暴れられたくもなかったので、大沢城に戻っていた舞に監視を任せて置いてきたのだが……厳重に見張らせながら連れて来るべきだったな……これは失策だ……無茶苦茶に疲れた。
「わかりました……これですか?純銅というのは、この小さな……」
「ああそうだ。まともな大きさにするには時間はかかるだろうが……これで用意できる」
忠人はそれで納得したようだが、甚兵衛以下、河島屋の一同が騒ぎ立てる。
「この底にたまってるのは何だ。銅じゃねぇのか?」
勿体ねぇ!と騒いでいる商人。一粒たりとも無駄にしない、その意気や良し。だがその底にたまっているのはもっとすごい物だ。
「いや、その底にたまってるやつは金とか銀とかだな。灰吹き法や南蛮吹きとは比べ物にならないくらい大量のな……触るなよ?」
喜び勇んで青い液体に手を突っ込もうとする河島屋商人衆の手を溶解から守るのに注意を払いつつ、俺も手を突っ込んで取り出したいほどのお宝の完成を心待ちにするのだった。




