大脱走
「うぎゃあ!」
黒い穴に吸い込まれて、突然ペッと外に吐き出される。ラグだけがまともに着地ができず、顔から地面に突っ込んでいた。
「なんだ、ここ?」
「俺の研究室だ。」
黒い穴から優雅に着地したグィンガンが答える。部屋の壁は全て本棚になっていて、魔術書が所狭しと並んでいる。小さな応接用のテーブルと椅子が置いてあるが、そのほかの場所には魔術が書かれた紙が山積みになっていて足の踏み場もない状態だ。
「ほぎゃあ!」
ラグは早速紙を踏んづけて転んでやがる。
「なんであんたの研究室なんかに来たんだい?」
転んだラグを助けながらニアが尋ねる。
「この街から出ていくのであれば俺もいろいろと準備があるんだよ。」
グィンガンが本棚に駆け寄り、本を数冊皮袋の中に入れる。
「本なんかいらねーだろ!」
勉強嫌いのラグがわめく。
「いるんだよ。これは国王に頼まれて俺が長年研究してきた魔術に関して記録した本だからな。」
「国王に頼まれた魔術?そんなもん聞いたことねーぞ。」
「当たり前だ、誰にも話してない。」
グィンガンはそう返事をし、次々に荷物をまとめている。
「よし、準備が終わった。行こう。」
最後に黒いローブを羽織ったグィンガンが俺たちに向き直る。
「その前に国王から頼まれたっていう魔術について教えろ。」
すると、ラグがグィンガンに詰め寄った。
「俺はこのパーティーのリーダーだ。パーティーメンバーが危険にさらされる可能性があるものについては把握しておく義務がある。」
なんだ。珍しくリーダーっぽいこと言ってんじゃねーか。
「どうせでかいドラゴンとか召喚するやつだろ!かっこよさそうだから俺にも教えろ!」
前言撤回。
「…そんなもんじゃない。」
グィンガンは詳細を話すのを渋っている。なんだ?本当に危険な秘術なのか?
俺たちがそんな言い合いをしてぐずぐずしていたのが悪かったのか、部屋に向かってくる大人数の足音が聞こえてくる。がちゃがちゃと金属音を響かせているということはおそらく自警団だろう。
「ちっ!お前らその話は後だ!さっさとズラかるぞ!グィンガン、さっきの魔法もう一回だ!」
「すまん、あれは魔力の消費量が激しいからしばらくできない!」
「役立たずがぁぁ!」
「ぶふぅ!」
とりあえずグィンガンの顔面を殴っておく。
ひどいひどいと泣くグィンガンを今度はサフィーナが慰めている。大の大人がロリに甘えるな。
そうこうしていると、とうとう部屋のドアが蹴破られ、予想どうり、自警団の奴らが入ってきた。
「魔族の仲間め!ここで滅ぼしてやる!」
まだ若い野郎どもが俺たちに剣を向けてくる。
「てめぇら、そんなへっぴり腰で俺に武器向けてんじゃねーぞ。」
なんでこんなに思い通りに事が運ばねーんだよ。盛大に舌打ちをして、背中に背負っている大剣を抜こうとするが「大事な本があるからその剣使うのはやめてくれ!」とグィンガンが涙ながらに訴えてきた。
「あぁぁ?くそ、めんどくせー!」
どういつもこいつも自分勝手なことい言いやがって!
「さっさとどけぇ!」
「「「ぎゃああ!」」」
風魔法を詠唱なしで発動し、声にのせる「獣の咆哮」で自警団どもを吹っ飛ばすと、廊下の壁に激突して気絶した。しかし、まだ自警団の奴らは残っており、次から次に部屋に入ってくる。
「お前らほんとにいい加減にしろよ…。」
自分の喉がぐるると鳴るのが分かる。苛立ちで頭が塗りつぶされていく感覚も久しぶりだ。以前より気は長くなったと思っていたが変わってねーみてーだな。
「全員ここで殺してやる!!」
グィンガンの制止も聞かず、大剣を抜き、自警団の1人を切りつける。そいつが悲鳴を上げて倒れる前に、その隣にいる奴も蹴り飛ばし、もう一人は炎魔法で吹っ飛ばす。
「ちょ!あんたやりすぎだよ!」
ニアが怒鳴ってくるが「うるせぇ!」とそれ以上の大声で返す。喉が鳴るのが止めらんねーな。
「っ!あいつが勇者様たちがおっしゃってた狂戦士オレグ様だ!早く魔法で眠らせろ!」
「うるせぇ!」
焦って指示を出している男を獣の咆哮で気絶させ、魔法を唱えようとした男と一気に距離を詰める。
「何しようとしてんだ、屑野郎。」
「あがぁ!」
首を持って空中に持ち上げると、男が苦しそうな顔でじたばたと暴れている。自警団の奴らはおびえているのか、まったく近寄ってこない。
「おいおい、お前の仲間はお前を見捨てたみたいだぞ?悲しいな?上司に言われて俺を倒そうと飛び込んだのにな?なぁ、どんな気分だ?使い捨てにされる気分は?」
男が苦しみながらも必死に抵抗を続けているのに苛立つ。
「やめな、オレグ!」
「オレグさん!」
ニアとサフィーナがわめいているが頭に入ってこない。
「可愛い子犬みたいに震えてんじゃねーぞ、おい!」
男の首にさらに力を加えようとする。
「おい、ニア、サフィーナ、何やってんだよ!はやく行くぞ!」
俺の後ろから幼馴染の声が聞こえる。
「でもオレグさんが!」
「あ?チャンスじゃねーか!あいつが暴れとけば敵が全部あいつに行くからな!それにあいつにとられてたグィンガンからもらった金も俺が盗んどいた!あいついなければ金使い放題だぜ!待っててね、俺のかわいこちゃんたちー!」
頭を埋め尽くしていた怒りがどんどん別のものにすり替わっていくのが分かる。
「グィンガンも行くぞ!」
「あ、あぁ。」
男の首を掴んで持ち上げたまま後ろを振り返ると、ニアとサフィーナ、グィンガンが窓から脱出していた。
「よーし、あとは俺だけだな。なんか金になりそうな魔術書も持ったし。」
ラグが窓枠に足をかけたままこっちを見る。
「よう、オレグ。金はいただいた。お前はそこで男どもと乳繰り合ってろ!俺はかわいこちゃんと乳繰り合う!」
てぇーい!と間抜けな掛け声とともに、ラグの姿が消える。
「…っ、狂戦士が止まったぞ!今だ!」
自警団の野郎どもが襲いかかってきたので、殴り飛ばす。ついでに持ち上げていた男も床に落とした。
「ごぁああ!」
べしゃっと床に落ちた男は涙目でひゅーひゅーと息を吸っている。その姿を見ても、先ほどの怒りは感じない。むしろ別の存在への怒りがふつふつと湧いてくる。
「何勝手に金とってんだクソ野郎がぁああああ!」
追いかけてくる自警団を魔法で吹っ飛ばし、俺はラグたちを追って窓から飛び降りた。




