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森の大きなクマさんは  作者: ふとん
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真面目でワガママ

 テオの激白にウルが目を回して倒れなかったのは、家族のことを思い出したからだ。

 仕事の内容はどうあれ、ウルは家族の反対を押し切って王都に働きにやってきた。

 ここで逃げ帰ってしまっては、弟の言う通り、ウルには女官の仕事などできないと認めたことになる。


(やってみる前から、できないなんて分からないじゃない)


 そもそもテオがウルにできない仕事をやらせようとするはずがない。

 彼がやれると思ったから、ウルに手紙をくれたのだ。

 そんなテオの期待に応えたい。

 今にも目を回しそうになりながらも、ウルはテオの専属女官として働くことを決めた。


――決めたのだが。


「この書類はエウルリースへ。その次の書類はディトラへ。その次の書類は総務へ」


 ばさばさと書類を渡し、テオは続ける。


「書類を渡し終えたらイルマ次官に書類をもらって、この部屋へ帰ってこい。帰ってきたらお前は昼休みでいい」


「……テオさ…テオドール次官は昼食を召し上がらないのですか?」


 ウルの質問にテオはちらりと書面から顔を上げ、


「未処理の書類がある」


「帰ってきたら昼食をお持ちします!」


 ウルはそう叫んでテオからもらった書類を抱えて部屋を出ようとする。だが「待て」とテオが呼び止める。


「テオと呼べ。次に次官と呼んだら返事をしない」


 この外務省次官という地位の男はわがままだ。

 ウルは「失礼いたします!」と今度こそ部屋を出た。


――ひと月経ってもテオの仕事には慣れない。


 ウルにテオの詳しい仕事の内容は一切知らされていない。それは女官の仕事ではないと教えてももらえないのだ。ただ仕事の中で知り得たことは決して他言してはならない。

 外務省次官という仕事はとにかく秘密が多くて、その量も生半可ではなかった。

 テオの他に次官は五人居て、彼らの上に長となる大臣がいる。だから次官は外務省という組織の中ではかなり上位だということはウルでも分かったが、テオに部下はいない。

 時折、手伝いだという人はテオの執務室にやってくるが、それ以外の業務はすべてテオが一人でこなしているようだった。

 その忙しいテオの仕事を手伝うべく雇われたのはウルだ。

 ウルの仕事は主に書類運びだ。テオに渡された書類を目的の人物に渡すのである。テオの仕事内容は機密が多いようで、目的の人物がいない場合はその人が帰ってくるまで待つこともある。

 ウルが仕事を始めてしばらくはテオがウルを連れて各所を回り、それをウルが覚えて一人で書類渡しに奔走することになるのは間もないことだった。

 そして何よりウルが気に掛けなければならなかったのは、雇い主の生活だった。


「――さぁ、昼食ですよ!」


 書類を渡し終え、厨房で適当に料理を見繕ってもらいワゴンを押して帰ってみても、テオは未だ机にかじりついて休もうともしない。

 ウルが無理矢理、机から引きはがすようにしてテーブルにつかせなければテオは昼食どころか休憩もとろうとしないのだ。

 執務室の隣の仮眠室は二間に分かれていて、以前はテーブルもなかったのだが休憩を取ろうともしないテオのためにテーブルとイスを用意してもらった。

 手際よく厨房からもらってきた白身魚のパイや根菜のスープをテーブルに並べていると、テオは呆れたように溜息をつく。


「お前を雇ったのは、家政婦をしてもらうためではないのだが」


「ご自分の体調管理をきちんとできるようになったら、私も書類運びに専念します」


「仕事以外はちゃんと休め。だから最初、お前の住所登録を俺の邸にしておいたのに」


「そのお言葉、そっくりそのままお返しします! あと、私は寮生活で十分です」


 王宮にやってきたウルを二重に驚かせたのは、テオが用意してくれた住まいだった。それは、何とテオの邸だったのだ。

 彼は自前で邸を持っていて、家令とメイドまで雇っている。王宮からほど近いその邸は確かに通勤には便利だが、メイドでもないのにまさか上司と住むわけにもいかない。今のウルはあくまで女官なのだ。

 だからセイマーに頼んで一般の女官たちが共同で暮らしているという寮に入れてもらうことにした。

 家族の多いウルは寮生活にもすぐ慣れたが、テオは事あるごとに自分の邸へ移れと言って憚らない。


「心配していただかなくても、ちゃんと寮で暮らしています。皆さんよくしてくださっていますし」


「例えば?」


 ウルが並べた白身魚のパイにフォークを入れながら、テオはそんなことを訊ねてくるのでウルは自信満々に答えた。


「ある夜なんて、深夜にも関わらずマネキンが私の部屋のドアの前に置かれていたんです。丁寧に古い服を着せられてかつらまでかぶせられて。私があまり服を持っていなかったのを、どこからか聞きつけてくださったんでしょうね。あとで寮母さんに送り主を探してもらったのですが、結局見つからなくて」


「……女官の寮で、幽霊騒ぎがあったと聞いたが」


「そうなんですか?」


 かつらは使う機会など無いだろうが、服は正直助かった。ウルの衣食住はテオが用意するという話で王都にやってきたので、急遽、寮に住むことになったウルの私物はほとんど無い。トランクに詰めたのは当面の着替えやブラシやコップといった基本的な生活用品だけで、着替えの手持ちがなかったのだ。


「家事も力仕事も、我が家では当たり前ですからね。タダで住まわせていただくのは心苦しいのでちゃんと寮でも働いていますよ」


「住まいの保証は女官の雇用条件だ。寮の維持は条件に含まれているからお前の仕事ではないぞ」


「寮の手伝いも新米の仕事だと聞いたんです。わざわざ仕事を教えてくださるなんて寮の方々は本当に親切な方ばかりです」


「……お前がそう思っているならいいが」


 テオはもう何も言うまいと言うようにパイを平らげた。


 昼食を終えて食器を片付けるウルをテオが「ああ、そうだ」と捕まえる。


「明日は出かけるぞ」


「視察、ですか。いつ頃お出かけですか?」


 書類仕事ばかりのテオが珍しい、とウルが尋ね返すと「お前も行くんだ」とテオは答えた。


「そろそろ城下も案内しよう。ついでに外出する案件が一つあるから少し付き合ってくれ」


「え?」


「仕事ではあるが、明日は羽根を伸ばすといい。俺の案件の後はお前に付き合うから、行きたい場所があれば言ってくれ」


 案内する、と言うテオをまじまじと見返すウルに、彼は苦笑を溢した。


「俺が一緒では上司の接待のようで悪いが、一人で王都を歩き回るよりマシだろう。仕事だと思ってくれて構わない」


 つまり、こういうことだろうか。


「……明日は、仕事の名目で私に王都案内をしてくださると…?」


「たまにはいいだろう。お前の休日を潰してしまうより、仕事とした方がお前の気も楽だろう」


 少なくともウルの前では真面目に仕事をしているテオの発言とは思えない。

 

「そんな……あの、遊んだ上に給料までいただくわけには…」


 まさか王都観光をして給料をもらうわけにはいかない。

 ウルの困り顔にもテオは平気な顔だ。


「お前を案内する前に、俺の案件もある。その帰りにいくら王都を散歩したところで誰も咎めはできないだろう」


 しかもそれを許すのは上司であるテオ本人だ。

 これは流用やらなにやらになるのではないかとウルは顔をしかめたが、


「上司の接待も仕事のうちだ。あきらめろ」


 テオはそう言って仕事に戻ってしまった。


(あきらめるも何も……)


 ウルにとってはまるでご褒美以外の何物でもない。

 よりにもよって、テオと二人きりで王都を歩いて回れるのだ。


(こ、これって、デート……みたいじゃない…!)


 テオへの想いは告げないと決めたものの、その想いがウルの中から消えたわけではない。

 好きだと自覚してしまったからこそ離れようと決めたというのに、今はその彼が仕事の上司だ。

 そんな彼にまるでデートのような誘いを受けて舞い上がらずにいられるほど、ウルの想いは小さくない。


(ど、どうしよう…っ!)


 デートを仕事と言い張ることにも、テオと二人きりになることにもドキドキとする胸を上手く抑えきれないまま、ウルは翌日を迎えた。

    




――しかし世の中はそんなに甘くできていない。



 翌日、先に仕事を済ませるという普段通りのコート姿のテオが、普段より綺麗に整えた外出着のウルを連れて向かったのは、王都の端も端、レッド・エンドと呼ばれる無法地帯だった。




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