会いたい人
“拝啓 ウルリーケ・バウアー殿
まず、手紙の件に関して謝罪をしておく。
バウアー家一同からの手紙は確かに受け取ってある。返事を書けず済まないと伝えてくれ。
これからバウアー家の借金取りとなる俺にこんな手紙を寄越すとは、つくづくお前の家族はお前に似たらしい。
そこで、借金取りからさらなる提案をしたいと思う。”
季節のあいさつも挟まない簡潔な手紙は、確かにテオドールが自ら筆をとって書かれた証拠であるように、彼のらしい言葉で綴られていた。
「女官見習いに私を推薦……?」
――新たな女官を募集している。宮廷で女官として働いてみる気はないか。
その続きには面接の日時や給料や待遇まで書かれてある。
給料はウルが農家で働いてもらう駄賃の十倍。三食住居付き。週休二日制。
ただし仕事内容については全く書かれていない。
世間知らずのウルでさえ怪しいと思う内容だ。
「なぁに。そんなに悩ましい内容なの?」
尋ねられてウルは手紙を母に渡す。母もざっと手紙の文面に目を通したが、
「まぁ、いいお話じゃない」
あっけらかんと言ってのけた。
どういうことかとウルが眉根を寄せると、母は笑った。
「しばらく家の手伝いをしなさいって言ったのはお母さんじゃない」
「そうよ。そうでも言わないと部屋に閉じこもってしまいそうだったから」
図星だった。
そうでも言われなければ、ウルは寂しさばかりに目が眩んで自分の心ばかり見つめて閉じこもってしまっていただろう。
母はにこにこと微笑みながら紅茶を飲んだ。
「ねぇ、ウルリーケ。私の心配なんてしなくていいのよ」
「え?」
「ウルリーケが家族のことをたくさん考えてくれているのは皆知ってる。でも、皆もウルのことをたくさん考えているのよ」
カップを上品にソーサーに戻した母が唯一、ウルと揃いの新緑色の瞳を輝かせて言う。
「ウルリーケはどうしたい? お母さんは、ウルリーケが幸せそうな顔を見るのが一番大好きよ」
母は強い人だ。
領地経営も家事も一人でこなして、病魔に襲われてなお気丈だった。
(どうしてそんなに強く、優しくなれるんだろう)
ウルの幸せそうな顔が好きだという母の顔こそ一番幸せそうだ。
(――私も、そんな風になれるのかな)
田舎者のウルに女官の仕事が務まるとも思えない。
きっとテオは十年の返済期間を少しでも早めてくれようとしているに過ぎないだろう。
それでも、
(それでも私に何か出来るなら)
テオがわざわざ手紙を寄越してくれたのだ。
彼が選んでくれて、少しでもウルに出来ると思った仕事なら挑戦してみたい。
そしてウルの仕事が少しでもテオの役に立つなら。
「――お母さん、私、王都へ行ってもいいかな」
ウルが母を見つめると、母は「もちろん!」と笑った。
それから、母はウルの味方になって家族を説得してくれた。
「ウルリーケが決めたなら」と父は寂し気に微笑んだが、弟のラグナは烈火のごとく怒った。
「女官の仕事がどういうものか、姉さんは分かってない!」
宮廷の女官は、謀略や暗躍の飛び交う宮廷でそれこそ命がけで望まねばならない仕事だという。
騙されやすい姉がそんな場所で生き残れるとは思えないというのだ。
「いきなり宮廷の真ん中の仕事を任されるはずがないでしょう。洗濯係か配膳係がせいぜいよ」
ウルの反論もラグナは聞き入れなかったが、カトリナの一言で説得を止めた。
「私は、お姉ちゃんが決めたならそれが一番いいんだと思う」
いつもなら甲高い声で言い募るカトリナが静かに口を開いたのだ。
「家族のために何かしたいって思うのは、そんなにいけないこと?」
真剣なカトリナ言葉に、ラグナは言葉を失ってしまった。
カトリナの言葉に考え込んだラグナは自室に閉じこもってしまったが、カトリナはウルにひっついて歩きながらひそひそと打ち明けてくれた。
「私も働きに出たいの」
「どういうこと?」
ウルが訊ねるとカトリナは目を輝かせた。
「私、学校の先生になりたいの! でも王都にある上の学校へ行かないと資格が取れないでしょう?」
成績優秀者には奨学金が出るのだと語るカトリナに「なるほど」とウルは笑う。
「まずはお姉ちゃんがうまくやっていけるのか試してみたいのね。王都がどんなところか」
ウルが意地悪く言うと、カトリナは苦笑いしたが「でもね」とウルを見つめる。
「お姉ちゃんが決めたことなら、私、賛成することにしてるの」
「どうして?」
「だって」とカトリナは笑った。
「お姉ちゃんの勘は当たるのよ!」
褒められているのか分からないが、どちらにせよカトリナが味方してくれたおかげで、兄弟からの賛同はほぼ得られた。フォルクマはカトリナの言うことは一理あると頷くし、イエニスは母が決めたことならと寂しがったが応援してくれる。
ただ、ラグナだけはカトリナの言葉が効いたのかあれ以上説得をしようとはしなかったものの、ウルの王都行きには最後まで賛成はしてくれなかった。
女官試験の日が迫る中、ウルは王都行きの支度にしばらく追われたが、寝る前に必ずテオからもらった小箱を開けてみる。
手紙と一緒に送られてきた小箱に入っていたのは、オルゴールだった。
春の花がふんだんに彫刻された箱を開くと、軽やかな鳥の歌声のような曲が流れてくる。
質に入れられないようにかオルゴールのふたの内側にはウルの名前がしっかりと彫られてある。もしかしてわざわざ彫らせたのだろうか。そう思えばウルは苦笑をこらえながらも自分の名前を指でなぞってみる。
あの不愛想がどんな顔で依頼したのだろう。
――俺も宮廷で働くこととなった。
そうテオの手紙にあった。彼が働いているならその姿を見てみたい。
会おうなんて贅沢は言わない。
彼にはもう十分贅沢をもらった。
カトリナは家族のためと言ってくれたが、ウルにも十分下心はある。
それをオルゴールに詰めて、ウルは王都行きの期待と不安を胸いっぱいにする。
ユーディトを頼って王都へ向かった時とは全く違う気持ちで、ウルは王都行きを迎えた。




