放課後1
あれから職員室でも怒鳴られたが、佐木先生とこの件で呼び出された担任のおかげで、あまり怒られずにすんだ。
怒鳴るだけの体育教師とは違い、担任はしっかりと話を聞いてくれ、佐木先生が体育教師をなだめてくれていたので、邪魔をされずに美香子は話すことが出来た。リヒトが勝手に学校に来たことを言うと、体育教師は嘘を吐くなと怒鳴ったが、これは昇降口で挨拶をした先生がたまたま職員室にいて、登校時にはリヒトを連れていなかったことが証明された。
体育教師はどこかに隠れさせていたんだろうと食い下がってきたが、体育教師の怒鳴り声ですっかり縮み上がっていたリヒトが、我慢できなくなり泣き出したことで終わりとなった。職員室に入ってからずっと美香子の足に引っ付いていたリヒトの頭を美香子はなでて落ち着かせ、これからリヒトをどうするか担任と話し合い、放課後になるまで保健室で預かってもらえることとなった。
休み時間に何度かリヒトの様子を見に行ったが、リヒトはすっかり落ち着きを取り戻していた。佐木先生と仲良くしているのを見て、美香子は安心して授業を受けることが出来た。
放課後になり、美香子はかよと一緒にリヒトを迎えに保健室に向かった。
「すいませーん」
保健室のドアを美香子はノックする。
「はい、どうぞー」
保健室の中から返事があり、美香子はドアを開けた。
「お、美香子なのだ。授業はもう終わったのか?」
中ではリヒトと佐木先生が、机を挟んでのんびりとお菓子を食べていた。
保健室には壁側のベッドと窓際の先生の机の他に、生徒が話に来られるよう横長の机が用意されている。今、その机の上にはお菓子とお茶が出ていて、リヒトはお菓子を食べながらくつろいでいた。
「佐木先生、すいません」
めんどうを見てもらっているだけでもありがたいのに、お菓子まで出してもらって美香子は申し訳なくなってくる。
「ありがとうございます。リヒトを預かってもらえて助かりました」
「いえ、いいんですよ。リヒト君の話をたくさん聞けて、僕も楽しかったですから」
佐木先生は笑顔で返してくれた。
この人はどこまで天使なんだろうか。
「リヒト、そろそろ帰ろうか」
「えー、もっとフーゴと話したいのだ」
フーゴって誰だと思ったが、美香子はすぐに気が付いた。佐木先生の名前が風悟だったはずだ。
「ちょっとリヒト。ちゃんと佐木先生って呼ばないとダメじゃない」
「ああ、大丈夫ですよ。お互いに自己紹介した時にそう呼んでもらうことになったので」
「でも……」
先生を呼び捨てってのは問題がある気がすると美香子は言いよどむ。
「それに、小さいお友達が出来たみたいで僕も嬉しいです」
そう言って笑う佐木先生に嫌そうなところは一つもなかった。佐木先生がいいと言うのなら、これ以上、口を出すことは出来ない。
「おお。俺様とフーゴは友になったのか?」
「はい。これからよろしくお願いしますね」
「よろしくなのだ」
仲良さ気にリヒトと佐木先生は笑いあう。リヒトは半日で佐木先生に懐いたようだ。
「もう帰る時間なの。ほら立って」
「嫌なのだ。もっとフーゴと話すのだ」
よほど佐木先生を気に入ったのか、リヒトが頬を膨らませて不満を示す。イスからおりようともしない。
このリヒトと佐木先生がどんな話で盛り上がったのか、美香子も気になるところだが、もう迷惑はかけられない。
「リヒト!」
リヒトはぷいっとそっぽを向いた。
「リヒト君、今日は時間がありませんので、また今度お話しましょう」
「また今度?」
「はい。約束します」
佐木先生がイスから立ち、机を回り込んで座っているリヒトの隣にしゃがんだ。リヒトに小指を立てて見せる。
「約束です」
佐木先生の小指をじっと見ていたリヒトは、自分の小指を立てて佐木先生の小指に絡ませた。
「嘘ついたら〜」
おきまりのフレーズを歌いながらリヒトは指を振る。それを一緒に歌う佐木先生。
「ハリハリソウ飲〜ます。指切った」
小さい頃によく歌った懐かしい曲は、聞いたことがない歌詞だった。佐木先生も同時に歌っていたが、歌詞に詰まるような感じはなかったので、美香子が知らないだけでこの歌詞のバージョンも存在していたのかもしれない。
「約束なのだ」
満足したリヒトは帰り支度を始めた。
「すいません。ありがとうございます」
リヒトの為にさらなる迷惑をかけることになってしまった。美香子は申し訳なくなり、頭を下げた。
「いいんですよ。また話してみたいのは僕もですから」
佐木先生が保健室で作業に使う机からペンと紙を取る。それに何かを書くと美香子に渡した。
「僕の携帯電話の番号です。リヒト君が僕と話したくなった時はかけて下さい」
どうやら子供相手だからといって、この場限りの約束にする気はないらしい。後日、リヒトが会いたいとごねる可能性があったので、これはありがたかった。
「助かります」
番号が書かれた紙を、美香子はカバンにしまう。携帯電話にはあとで登録すればいい。
「終わったのだ」
リヒトが美香子の服の裾を引っ張り、帰る用意が終わったのをしらせた。
「じゃあ、帰ろっか」
美香子は佐木先生に改めて頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました」
「また遊ぼうなのだ」
「はい。遊びましょう」
手を振る佐木先生に見送られて、美香子達は保健室をあとにした。




