学校へ2
かよと一緒に教室を出て、特別教室に向かう。コの字型に建てられた学校は、特別教室が一年生の教室のちょうど反対側に配置されており、特別教室に行くのには中央にある下駄箱の前を通ることになっていた。
かよとお喋りしながら歩いていると、美香子は下駄箱がいつもより騒がしいのに気が付いた。
「何だろうね」
歩調を緩め、かよと下駄箱の方を見る。三つ目の下駄箱にさしかかった時、人垣が出来ているのが見えた。人垣は下の方を見ている。そこに何かがあるようだが、人垣のせいでその何かは美香子の位置からは見えなかった。
「さっさと答えるのだ!」
人垣の中から聞こえてきた声に、美香子は思わず立ち止まる。
「どうしたの?」
いきなり立ち止まった美香子に、かよが怪訝な顔をするが、それには答えずに美香子は人垣に近寄って行く。嫌な想像が頭をよぎる。
「美香子はどこにいるのだ!」
美香子の名前が聞こえて来て、嫌な想像は確定的となった。
「えーと、何、美香子ちゃんかな?」
「美香子は美香子なのだ」
「知りたいのは名前じゃなくて苗字なんだけど……」
会話になっていないやりとりを聞きつつ、美香子は人垣の中に入って行く。その中心にはやはりリヒトがいた。
「美香子!」
美香子を見付けたリヒトは怒っていた顔をコロッと変え、美香子に笑顔で寄ってきた。その頭を美香子はガシッとわし掴む。
「何するのだ!」
「何でここにいるのかな?」
「美香子のあとを追ってきたのだ!」
凄いだろうと言わんばかりにリヒトは胸を張る。
「自転車のあとを? 歩きで?」
「仮契約者を辿るのなんて簡単なのだ」
よく分からないが、何かゲームを起動させた人間を追跡する機能でも付いているのだろうか? 気になるが、美香子はとりあえずそう判断して話を続ける。
「で、何でここにいるのかな? まさか、巻物を返せって言う為?」
「そ、それはもういいのだ」
リヒトが目を逸らす。
何だか怪しい。
「リヒト何を隠して……」
「美香子。その子、弟?」
うしろから聞かれて、美香子はリヒトの頭から手を離して振り向く。かよも人垣を抜けて来たようだ。かよがリヒトを興味深そうに見ている。
「あ、いや、弟ではなくて……」
さすがにここでリヒトの説明はしにくい。
「可愛いね。お名前は何ていうのかな〜?」
リヒトの頭を撫でながらかよがリヒトに聞く。
「リヒトなのだ!」
撫でられてまんざらでもないらしいリヒトは笑顔で答えた。
「そっか〜、リヒト君か〜。リヒト君は何才かな?」
「五才なのだ!」
手をパーにしてリヒトは年齢を示した。
「五才か〜。今日は美香子に会いに来たのかな?」
「そうなのだ」
リヒトはかよにスラスラと答える。この差は何なのだろうか。
「リヒト君はここに来ることをお母さんに言って出て来たのかな?」
「母君には街を探検してくると言って出て来たのだ。そしたら、お弁当と家の鍵とけいたいでんわという話が出来る機械を渡されたのだ」
斜め掛けにしていたカバンからリヒトはお弁当と携帯電話を取り出す。携帯電話は母親の物だった。母親は仕事に行っているはずなので、これでは連絡が取れない。仕事場に電話を掛けるのはさすがに気が引けた。
「ということは、嘘を吐いて出て来て、ここにいるってことはお母さん知らないのね?」
リヒトはしまったという顔をする。
「そ、それは……」
「黙ってこんなことしたらお母さんが心配するでしょう? 美香子だってビックリするし、皆に迷惑をかけるのも分かるよね?」
「わ、わかるのだ……」
かよはまたリヒトの頭を撫でる。
「美香子に会いたかったのは分かるけど、もうやっちゃダメだよ?」
「ごめんなさいなのだ」
リヒトはしゅんとする。そのリヒトをかよがよしよしと頭を撫でてなだめた。
「で、美香子どうする?」
かよが美香子を見る。
「え? あ、えっと?」
あそこまで手こずったリヒトを、簡単に言うことを聞かせてしまったかよに驚いていた美香子は、とっさに言葉が出ない。
「たぶんこのままだと先生に……」
「こらっ、お前ら何をしている!」
怒鳴り声が下駄箱中に響く。その声に驚いた生徒達がパッと散っていった。
「もうすぐ授業だろ。さっさと教室に戻れ!」
人垣がなくなって現れたのは、体育の教師だった。規則や身だしなみにうるさいことでよく知られている先生だ。
「ああ? 何で子供がいるんだ?」
一番マズイ先生に見付かった。
「誰が連れてきた!」
リヒトの側にはすでに美香子とかよしかいない。顔はばっちり見られているので、リヒトを担いで逃げるというのも不可能だ。
「すいません……」
美香子は素直に名乗り出ることにした。
「お前か! 子供を連れてくるなんて学校を何だと思っている!」
この先生は話を聞かない。事実とは違うが、とにかくひたすら謝るしかない。
「すいません」
「非常識にもほどがあるぞ!」
「すいません」
「普段からたるんでいるからこういうことも平気で出来るんだ!」
「すいません」
美香子は何度も何度も謝るが、体育教師が止まる気配はない。ピリピリとした雰囲気が辺りを包み、体育教師の怒号だけが響く。
美香子は必至で我慢したが、体育教師の執拗な叱責に泣きそうになってきた。
「先生、そろそろそこらへんで」
張り詰めた空気を破ったのは、柔らかな声だった。
「授業も始まりますし、生徒も謝っていますから」
「佐木先生」
体育教師が声の主の名前を呼ぶ。
佐木先生は保健室の男性養護教諭で穏やかな物腰が話しやすいと人気の先生だ。生徒の相談を聞いてくれたり、こうやって助けてくれたりするので、一部の生徒から天使と呼ばれている。この場に現れた佐木先生は、美香子にも天使の輪と白い羽根が生えているように見えた。
佐木先生に止められて、体育教師は時間を確認する。
「まあ、確かに時間はない。お前、こいつと同じクラスだったな」
お前、がかよのことで、こいつ、は美香子のことだ。
「は、はい……」
かよが恐る恐る答える。
「これからすぐに授業に向かって、こいつが授業に遅れると伝えておけ」
「はい……」
「さっさと行け!」
かよが萎縮していると、体育教師が怒鳴ってせかした。かよは慌てて下駄箱を出て行く。
「お前は職員室に来い」
体育教師があごでしゃくり付いてこいと示した。
まだ続くのかと美香子は心の中で落胆する。
美香子が先を行く教師のあとを付いていこうとすると、佐木先生が近付いてきて耳打ちしてきた。
「僕も付いて行きますから」
美香子が佐木先生の顔を見ると、佐木先生はにっこりと笑った。
まさに天使。
天使様のおかげで、体育教師の説教も乗りきれそうだと、美香子は佐木先生を拝みそうになった。




