◆19 顛末、そして未来への展望
長い夏が終わり、秋、そして冬が訪れようとした頃ーー。
貴族街の娼館において、グラス・パッシー伯爵が捕縛されてから半年が過ぎようとしていた。
グラス伯爵は尋問を受け、投獄されてからこれまで一度もパッシー伯爵邸に帰ることはなかった。
その間、魔法国ゾルバが、グラス・パッシー伯爵の即時釈放を要求してきた。
だが、ルモン王国はこれを拒否した。
以来、両国間では国交断絶状態が続いている。
それだけゾルバ国にとってグラス伯爵は重要視されていたらしい。
ゾルバ魔法国は西方の共和国で、多くの留学生を受け入れて魔法技術を伝授する一方で、諸国にとっては急進的な民主主義思想を布教する、じつに厄介な国家である。
だが、諸国にとってその存在を無視できないのは、魔王復活に際して、人類を代表する勇者を招集し、対魔王戦を主導するのがゾルバ魔法国であったからだ。
だから、ゾルバ魔法国では、密かに世界から次代の勇者を掻き集めようとしているという噂が絶えることはなく、おかげでルモン王国の外務卿エビウス・サキ伯爵は、自身の若い時分の留学先であった魔法国ゾルバと通じていると公言して憚らなかった。
もっとも、現在はさまざまな国家が台頭してきており、北方の大国アレスや南方の先進国家ベルツなどの覇権国家が、次に来るであろう対魔王戦における代表国家の地位をゾルバ魔法国から奪おうと、虎視眈々と狙っていた。
それほど、諸外国の動きが活発になっており、外交の難しさが増大している最中であった。
でも、そうした魔法国ゾルバの強硬な態度のおかげで、かえってグラス伯爵は監獄塔に放り込まれることになった。
魔法国ゾルバとの接触が何時からだったのか、より詳しく探る必要もあって、長く尋問する必要が生じ、その結果、無期懲役にも等しい処罰になる、という噂になっていた。
実際、グラスは魔法科首席卒業の優秀な魔法使いゆえに、扱いに困る囚人だった。
隙を見せると、いつ脱獄するかわからない。
空を翔けることもできるし、地の底に潜ることだって出来るのだ。
外国にでも逃げられたら目も当てられない。
だがしかし、だからといって、勇者より価値があるわけではない。
ルモン王国としては、とりあえず監禁するしかなかったのだ。
そして、魔法系の名門として名高かったパッシー伯爵家はあえなく取り潰しとなった。
新妻から魔力を奪った程度の犯罪でとしては、異例の厳罰である。
重罪相当の処罰となった背景には、当然、未遂に終わったとはいえ、勇者血統の人物を引き連れて魔法国ゾルバへの逃亡を企てたことによって、国家叛逆罪が加算されたからであった。
禁錮十年という扱いだが、今後、政治状況によってはさらに長い年数の収監になりそうだった。
一方で、グラス・パッシー元伯爵本人は、少しも反省する様子はなかった。
監獄の中から、様々な言い分を披露していた。
「僕が、ミュゼに特殊な魔力があることを発見していなければ、彼女の実家が勇者血統であることを王家も忘れていたし、ミュゼが凄いことに誰もが気付いていなかった!
ルモン王国の魔法使いは節穴ばかりだ。
こんな有様では、いざ魔王が復活したところで、勇者を覚醒せしめることもできまい。
愚かなことだ。
ああ、愚かと言えば、オヌリーヌだ。
アレが初夜を邪魔しなければーーあのとき、俺がアレを蹴り飛ばしていたら、僕はミュゼと結ばれて、万事、目論見通り、上手くいったんだ。
この国の愚かな臣民どもも、彼女を魔法国ゾルバに引き渡して英才教育しておいた方が良かったと、いずれ後悔する時が来る。
必ずな!」
勇者が現れるとほぼ同時に、魔王も顕現する。
これは、この世界の常識だ。
魔王は強大な魔力を発散して、世界中に魔物を出現させて、人類社会を危機に陥れる。
それゆえに、人類守護にため、是が非でも、真の勇者に覚醒してもらわなければならない。
その意味では、グラス・パッシーも、魔法国ゾルバも、別に悪の勢力ではなく、彼らなりの正義感で、人類社会の維持のために動いていたといえる。
グラス伯爵が初夜を何事もせずにやり過ごし、その後も新妻ミュゼを襲わなかったのにも、じつは理由があった。
「勇者の力は童貞、あるいは処女でしか発揮できない」という伝承を知っていたからである。
もちろん、まったくの真実として真に受けていたわけではなかったが、性衝動に大きくブレーキを掛ける大きな要因になっていた。
「ミュゼが勇者として覚醒するためには、処女を維持しなければならないのではないか?」という意識が頭にもたげなければ、手付かずのままに終えはしなかったであろう。
おかげでグラス元伯爵自身、ミュゼを相手に、どう振る舞えば良かったのか、いまだに見当が付いておらず、その結果、錯綜した思惑を抱え込んで、常軌を逸した行動を起こさせていた。
ただ、態度として一貫していたこともある。
グラス伯爵はいろいろと叫びまくったが、一度たりともオヌリーヌを気遣う言葉もなければ、自分の子供であるエリナについては一言も言及しなかったという。
一方、グラス伯爵に見捨てられた従姉のオヌリーヌは三ヶ月の禁錮の後、娘エリナと共に修道会に入ることとなった。
オヌリーヌはグラスとミュゼの初夜を壊しはしたが、それ自体を咎める法はなかったし、従姉なのにグラスと関係を結びはしたが、グラスと結婚したわけではなかったので、これまた罪には問えなかった。
結局、宝剣をパッシー伯爵家のものと偽ったことのみが罪とされるだけであり、しかも自身の利益のために行った虚言ではなかったので、王家としても強く罰することはできなかったのである。
こうして、パッシー伯爵家に関わる者たちの処罰が行われる間、ミュゼの父親オランプ・ディファニュ騎士は厚顔無恥なことに「勇者」を自称し始めていた。
彼としては「娘を守るため」であったが、残念なことに、彼は勇者にはなり得なかった。
息子たちと同様、肝心の勇者特有の魔力がなかったのである。
ミュゼの魔力は、隔世遺伝によるものだったらしい。
とはいえ、ディファニュ家は祖先が持っていたのと同じ侯爵の爵位に返り咲き、息子のアングル、カメルともども、父のオランプも、「黄金勇者ドイルの末裔」として、国事行為に積極的に参加するようになった。
ミュゼがほんとうの勇者に覚醒するまでは、ディファニュ家が丸ごと「勇者の代役」を果たすこととなったのである。
そして、肝心のミュゼ元伯爵夫人本人は相変わらず、半年経ってもなお婚活に勤しんでいた。
ただし、以前と違って、お相手が殺到していた。
ミュゼが勇者血統であり、魔力持ちだという評判があり、是非ともその血を取り込みたく思う高位貴族家や、武芸科での元同級生などから、数多く言い寄られた。
もちろん第三王子エックス放蕩中年も、結婚相手として名乗りをあげている。
彼らはいずれもミュゼが勇者の血を引いてるならば、宝剣もろとも、勇者血統も自家に取り込もうと目論んでいた(当然、彼らは「ミュゼが勇者として覚醒するためには処女を維持しなければならない」という説があることは知らない)。
だが、そうした欲得感情が振る舞いの端々に現れるのであろう。
ミュゼは、言い寄ってきた男のことごとくが好きになれず、どうやって求婚をお断りすべきか、モレー・ポルカ公爵令嬢に愚痴と相談を持ちかけてばかりだった。
モレー公爵令嬢はミュゼの愚痴めいた相談も、面白がって耳を傾けている。
彼女は生来、噂好きなようだ。
ミュゼは頻繁に、モレー公爵令嬢が主催する女子会に出席しては、同じような境遇の女性たちと管を巻いて酒を飲んでいる。
だが今日のミュゼは、そんな同性が相手ではなく、宝剣の管理を王家もしくは魔法師団に頼みたく思い、トロワ・メスト侯爵のお屋敷を訪問していた。
冬になっていたものの、ルモン王国はさして寒くない。
冷たいながらも心地よい風が吹く季節だ。
それゆえ、中庭に設けられたテラスで紅茶を口にしながら、さっそくミュゼは、
「ほんと、マッチングの席上で、『貴女の血が欲しい』『ともに子供を生もうではないか!
』『それもこれも国のため、世界のためだ』って、露骨に言うヤツまでいるんですよ。
どう思います?
私は繁殖牝馬かっていうの!」
と激しい口調で愚痴を撒き散らす。
柔らかに微笑みながら、トロワ侯爵はスコーンを頬張りながら聞き流す。
相変わらず白を基調とした煌びやかな服を着こなし、ひたすら食べまくっているのに、長身にイケメンなために、下品には見えない。
だが、自分の愚痴がトロワに相手にされていないことぐらい、ミュゼにもわかる。
物足りなく思い、ミュゼはカップを皿の上に置き、テーブルに少し身を乗り出す。
「そういえば、トロワ様。
貴方のお名前は、私のお相手候補リストに載っていなかったわ。
どうしてかしら?
私って、そんなに魅力ありません?」
いきなりツッコミを入れられて、少し戸惑ったトロワ・メスト侯爵は、コホンと咳を一つする。
正直に言えば、トロワ侯爵は、「ミュゼが勇者として覚醒するためには処女を維持しなければならない」ことを、王弟バター殿下から釘を刺されていたので、充分に意識していた。
そのことが、自ら積極的に出ることをためらわせた。
結婚したところで、通常の愛の営みをすることが、即、人類の危機に直結しかねない、というのはとんでもないプレッシャーだ。
かといって、そうした説があることをミュゼ本人に伝えたところで、何になろう。
彼女自身は「安心して。どうせ勇者になんかなるつもりないし」と言って絶対に笑い飛ばすであろう。
だが、もしそれがほんとうだったら、世界に対して、自分は責任が取れるのだろうか。
悩ましいところだ。
だから、トロワ侯爵としては、おどけるしかなかった。
「私は勇者様を娶る趣味はないのでね。
愛する妻が、魔族や魔王などという人外と戦うために遠征するのをひたすら待つ生活なんてしたくない。
こうして一緒に夫婦でお腹いっぱいお菓子やご飯を食べていたいんだ」
「あら、奇遇ね。
私も同じ考えだわ。
そこに小さな子供が加わってテーブルを囲むのも悪くないと思うの」
そう言って、ミュゼはトロワ侯爵の手を握る。
恋愛も剣技と同じく先手必勝! といった心意気だった。
突然、女性から積極的なアプローチを受け、トロワ侯爵の方が顔を赤くしていた。
冬が終わり、吐く息が白くなる季節が終わる頃には、ミュゼは元伯爵夫人といった呼ばれ方をしなくなるだろうという予感がして、彼女は幸せだった。
(了)




