◆1 新婚初夜が奪われた!?
ある初夏の昼下がりーー。
ルモン王国の王都パールにあるパッシー伯爵邸において、私、騎士爵ディファニュ家の娘ミュゼは結婚した。
男性側からの求婚によって、貴族では珍しい恋愛結婚を果たしたのだ。
相手のグラス・パッシー伯爵の方が身分上だったので、両親に反対されることなく、結婚まですんなりと決まった。
私は騎士爵家に生まれたからか、女性にしては活発で、兄や弟と一緒に武芸の鍛錬をする方が性に合っていた。
対して、相手のグラス・パッシー伯爵は、代々、魔術に秀でた家系で、いつも読書をしているような男性だった。
彼、グラス・パッシー伯爵は、灰色髪をボリボリと掻きながら言う。
「僕には騎士爵家の生活がわからない。
まして、騎士の娘となると。
だから、こんなものしか見繕えなかったけど……」
グラス伯爵は手に白い花の花束を持っていた。
「綺麗。これは、どういったお花なんですの?」
「魔素を吸い込むと輝く性質を持つんだ」
彼はその花束を無造作に私の鼻先に突き出す。
すると、私が香りを嗅ぐと同時に、その白い花がパッと輝いた。
「ほら、やっぱり!」
と叫んで、彼は興奮する。
彼が言うには、私、ミュゼは突然変異で、騎士の娘なのに、魔法系の貴族令嬢より豊かな魔力が体内に秘められているという。
「あら、やっぱり私の魔力が目当てなのね」
そう言って私が拗ねてみせると、彼は慌てる。
「違うよ。
学園ですれ違ったとき、素敵だと思ったんだ」
貴族の子女が通う王都学園は、魔法科と武芸科、そして貴族科の三つに分かれている。
その中でも、魔法科の女性が、武芸科の男と恋仲になることは多い。
が、その逆は少ない。
そもそも武芸科に通う女性自体が少なかった。
だから、魔法科首席の彼、グラス・パッシー伯爵(当時は伯爵令息)が、武芸科の私、ミュゼに求婚したこと自体が、皆の耳目を集めた。
貴族階級では滅多と見られない、自由恋愛から始まって結婚へと至る道を進んだのだ。
私も、優等生のグラスと結婚出来て嬉しかった。
兄と弟に挟まれ、女の子扱いされることが殆どなかったから、紳士的に振る舞う男性にコロリと惚れてしまった。
私も伯爵夫人に相応しいよう、出来るだけ上品に振る舞おう、女子力を高めようと努力した。
その甲斐あって、学園卒業までのうちに、料理が得意になった。
包丁で肉や魚を捌くのは、刀剣で獲物を切り裂くのに似ている。
だから、比較的簡単に料理の腕は上達できた。
おかげで野営訓練の際、料理のスキルが役立って、同じ訓練中の騎士や剣士、武闘家たちからのウケが良くなって、「さすがは魔法科の首席を射止めた女だ」とますます評判となった。
自由恋愛が珍しいように、貴族子女の間では、料理を作ること自体が稀有なことだったので、余計に私とグラス伯爵令息との仲が噂されるようになったのだ。
でも、女子力が上がって評判となることは、あくまで副産物だ。
私は、彼、グラス伯爵令息に、私が作った料理を美味しいと言ってもらいたかった。
そして、グラス伯爵は、私が作った肉詰めピーマンと魚のテリーヌを美味しいと言ってくれた。
それから何度かのデートを経て、初夏の日に、結婚式を挙げたのだった。
お父様、お母様にも、グラス伯爵との結婚を喜んでもらった。
披露宴も終わりに差し掛かったとき、父のオランプ・ディファニュは、飲酒で赤ら顔になりながらも、感慨深げに口にした。
「まさか、おまえにお相手が出来るとは。
婚約相手をどうやって見繕えば良いのか悩んでいたのに……」
ウエディングドレスを着た娘を前にして言うセリフか!?
とも思うが、その感想はわからんでもない。
私自身、まさか貴族家のお方と結婚できるとは思ってもみなかったからだ。
でも、母親のフランソワ・ディファニュが碧色の瞳を輝かせながら、横にいる父を小突く。
「何を言ってるのよ、貴方。
娘のミュゼは魔法で名高いパッシー伯爵家に嫁ぐのですよ。
貴方の知り合いなんて騎士ばかりでしょ?
ずっと素敵な玉の輿よ」
母は私、ミュゼの方に向き直って念を押した。
「騎士爵家の出だからって舐められないでね。
しっかり奥方としての勤めを果たすのですよ」
お父様も母の隣で、涙を流しながら相槌を打つ。
「そうだぞ。
辛いこともあるだろうが、辛抱するんだ。
上位貴族である伯爵家は、我ら騎士爵家とは勝手が違う。
しかもパッシー伯爵家は魔法で代々、国家に貢献してきた名門だ。
文化の違いも多く、戸惑うこともあるだろう。
だが、出来るだけ忍耐して、適応しろ。
いいな、ミュゼ。
騎士魂を見せるのだ」
そう言って、父オランプは一振りの剣を私に手渡した。
「これは我がディファニュ家が、先祖から代々伝えてきた宝剣だ。
俺にも爺さんにも魔力がなかったから確かめちゃいないけど、魔力を込めると聖なる力が発揮できる剣だという。
だが、正直なところ、ディファニュ家にあってもあまり意味がない。
曽祖父の代から、ずっと魔力を持たない家柄だったからな。
でも、おまえが嫁ぐパッシー伯爵家は魔法で有名な家柄だ。
だから、このディファニュ家の宝剣をおまえに託す。
おまえが持って行ってくれたほうが何かと活用できよう」
「わかりました」
「二度と実家には帰らぬ心づもりで、夫に尽くすのだぞ」
「はい、お父様」
◇◇◇
そしてパッシー伯爵邸の二階寝室にて、私は初夜を迎えるーー。
窓からは月明かり。
天蓋から降りるカーテンが、白く輝く。
私、ミュゼ・ディファニュは、夜の静寂が好きだ。
静かな空間に一人でいるほうが、世界の広がりを直感できるからだ。
微かに聞こえる虫の音を聴く。
草花の香りを嗅ぐ。
オイルを身体に塗り、疲れを取る。
そんなふうにして過ごす、寝る前のひと時が好きだった。
「ごめん、ごめん。
待たせちゃったね」
彼、グラス・パッシー伯爵が天蓋のカーテンをめくって、私、ミュゼの前に姿を現した。
彼、グラス伯爵は魔法使いの黒服とマントをまとっていた。
黒いマントをバサッと脱ぎ捨て、旦那様はベッドに入ってきた。
彼は上半身、裸だった。
思ったより引き締まった身体をしていた。
でも、まったく日焼けしていない、真っ白な肌だった。
私はマジマジと彼のお腹を見詰める。
すると、彼の方が恥ずかしがった。
「ど、どうしたのかな?」
「いえ。私の知っている男性は皆、もっと日に焼けた肌をしてまして」
彼の腹筋を、人差し指でツンと突く。
「あっ!」
と彼は声をあげる。
「何をするんです!?」
「いえ。魔法科卒業で、魔法師団に勤めていても身体を鍛えるんですね?」
「ああ。僕は怨霊退散の任務についているからね。
筋トレはそれなりに。
ところで、君は?」
彼に人差し指で、ツンとお腹を突き返してくる。
「え?」
驚いた顔をしたのは彼の方だった。
私は嬉しくなって、バッと全身を覆う白いガウンを脱ぐ。
彼は慌てて手で目を塞ぐ。
でも、心配要らない。
下着ぐらい付けている。
私は自らのお腹を指さして自慢した。
「気付きました?
私、最近、ようやっとシックスパックに腹筋が割れたんですよ。
武芸科でも、男性を含めて三割しか居なかったんですよ、腹筋が六つに割れてるの」
「そ、そうなの?
女性なのに、そんなにお腹が硬いなんて、予想外で……」
あ。そうだった。
普通の貴族家のご令嬢は、筋トレなんかしない。
皆、お腹の方も、胸のように柔らかいという。
私は急に恥ずかしくなって、顔が赤くなる。
「君は身体を鍛えることが大好きなんですね」
「ええ」
こうなりゃ、ヤケだ。
私は開き直ることにした。
「腕力も殿方にも負けませんよ」
私はガシッと彼の両肩を掴む。
このままキスして、強引にベッドに押し倒してやろう!
ーーそう思ったとき、
「あらあら。
乱暴ねえ」
と背後から声がかかった。
ビクッとして、私の動きが止まる。
天蓋のカーテンをめくって、一人の女性が入ってきたのだ。
その女性は、結婚式と披露宴で、新郎側の席で見た顔だった。
綺麗な瓜実型の顔をした、亜麻色の長い髪をなびかせる女性ーー彼の十歳年上の従姉オヌリーヌ・モデスト子爵令嬢であった。
「グラス、もう就寝の時間ですよ?」
「もう?
じゃあ、仕方ない」
え? なに、それ?
今、新婚初夜だよね?
そこへお嫁さん以外の女性が入り込むってどうよ?
私が目を丸くしていると、オヌリーヌ・モデスト子爵令嬢は済まなそうに言う。
「悪いわね。
明日も午前中から、グラスは郊外まで怨霊退治に出かけるのよ。
出張前日には、魔力を蓄えるために早く就寝することになってるの。
私が施す昏睡魔法でね」
夫のグラス伯爵までが、私に向かって手を合わす。
「ごめんね、ミュゼ。
いや。今はもうミュゼ・パッシー伯爵夫人か。
明日の仕事は、国王陛下の命令で、王弟殿下が率いる大掛かりなものなんだ。
だから、今夜は、ね。
ーーでも、外聞もあるから、さすがに新婚初夜に、別々のベッドで寝るってわけにはいかない。
そうだ。
君もここでオヌリーヌに魔法をかけてもらえば良いよ」
私は呆気に取られた。
が、伯爵家、それも魔法を扱う一族では、こうしたことも良くあることかもしれない。
グラスの旦那様と身体を重ね合わす実感が、どうもまだ湧いていなかったのだから、ちょうど良い。
私も夫グラス伯爵の隣で横になった。
「では、オヌリーヌ様。
私にも昏睡魔法をかけてください」
「はいはい、承知いたしまたわ、ミュゼ奥様」
オヌリーヌ嬢はまずは、私の夫、グラス伯爵の額に手を当てる。
青白い光が手のひらから発せられた途端に、スウッと彼が寝入ってしまう。
寝息が聞こえるようになった。
その一方で、私の額に当てられた光は赤黒かった。
もちろん昏睡魔法なだけあって、私も瞼が重くなって、眠ってしまった。
けれど、頭の中がグルグルと掻き混ぜられるような違和感を感じて、気持ち悪くなってしまった。
ほんとうに、これ、旦那様にかけたのと同じ魔法なのでしょうか?
疑いが湧き起こる。
そもそも新婚初夜に、他所の女が割り込んでくるって、良くあることなの?
でも、挙式自体も急いでなされたのは、明日から怨霊退散のために王都から離れるからと急遽決行したからで、明日、仕事で出張するのは規定事実だった。
だから、仕方ない。
郷に入れば郷に従え、ということで、私は自分に言い聞かせた。
従姉が入り込んで旦那様の額に手を載せるのは、このパッシー伯爵家では日常的に行われてきたこと。
私の方が余所者なのだ。
だから異常に思われただけ。
初夜だから特段におかしくみえるだけで、普段の日常の就寝時、旦那様のように魔術を仕事にしている人なら、こんなことは良くあることーー。
そう自分に言い聞かせた。
仕事に理解のない、そのくせ養ってもらって当たり前といった顔をする貴族婦人には、私はなりたくなかった。
ふと横を見たら、旦那様であるグラス・パッシー伯爵が、従姉のオヌリーヌ・モデスト子爵令嬢と唇を合わせていたーーように見えた。
(な、なに!?
これは、さすがにやり過ぎでしょ!?)
私は起き上がって従姉のオヌリーヌを追い払おうと思ったが、全身から力が抜けていて、起き上がれない。
相変わらず、旦那様は目を閉じて、寝息を立てたままだ。
旦那様ーーグラス・パッシー伯爵は、オヌリーヌ嬢の振る舞いに気付いているのか?
従姉のオヌリーヌ・モデスト子爵令嬢が長い髪を掻き上げて、私の方を見遣るとニヤリと口許を綻ばせた。
「あら、騎士の娘なのに、魔法に耐性があるのね」
オヌリーヌは手を伸ばしてきて、私の瞼を勝手に閉じさせる。
「これは夢なの。
忘れておしまい。
ほほほほ……」
眠りに落ちていく間も、彼女の低い笑い声が私の耳に残ったのであった。




