卒業の日・3
「……お前ら、なにしとんねん」
静かだけどはっきりした声が聞こえて、あ、と思った瞬間、私にかかっていた圧力が消えた。
私の体の前後にようやく隙間ができたので、私はよろめきながら二人から離れて声のした方へ向かう。
「は、晴くん」
晴くんに近付き、縋りつくように、制服の袖をつかんだ。
晴くんは私の背中にそっと手を当てた。
「彼方に悠太。お前ら、はたから見たら二人で抱き合っとるみたいやったで」
あ、私がサンドイッチになってたから……遠目で見たら私の姿は二人の体に隠れて、双子が抱き合ってるように見えたのか。
それはそれでおもしろい……
私は力なくはは、と笑った。
「キッショ。お前なんかと抱き合うとか冗談ちゃうわ」
「こっちのセリフや。お前が一人で暴走しとるから俺が止めたったんやろ!」
カナくんとユウくんがいつものように言い合いを始める。ああもう、卒業式の日だってやっぱりこれだ。
「彩、大丈夫か?」
晴くんが私の胸元を見る。
私の胸につけた卒業生のリボンは、双子に圧迫されてくしゃくしゃになっていた。
晴くんはそのリボンをそっと取って、自分の胸にあるきれいなリボンと交換して付け直してくれた。
「え、ええよ、晴くん。もう卒業式終わったし……そんな晴くんのきれいなリボンと交換してくれんでも」
「いや、彩の付けとったリボンが欲しいし。これでええねん」
そう言われると……晴くんのリボンをもらっちゃった、って考えると、うれしくなってきてしまう。
晴くんにあげるのがしわくちゃのリボンってのは……ちょっと申し訳ないけど。
晴くんが来てくれたので、ようやく私の気持ちは落ち着いてきた。
「あ、ねえ、最後に四人で写真撮ろうよ」
私が言うと、晴くんは笑顔でうなずいた。カナくんとユウくんを振り返ると、しゃーないなあ、と二人とも自分の前髪をかき上げだした。
相変わらず変でおもしろい二人!
四人でぎゅーっとくっついて、ユウくんが手を伸ばして四人一緒の写真を撮る。真ん中に晴くんと私、左右に双子。
四人そろって最初で最後の写真。
「……いやこれ、誰かに撮ってもらった方が早ないか?」
「確かに」
近くにいた生徒に頼んで、更に写真を撮ってもらう。
そうしたら、いつの間にか調子に乗った双子が、左右から私と晴くんのほっぺたに自分の頬をぎゅーっと押し付けた。
「うわ、きつい」
「ははっ」
「イエーイ!」
頬にユウくんの息がかかる。ていうか、ほっぺたにほっぺたをぐりぐり押し付けられるの、けっこう痛い……!
写真を撮り終わり、それぞれの携帯にデータを送信してもらう。
「ふっ、俺と一緒の写真なんて、何年か後にはプレミアついとるからな!」
自信満々にカナくんが言う。
そうなるといいねえ、と笑いながら、やっぱりこの双子はどんな時でもこんな調子でいるから、気持ちが明るくなるなあ、と実感する。
「……よし、そしたらそろそろ行くか」
晴くんがそう言って、私に手を差し出す。
あ……もうこれで、本当に終わりなんだ。
どきっとするけれど、でもいつまでもこのままここにいることもできないし……
できるだけ私は何も考えないようにして、晴くんの手を取ろうとした。
「あー、ちょっと待って!」
寸前でユウくんが大きな声を出す。
え? と思って振り返ると、カナくんとユウくんが二人して私に手を差し出していた。
「まだ今日はもらってへんで。彩さん、菓子くれ」
「えっ」
そんな! 卒業式の日にまでお菓子なんて持ち歩いてないよ……!
でも確かに、二人に会ったら私のお菓子をあげるのはお約束みたいになってた。
でもまさか今日、それを言われるとは……
私のポケットの中は当然空っぽだ。どうしよう。
私はうーん、と悩んだ末、何も持っていない両手をそれぞれ二人の手の上に置いた。
「はい」
「なんやこれ?」
「えっと、今日はお菓子持ってへんから……だから、気持ちだけ渡しとくね。二人とここで会って過ごして、めっちゃ楽しかったから、ありがとうって気持ち。二人のこと、忘れへんから、二人ともええ三年生になるねんで?」
二人はつまらなさそうに肩をすくめた。
「なんや、なんも腹膨れんやんけ」
「気持ちで腹膨れたら世の中から飢餓はなくなるやんな」
ひどい言われよう!
でも私はおかしくてふふっと笑ってしまった。
こうやって絶対に湿っぽくならないのがこの二人だよね。
「はい、これが私から二人への最後のプレゼントでした!」
私は明るく言って二人からぱっと手を離した。
そして振り返って晴くんに手を伸ばした。
「行こう、晴くん」
二人でしっかりと手をつなぐ。
振り返って双子に手を振って、私たちは歩き出した。
校門を通り過ぎる時、一瞬だけ立ち止まる。
でも晴くんと一緒に、せーの、で学校の外に出た。
一歩外に出てから校舎を振り返る。
大きな校舎に、入り口付近にはたくさんの生徒。
カナくんとユウくんの姿はもう見えなかった。
……そうだね、二人はまだこれから、この学校での生活がある。部活だってまだあと一年みっちりやるんだもんね。
頑張ってね。
私は隣にいる晴くんに視線を移した。
「晴くん、これでうちら、高校生やなくなったね」
「そうやな」
「……でもうちら、ずっと一緒やんね? 卒業してしまって、学校の人たちとは離れ離れになってまうけど……そんでこれから私は東京に行ってまうけど……でもいつもそばにおるよね?」
晴くんは優しく笑って私の髪をなでた。
「もちろん。ずっと彩のこと考えてる」
「うん、私も……いつでも、ずーっと晴くんのこと考えてる。ずっと想ってる」
心は離れない。そう信じてる。
だって私たちには、この場所で一緒に作った数えきれないほどの思い出がある。
楽しかった。大好きだった。この高校で過ごせてよかった。
沢山の思い出が脳裏に押し寄せる。胸が苦しくて息が詰まって、また涙が出そうになるけれど、ぐっと飲みこんだ。だってもう前に進むしかない。
何が起こるか分からない未来が怖くても、今私と手をつないでいるこの熱。この力強さ。この気持ちが私に目を開く勇気をくれる。
そして思い出がそっと背中を押してくれる。
後戻りできない道を私たちは歩いていく。
学校からの帰り道、晴くんと私はずっと手をつないでいた。
二人とも、あまり話をしなかった。
でも、ものすごくたくさん、いろんな話をしたような満足感があった。
よく晴れた春の日、私たちは高校を卒業した。
これでこのシリーズは完全に完結となります!
読んでいただきありがとうございました!
最初は晴太郎と彩の二人の話を書こうと思って、思いつくままつらつらと書いていたのですが、途中話の流れから、悠太が片想いをするようになってからは、あれ、もしかして片想いも書くの楽しいかも…と思って、けっこうその描写がメインになってきちゃいました。
でもこのシリーズはあくまで晴太郎と彩、二人の物語です。
で、悠太が浮かばれなさすぎかな…と思ったので、ifものとして「紫陽花の人」シリーズを書きました。
この話とは登場人物はかぶってますが、世界線は違う話になってます。
もし良ければそっちも読んでいただけたら嬉しいです!




