第2話「偽りの光と白銀の道連れ」
翌日の王宮は、前日の静寂を嘲笑うかのような熱狂に包まれていた。
聖堂の中心に立つのは、王都の貴族階級から見出されたというもう一人の聖者候補。
アリア・クロスフィールドだった。
輝くような金糸の髪を揺らし、純白のドレスに身を包んでいる。
彼女の額にも、カインと同じ星の痣が浮かんでいた。
カインは聖堂の隅、太い柱の陰からその光景を静かに観察していた。
彼女の立ち振る舞いには、どこか計算し尽くされた演劇的な過剰さがある。
悲劇のヒロインを気取るような伏し目がちな視線。
弱々しく見せかけながらも、周囲の反応を的確に拾い上げる視線の動き。
前世で幾度も目にした、舞台上の役者のそれに似ていた。
アリアが細く白い指先を水晶の柱に触れさせる。
直後、水晶は七色の極彩色に輝き出し、甘ったるい香気を伴う風が聖堂内を駆け抜けた。
表示器に浮かび上がった文字は、古代文字の限界値を示す九千九百九十九。
神官たちが歓喜の声を上げ、ガルシア王が満足げに立ち上がって拍手を送る。
真の聖女の誕生に宮廷中が沸き立つ中、カインの目はアリアの胸元に隠された小さな装飾品に注がれていた。
ドレスの布地から微かに透けて見える、羊皮紙を束ねたような分厚い書物の一部である。
そこから、周囲の人々が放つ熱狂や信仰の念が、目に見えない糸となって彼女の体へと吸い込まれ、水晶へと変換されている。
民俗学の研究対象であった、信仰を魔力に変える原始的な呪物。
彼女が放つ光には、大地の脈動も生命の熱も感じられない。
ただ周囲から搾取した感情を乱反射させているだけの、空虚な輝きだった。
だが、その真実に気づく者はこの宮廷には誰もいない。
アリアが九千九百九十九という絶大な数値を叩き出したその日から、カインの扱いは劇的に悪化した。
与えられたのは北塔の隙間風が吹き込む物置同然の部屋。
食事は冷え切った固いパンと、具の形すら残っていない塩辛いスープのみ。
すれ違う神官や騎士たちは、汚物を見るような目でカインを睨みつけ、肩をぶつけていく。
「真の聖女様の権威に傷がつく」
廊下の陰から聞こえる悪意の籠もった囁き声。
「魔力を持たないただの農民が、偶然痣を持って生まれただけの偽物だ」
誰かの吐き捨てるような声が続いても、カインは表情を変えなかった。
怒りや悲しみよりも、この閉鎖的な宮廷社会の排他構造への学術的な興味が勝っていたからだ。
そして三ヶ月が経過した冬の初め。
カインは再び玉座の間へと呼び出された。
分厚いビロードの絨毯が敷き詰められた広間の中央。
ガルシア王が冷酷な声で宣告を叩きつける。
「カイン・ハルネ。汝は聖者の証を持ちながら、神の力を一切持たぬ偽物であることが判明した」
玉座の脇では、豪華な毛皮を羽織ったアリアが、扇の陰で微かに口角を上げているのが見えた。
「王国の混乱を招いた罪として、国外追放を命じる。隣国との国境を越えた後は、二度とヴァルハインの土を踏むことを禁ずる」
弁明の機会など最初から用意されていない。
カインは短く息を吐き、静かに深く頭を下げた。
『そうか。ならばいい。俺には、まだ前世の知識がある』
この歪んだ国に未練はない。
自分の手と知識さえあれば、どこでだって生きていける。
追放の宣告を受けた翌日の夜明け前。
凍てつくような冷気が王都の石畳を覆う中、カインは粗末な革の外套を羽織った。
小さな布袋一つを持って城門を抜ける。
吐く息が白く染まり、夜の闇と朝の群青が混ざり合う空の下を歩き出す。
ふと、背後から雪を踏むような微かな音がした。
足元に温かい気配を感じて振り返る。
そこには、人の腰の高さほどもある巨大な獣が座っていた。
月光を吸い込んだような白銀の毛並み。
知性を宿した橙色の双眸が、カインの顔をじっと見上げている。
神話の挿絵でしか見たことのない、神獣と呼ばれる存在だった。
なぜこのような高位の存在が、追放された自分の前に現れたのか。
「……君は誰だ?」
声に出して問うが、神獣は答えない。
ただ立ち上がり、太い尻尾をゆっくりと揺らす。
カインの歩幅に合わせるように、その横にぴったりと寄り添って歩き始めた。
触れ合う毛皮から伝わってくる圧倒的な熱量。
それが、凍える風からカインの体を守るように包み込んでいく。
カインは小さく息を吐き、白銀の道連れと共に、隣国へと続く険しい山道への第一歩を踏み出した。




