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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華

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13

その晩、台所の横にある居間で祖母と母親と兄が食卓を囲むのを、空腹を抱えながら階段の下で蹲り眺めていた。

亜希はスヤスヤと眠っている。

会話も無くテレビの音も無い。

食器の当たる音だけが聞こえる、静かな夜。


時折、自分の身体から音が鳴る。

漂う美味しそうな匂いの所為だろう。


今日の晩御飯は何だったんだろう。


襖は開いていて人の姿は見えるが、食卓の上までは見えていない。

立ち上がって自分のおもちゃ箱を二階に持って行き、人形の乱れた髪を梳こうかと思った。

そして、あの青い車を出して…と。


しかし、立ち上がった瞬間、母親の声が飛んでくる。


「一華」


と。どこへ行くのかと、問うてくる。

ご飯が無いからと言って遊び時間ではない。

お仕置きの時間なのだ。

空腹に耐え、おもちゃで気を紛らわす事も許されない。

苦痛の時間。


声を掛けられると座り直す。

立った時に水を汲めばよかったと、後悔した。

少しでも空腹を紛らわせられたはずだし、何ならこの静かな空気の中、喉が渇いて来た気もしていた。


反射的に座った自分の行動を恨めしく思う。

だが、もう一度、立ち上がる空気ではない。


なので、早くこの時間が終わるように祈りながら、食後に入るお風呂の事を考える。

皆が立ち上がり、台所へ食器を下げに行く時に風呂の準備をするだろう。

その時に、水が飲める。


飲んだ後、すぐにトイレに行きたくなるが、今はこの締め付けられるような空腹をどうにかしたかった。

三人に視線をやると、祖母が一華の視線に気が付いたが…目を反らし、自分の茶碗に視線を落とす。


どうして、おばあちゃんは助けてくれないんだろう。

どうして、お兄ちゃんは優しくなくなったんだろう。

そんなに自分は悪い事をしたのだろうか?

亜希の服を汚す事は、服が売れない事は自分がご飯を食べられない程に。


そう、抱えた足のつま先、爪の先を眺めて見る。

階段の下は上からの冷たい空気が下りてくる。

ストーブは居間にしかない。

足先が冷たくなり、こすり合わせた所で効果はそんなに感じられず、はぁっと息を当てて手を温め、温まった手を足に付けた。


園で読んだマッチ売りの少女の絵を思い出す。

例えマッチがあっても着けることが出来ないが、在れば必死に擦った事だろう。

暖かい火の中に希望や妄想を見出した女の子。


同じ気持ちだったのだろうと思えた。

しかし、自分には赤い外套は無い。

袖が伸びた長袖のシャツにトレーナー、膝が破れた着古したズボンだけ。


靴下だけでも履けていたら、少しはマシなのだろうが、靴下は家の外に出る時に履くものだ。と言われている。

歳老いた祖母は暖かそうな毛糸の靴下を履いていた。

それを指摘した時も鬼は殴りに来たから、それ以後言わない。


ストーブの前で薄い布団を掛けられ、寝ている亜希が羨ましい。

それでも、自分もあんな風に大事にされた事があったのではないか。と考えたが、保育士達の廊下での会話が頭に上る。


一人目の男だから…二人目なのに…三人目の亜は…。


どうして、私は…ここに生まれたんだろう。と、一華は思うと涙が出て来た。

キーホルダーの女の子の家に生まれていたら、こんな空腹で辛い事は無かっただろうし、青い車の持ち主のあの男の子の家ならば、誕生日やクリスマスに自分の欲しい物が貰えただろう。

考えれば考える程、涙が溢れてくる。


「うっとしいな!あんた、もう寝ぇ!」


母親が怒鳴った。

その怒鳴り声に怯え反射的に階段を駆け上がる。


「トイレはぁ!」


寝る前はトイレに行かないとおねしょをする、そう言われているのを忘れて上がりかけ、また怒鳴られる。


「いちいち言わなあかんのか!」


居間から怒鳴る声は、離れていても間近に感じた。

踵を返してトイレへ向かう。

小走りにトイレに入り、寒さと恐怖で溜まった物を出した。

あのまま二階に上がり寝ていたら、夜中に起きるか漏らすかだったとほっとした。


夜中に起きた方が、祖母が何かをくれるかも知れないとも思えたが、殴られている自分を見捨てた祖母だ。さっきの居間での様子を見ると期待は薄い。


手を洗いに蛇口をひねる。

冷たい水のはずが、冷えた手には同じくらいの温度に感じた。

そのまま、手に水を溜めて口へ持って行った。

手で感じていたよりも冷たい水が、口の中の傷を思い出させる。


痛い。


それでも、続けて飲む。

ごくごくと飲むと喉を通った水が腹を冷やすが、構わず飲んで腹を満たす。

出した量よりもだいぶ飲んだ気がして、げっぷが出た。

水臭いげっぷ。


口元と手を拭き、居間の側を通ると三人は居なかった。

祖母は亜希と共に自室に行き、母親と兄はお風呂に入っている音がした。


少し、自分のおもちゃ箱を開けた。

青い車は変わらず真ん中に置かれている。


誰かが蓋を開けたら、すぐに見えてしまう事に気が付き、一華はそれをあのキーホルダーを包んで隠したボロい人形の服の上に置いて、その上から他の人形の服と髪の毛の乱れたままの人形を置いた。


今日は梳いてあげられなかった。と、頭に髪を撫でつけて蓋をし、二階に上がった。

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