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黒崎が「電話がつながらない」と戻って来た時には、黒子とその応援が公園の中に到着していた。
二人は自分が子供を誘拐しようとした様に、両肩を摑まれ車に引き込まれた。
「そう…ごみは燃えるなら、燃やさなきゃ」
亜希は髪の毛と鞄、服を整える。
「じゃ、よろしくね。今度はちゃんと燃やし尽して…ね」
そう言うと自宅へ足を向けた。
黒子が深くお辞儀をした。
亜希は見送られ、彼らは亜希の知らないどこかで、焼却される。
家に帰った亜希は、狭い自室の中で二人の名前を大きくバツで消した。
「後、三人」
今のところ…は。
保育士と教師の姿は消えたが、地域では騒ぎにならなかった。
田辺は学校で連絡が取れない事で、教師達が俄かに騒いだが、生徒達には何の影響もない。
黒崎の方は火事の後と言う事情も相まって、休暇届が出されている。
亜希の周りは平和に見えた。
悠衣はいつも通り宮本家と学校を往復し、亜希も家と宮本家を往復する。
中学校に上がった一華は、学校が楽しいのか、亜希に昔の様に構ったりしない。
休日には友達と遊びに行き、シールをプリントする機械に金をつぎ込む。
亜希が何をしているか、気にも留めない。
母親と父親がリビングで煙草を吸うおかげで、亜希の服に着く煙草臭もバレずにいた。
兄は本格的に家に帰らなくなり、知り合いの家で暮らしている。
皆、自分勝手に生きていた。
誰も、亜希を傷付けた事など忘れ切ったかの様で、平和であればある程に、亜希はイライラが募る。
宮本の家でもそれは同じだった。
悠衣も学校生活が有意義なのか、楽しそうだった。
お母様もお父様も、亜妃には触れず、仕事ばかりで家に帰らない。
間島も、何人黒子が死のうが、次々と亜妃に付ける。
「他人の手を使ったのが悪かった」
だからスッキリしないのだ。と、保育士と教師の処理を、黒子に任せた事を後悔し始めていた。
「次は…自分で」
しかし、背は伸びたとはいえ、子供の自分が黒子相手ではない、一般の大人をどうにか出来るとは思えなかった。
銃で撃つのもここでは容易いが、外では難しい。
宮本家の部屋で、煙草を吹かす。
宮木家の自室は狭く、煙草に火を付けるとすぐにばれてしまう。が、ここでは違う。
誰も咎める者も居ない。
考える時にはいつも、煙草を吸う様になっていた。
コンコン
ドアがノックされ、お茶が運び込まれる。
女中の後ろには昀が立っていた。
あの船で別れた以来の、久しぶりの再会だった。
「…亜…亜妃…」
亜依と呼ぶか、亜妃と呼ぶかの妙な躊躇いが見て取れた。
亜妃は煙草を消した。
「久しぶり、昀…何か用?」
「こっちに丁度来たから…寄った」
ぶっきら棒な顔をして、目を反らす。
昀の方が七つ程年上だが、亜妃よりも幼い表情をする。
「そう。座って」
お茶の置かれたテーブルに着席を促すと、彼女も昀の前に座った。
「最近…どうだ?」
「どうって?」
「…大丈夫なのか?」
船の後、情緒不安定になる者が多い。
勇弥もその内の一人で、今も精神病棟に居る。
「私は大丈夫」
「そうか」
大丈夫…本当にそうだろうか…?
イライラして、人を殺しても何とも思わなくなっていくこの状況が、普通なのだろうか…?
二人ともに、沈黙が続く。
先に居た堪れなくなったのは昀の方で、身体がソワソワとし始め、椅子がカタカタと鳴り始めた。
「昀こそ、大丈夫?」
ふふふ。と柔らかい笑顔で亜妃が言う。
「だいじょ…うぶ、じゃないな」
昀は眉毛を下げた。
「どうしたの?何があった?」
「…俺は…、俺じゃない…お前の方が…何かあったんだろ」
昀は真っすぐ亜妃を見る。
最近の黒子への態度や、船の後の行動を聞いたらしい。
「なぁ。お前、何がしたいんだ?」
昀の問う声が、部屋を冷たくする。
それに向かって、亜妃がまっすぐ見返した。
「復讐。…復讐がしたい」
「誰に?大お爺様の様に、全てに…か?」
昀の言葉に首を横に振る。
「私を傷付けた人達に」
昀は『昀を始め、一族の人間』かと思った。
しかし、それを感じ取った亜妃は否定する。
「宮木亜希を。…傷付けた人間」
資料にあるのだ、知って居るだろう?と亜妃は昀に言う。
「あの人達の内、二人は処理して貰った…けど、気持ちが晴れない」
皓兄では無く、昀に何故こんな話を素直に話しているのか。
仲が良い訳でもない、昔弱みを見せられた相手に。
亜妃は紅茶を一口飲んだ。
「後、何人か…見当は付けているのか?」
「大体は」
「そうか…」
昀は深く息を吸い、吐いた。
そして、ゆっくりとカップのお茶を飲む。
カップが空になると、テーブルの上に置いて立ち上がった。
「手伝える事があれば、俺に言え」
そう言って、亜妃の頭を撫でた。
優しい手の感触が頭を撫でるのは、いつぶりの事か。
亜妃の気が緩んだ。
「だから、あまり間島を困らせるな」
ずっとまごまごして言いたかった事はそれか。と、亜妃はふっと笑いがこみ上げる。
「分かった」
亜妃の言葉を聞き昀は出て行ったが、彼の本当の意を亜季は理解する事が出来なかった。
昀は亜妃に頼られたかった。皓兄の様にはなれなくても。
「…」
亜妃はまた、煙草に火を付けて手元のファイルを眺めた。
ファイル名には『湯川美沙』と書かれている。
「次は…自分が」
そう言うと、亜妃は白い煙を天井へ吐き出した。




