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真のヒーローへ…

今日も今日とてどんよりとした曇り空だった。

これでもまだ雨が降っていないだけマシらしい。

実は日本の気候はとても住みやすいんじゃないかと思ってしまう。

あの後、無事にジョニーを救出してフォード・ヴェネーノを現行犯で捕まえるところまでは見た。

そして、数日間はその調査でルルもジョニーと共に駆り出されることになり本当ならすぐに帰る予定だったのが数日遅れてしまった。

俺は、ここ数日の忙しさからまともに散歩すら行かせてもらえない可哀そうな飼い犬を連れて人気のないベンチに座っていた。


「しかし、あれだけ元はデカい犬なのにこれだけ小さくなれるって物理法則を完全に無視しているよな。」


俺の足元を走り回るウルを見ながら俺はつぶやく。

一応、ルルが話すべきことは全て話し終わったので早ければ明日には戻ることになるらしい。

結局、また1週間くらいイギリスに滞在したことになった。

観光でも何でもないのでただ疲れるだけの滞在なので別に何もよくはない、と個人的には思う。


「そんなところにいたんですか。」


背後からルルの声が聞こえる。


「ウルの散歩をさせてあげてたんだよ。」


俺は振り向かずに答える。

そして、足元にいるウルの頭を撫でる。


「隣、いいですか?」


ルルが俺とウルを見ると尋ねる。


「…どうぞ。」


俺はそう言うと、空を見上げる。

今にも雨が降りそうなどんよりとした空模様だ。

ルルは俺の言葉を聞くと、隣に腰を下ろした。


「もう、終わったの?」


少しばかり沈黙が流れた。

俺はその沈黙に我慢出来ずに話題を振った。


「一応は、ですね。フォード・ヴェネーノに関してはこれから適切な処罰が下されるはずですよ。」


「…はず、ねぇ。」


「そう。はず、です。私もここからは関与のしようがないので。」


サタンも言っていたが、イギリス政府と深い関わりがあるのでそこまで厳しい罪に問えるかは分からないらしい。

俺としたら、正直どうでもいい話なのでどっちでもいいかなという気持ちだ。

政治の話とかは一般人の自分にはかけ離れた世界だ。


「じゃあ、もう帰れるわけか。」


俺は少しだけ明るい声で言う。

実際、ようやく日本に帰れるのは嬉しいことだ。

毎度毎度、変なことに巻き込まれてたまったものじゃない。

今回に関しては、見合いだの何だのいつも以上に疲れた気がする。


「そうですね。明日には帰れると思いますよ。」


「ルルちゃんはどうするのさ?」


「…どうする、とは?」


ルルが不思議そうに首を傾げる。


「いや、今回の結婚の話。あのジョニーって男は罪に問われないんだろ?」


ジョニー自身は今回の件には関わっておらず、加えて被害者側だったのでお咎めなしという話らしい。

そして、フォード・ヴェネーノがいなくなった後のヴェネーノ家の当主として政府からの監視はあるが継ぐことが決まったらしい。

ルルがかなりそこの話は関わっていたらしい。

今回、帰国が遅れた原因の1つだ。


「そうですね、ジョニーさん自身は正式にヴェネーノ家の当主になりましたからね。ただ、その影響で今回の婚約の件は無しになりましたよ。」


「無し、になったんだ。」


少しだけ意外だった。

あの後、サタンとルミナから聞いた話によるとジョニー自身がルルに惚れてしまったという話だ。

サタンとしてはもちろん反対だったが、両親の判断でルルの意向に任せるという話でサタンも黙らざるを得なかったらしい。


「私から丁重に断ったんですよ。」


「せっかくの優良物件だったのにもったいない。」


俺は割と本気でルルに言った。

父があんな人間だったが、その息子であるジョニー自身は清廉潔白な人間だ。

フォード・ヴェネーノが失脚して、父の影響が無くなったのならこれほどいい婚約相手もいないだろうに。


「いいんですよ。私は結婚とかそういう話はまだまだ早いと思っただけですから。」


足元に飛び乗ったウルを撫でながらルルが言う。


「そういうことを言っていると、婚期を逃して行き遅れちゃうぞ。」


冗談っぽく言い返す。

ルルはそれを聞くと、クスリと笑った。


「大丈夫ですよ。私はお姉さまの面倒を見る、という仕事がありますからね。それに、もし行き遅れたら剣さんに貰ってもらうのもいいかもしれないですね。」


「遠慮するよ。あのじゃじゃ馬がセットで付いてくることになりそうだから。ハッピーセットならぬアンハッピーセットになりそうだ。」


俺は首をすくめながら言う。

実際、今回の一連の騒動のせいでサタンのルルへの過保護っぷりが世間にバレて嫁の貰い手が減るんじゃないかと個人的に危惧している。

別に、俺が心配したところでいくらでも相手は紹介して貰えるとは思うから余計なお世話だろうけど。


「あら、それは残念ですね。」


ルルが特に残念そうな様子も見せずに言う。

そして、再び沈黙が流れる。


「今回は、本当にありがとうございました。いえ、今回もですね。」


「そうだな。今回は、いつも以上に疲れた気がする。どこかの誰かさんの婚約相手に偽の婚約者をさせられたりしてな。」


俺はそう言うと、ため息をついた。

サタンに殴られた場所はあの後、1日寝て起きたら痛みが一気に来たのでアリスに治してもらった。

多分、殴られた当日は気づかなかったが歯が揺らいでいた気がする。

そう考えると、本当にロクでもない目にしか遭っていないと改めて思う。


「フフフ、そうですね。私も今回は大変でしたよ。」


どの面下げて言っているんだよ、と俺はルルを睨んだ。

ルルはそんな俺の視線を気にしないとばかりに楽しそうに笑っていた。


「俺は、ヒーローなんて立派な人間じゃないからな。」


俺は、言い忘れたことをルルに言った。

この一連の騒動で何度も聞かされた単語だ。

しっかりとそこだけは否定しておこうと思った。


「そんなにヒーローが嫌なんですか?いい言葉だと思うんですけどね。」


ルルが不思議そうな顔で俺を見る。

言葉としてはいいが、別に言われたところでそれに相応しい人間じゃないので何か聞いていて寒気に近い感情が沸いてしまうのだ。


「その言葉が合うような人間ならな。俺は、普通の人間なんだよ。どこにでもいるような、平凡な。」


俺は自分に言い聞かせるように言う。

そう、平凡な人間なのだ。ただ、不思議な力があるとはいえそれでサタンや隣にいるルルみたいな強くて人類最強だなんて言われる人間ではない。

ルミナみたいに努力をし続けられるような忍耐強い人間でもなければ、リヤドのように顔もよく礼儀もあり、人からの評判もいい人間ではないのだ。


「そうですね。私もそう思いますよ。」


ルルはそう言うと、隣に座っていた自身の体を俺にピッタリと寄せて来た。

何だろう、急にこの子は。

いや、今回の件に限らず時々こういう勘違いを起こしそうな行動はよく取られた記憶はある。


「あなたを見て、100人中99人はヒーローではないと言うと思います。」


そう言うと、空を見上げた。

そして、そのまま話を続ける。


「でも、そのうちの1人。私だけはあなたのことをヒーローだと思っているんですよ。」


「分かんね。それなりに一緒にいて俺がそんな大層な人間に見えるのかよ。」


俺は恥ずかしさからか、ルルから視線を逸らすように座る。



「普段のあなたは確かに、そうは見えないかもですね。コッソリと夕ご飯のつまみ食いをしたり、ゲームをしていたらズルして勝とうとしたり、宿題で分からないところがあると私から答えを聞いたりしちゃうような。そんな、小さなしょうもない悪いことをしちゃうような人です。」


あれ?褒められてないな、これ。

とりあえず、ルルが俺のことをロクでもない人間だと思っていることは理解出来た気がする。

いや、別にルミナの時も思ったが別にルルに対しても恋愛感情なんてモノがあるわけではない。

ただ、突然居候して来た女の妹というだけの存在だ。

顔も可愛いし、性格も優しい女の子だが俺とはそもそも住んでいる世界が違う子なのだ。

そんな俺の微妙そうな表情を見ながら、ルルは楽しそうに言葉を続ける。


「でも、あなたは私のことを、私達のことを何だかんだ言っても命を張って助けようとしてくれる。たとえ、面倒臭がっているような顔をしたり言葉を吐いていたとしても。そして、私はそんなあなたに救われているんですよ。あの時から。そして、今回も。」


そう言うと、ルルは俺の方を見てきた。

少しばかり風が強いからか、ルルの前髪が乱れていた。


「私にとってはあなたはヒーローなんですよ。今も、そしてこれからも。」


「そんな都合のいいこと言っても、別に何もしないからな。何だかいい感じに言いくるめられている気がしてきた。」


このままだと、またこの子の手のひらで転がされるような気がしたので言い返す。

たまにだが、この子は男誑しの才能があるんじゃないかと思ってしまう。


「そもそも、今回もそうだけどこれだけ苦労したんだからそれなりに何か形になる感謝があってもいいと思うんだよね。」


「感謝ですか?ヒーローが言うような言葉じゃないですね。」


「当たり前だろ。何度も言ってるけど、俺はそんな立派な人間じゃないんだよ。ちゃんと対価は支払われて当然だと思うぞ。」


悔し紛れに言い返す。

そう言うと、ルルがポケットから1枚のカードを取り出した。


「ここに来る前に孤児院に行ったんですよね。そしたら、これをあなたにって言ってましたよ。」


それは例のサッカーカードだった。

俺は嫌な顔をした。


「いらない。マジでこれのせいでロクな目に遭ってない気がする。そもそも、何か奪ったみたいでいい気持ちがしないんだよ。」


「相変わらず、素直な人じゃないですね。せっかく、貰えるんだから貰えばいいのに。」


「プライドの問題だよ。」


俺はフンと顔を背ける。


「でしたら、これは返しておきますね。あの子に。」


「そうしてくれよ。」


そもそも、元はルルに渡すためのカードだったはずだ。

俺が貰うのはどこか違う気がする。

そんなことを考えながら、空を再び見上げる。

明日にはもう少し雲が少ない青空が見えるかなと思った。

そんな時だった。俺の頬に何やら柔らかいモノが触れているような感触を感じた。


「私からのお礼です。」


ルルが意地悪そうな笑みを浮かべながら言う。

俺は、少しばかり時間が止まったような感覚だった。

そして、我に返ると状況をようやく飲み込めた。


「いや、待って!そんなあっさりとされると困る!もう1回だけお願いします!」


俺はルルの肩を揺らしながら言った。

それなりに大きな声だったか、歩いていた人達がこちらをチラリと見ていた。


「無理ですよ!こういうのは雰囲気が肝心なんです。もう終わりですよ!」


ルルも少しばかり慌てたように言う。

ウソだろ。一応、ファーストキスかもしれないのに。こんなあっさりと終わるなんて…。

俺はルルを見る。

ルルは、ウルを撫でていた。

俺はそんなルルの姿を見ながら、心の中で改めておかえりとつぶやいた。

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