ホムンクルスの婚約者
「…えっと。何か用ですか?」
俺は突然話しかけてきたジョニーに対して、思わずよそよそしい態度をしてしまった。
別に話す時間くらいはいくらでもあるとは思う。
どうせ、この後はバスなりを使って自宅に帰るだけなのだから。
ルルのあの様子を見ている感じ、俺が怒られることはなさそうだから今日は静かに生活していようと思う。
「いえ、以前にルルさんとの顔合わせで一緒に来られた方ですよね?」
ジョニーが静かな、そして柔和な笑みを浮かべながら言う。
以前会った時も思ったが、本当に人当たりを良くしたリヤドみたいだなと思う。
まあ、人当たりの良いリヤドなんて存在しない架空の存在だから想像するだけ無駄だろうが。
「そうですね。何か、俺のことを知っているみたいな感じですけど。前の時ってほとんど話した記憶ないんですよね。個人的に…。」
俺は恥ずかしそうに言う。
実際に、あの時に話していたのはルルばかりで俺は隣でその様子を見ていただけだった記憶しかない。
いくつか、軽く話は振られたが緊張とガヤのうるささで何を話したかすら記憶にない。
「ルルさんから話はよく聞いていましたので。」
あの子は本当に俺のことをどう言っているのだろうか。
そういえば、以前一緒に行った孤児院の神父も似たようなことを言っていた気がする。
別に何を言っているかの内容次第で怒ったりとかはないが、純粋に気になる。
「ルルちゃんからは全くそんな話、聞いたことないんですけどね。実は結構仲良かったりするんですか?」
「仲が良いか、と聞かれたらどうでしょうとしか言えないですね。正直、僕とルルさんの関係はビジネス上の関係でしかないと言えば分かりやすいかもしれませんね。」
ちっとも分からない。
婚約相手でビジネス関係ってそれは矛盾しているのではないか、と個人的に思う。
俺がそんなことを考えながら微妙そうな表情を浮かべていると、ジョニーの方が察したのか話を続ける。
「父がいた際に、ルルさんがあなたのことをお付き合いをしていると仰っていましたが嘘ですよね。」
どことなく楽しそうにジョニーが俺に言う。
何だ、やはりバレていたのか。
まあ、あれだけコミュ障的な感じで座っていたらそりゃあそう思うよなと自分自身で納得した。
「そうですね。さっき、引きずられていったお姉さんに無理やりさせられただけですから。」
俺は首をすくめて、素直に答える。
別に今更嘘をつく必要もないと思っている。
というか、無駄な誤解を生むくらいなら素直に言う方が得策だろう。
どうも、このジョニーという男からは怪しげな感じというか敵意的なモノを感じない。
むしろ、こちらに対して好意的な印象すら感じる。
「ルルさんも言っていましたよ。お姉さんが気にしすぎていて大変だ、と。」
「全くですよ。あんなお姉さんを持ってルルちゃんも苦労してると思いますよ。結婚した際なんか、何かにつけて文句を付けてくる姑ムーブの未来しか見えないですよ…。」
俺は皮肉たっぷりにジョニーに言う。
ジョニーも同じ思いなのか、笑みを浮かべていた。
「そうですね。でも、ルルさん的にはとても楽しかったそうですよ。あなたを僕に直接、紹介出来たことが。」
「それ、食事が終わって解散した後に似たようなこと言われたんですよね。あの子、俺のことについて何て言っているんですか?別にあの子には言わないですから、教えてくださいよ。」
俺は、ジョニーにルルがどう自分のことを言っているのか教えてもらおうと思った。
純粋に男として気になるだけの話だ。
別にルルに対して恋愛感情があるとかそういうのはないが、年頃の男として仲良くしている女性からの自分自身には教えてくれない評価というモノは知りたくなるのが性だ。
「そうですね。ルルさんからは言わないで欲しいとは言われているんですけどね。あなたに言うと、調子に乗る可能性があるからと。」
「その意味について、本人に小1時間くらい問い詰めたいんですけどね。まあ、やめておきますよ。」
俺は顔をしかめて、ジョニーに言う。
ジョニーは笑みを絶やさずに俺の正面に立っていた。
正直、こんな場所で会話するくらいならもう少し人気の少ない場所でもいいのにと思う。
「ルルさんは、あなたのことを自分にとってのヒーローだと言っていましたよ。」
ジョニーが少し間を置くと、再び俺に話し始める、
ヒーロー?どういう意味なのだろうか?
正直、言葉の意味がいまいち理解出来ていない。
「そのままですよ。僕もルルさんが言っていただけなので上手く言えないですけどね。そして、とても大切な友人であり仲間だとも言っていましたよ。」
普段、あまり言われない評価に少しだけ驚く。
ヒーローという意味については全く分からないが、それでも大切な友人という言葉は嬉しく感じる。
「僕としても、あのルルさんがそこまで評価している方に一度だけでもいいから会ってみたいと思っていたんですよ。」
「買いかぶりすぎですよ。俺はそんな立派な人間じゃないですよ。というか、あの子はどういう意味でヒーローなんて言ったんですが?俺の見た目と日ごろの行動でどこをどう感じたらそんな評価になるのかそれこそしっかり聞きたいくらいですよ。」
俺はジョニーに呆れながら言う。
ジョニーも少しだけ笑っていた。
「そうですね。僕も同じ思いですよ。今のあなたを見ていたら、とてもヒーローのような人には見えない。どこにでもいる普通の方だ。とても平凡で、ルルさんが教えてくれたような大それたことをするような人には見えないですね。」
「そこまで言われると、それはそれで傷つくんですよね。」
俺はあまりにも素直な評価をするジョニーに言う。
せっかくだから、お世辞でも褒めて欲しいと思う。
「それは失礼しました。純粋な感想を述べただけです。でも、ルルさんも同じようなことを仰っていましたよ。どこにでもいる普通の人だと。でも、親しい人が困っていたらどれだけ文句を言おうと、嫌がろうと最後には手を差し伸べて助けてしまう。そんなどうしようもなく素直じゃない人なんだ、と。」
うん、今ので絶対にあの子が俺のことを褒めていないことだけは分かった。
その評価でどうヒーローなのか本当にこの後に家に帰ったら問い詰めてやろうかと真剣に考える。
俺の表情がどんどん微妙になるのをジョニーは楽しそうに見ていた。
俺はそんなジョニーを見ながら、ふと1つの疑問が脳裏をよぎった。
先程、この男が言っていたビジネス関係という言葉についてだ。
どうせ、時間もあるし暇つぶしに聞いてみるとしようか。
「そういえば、ルルちゃんとの関係をビジネス関係って言っていたけどどういう意味なのか教えてもらうことって可能だったりしますか?」
ストレートに質問をぶつけた。
敢えて、回りくどい言い方をする必要もないと思っただけだ。
「そのままですよ。ルルさんとは共闘の関係にあるだけです。」
ジョニーはそう言うと、少しだけ悩み始めた。
どうやら、その先を言うか言わないかを迷っているのだろう。
「いえ、この際ですから言っても構いませんね。ただ、出来たらルルさんはもちろんサタンさん達にもこのことは言わないと約束してもらえませんか?」
「いいよ、約束します。」
俺はジョニーからの提案を受け入れる。
ジョニーはそれを聞くと、満足そうに頷く。
「ありがとうございます。僕とルルさんの間には1つの約束事があります。それは、父の暴走を止めるまでは婚約関係を続けるということです。」
「…暴走?」
俺はジョニーの言葉を反復する。
確かに、怪しげな噂が多い父らしいがどういう意味なのだろうか。
「私の父に対して、様々な憶測が飛び交っていることは知っていますよね?この際だから、ハッキリ言います。それらは全て事実です。」
ジョニーが今、トンデモないことを暴露したような気がする。
正直、ここにサタンがいなくて良かったような気もするし、いて欲しい気持ちもある。
ジョニーはそのまま話を続ける。
「父は錬金術においては、まさに現代において一番の研究者だと思います。そして、その願いは人間の生成にあります。」
人間の生成?正直、錬金術がどういうモノなのかあまり知識がない俺には聞き慣れない言葉だった。
ジョニーはそんな俺の思いを察したのか、説明をしてくれた。
「そうでしたね、あなたは魔術については素人同然でしたね。人の多い場所なので、簡潔にまとめますが錬金術において人の生成は禁忌とされています。そして、僕自身が父がこれまで行ってきた実験における唯一の成功例です。」
そう言うと、ジョニーはワイシャツのボタンを数個開け始めた。
そして、胸元を俺の前に開けてみせた。
ジョニーの胸の中央部分には真っ赤に輝く宝石のようなモノが埋め込まれていた。
「本来の僕は7歳くらいの時に病死しています。これは、父が僕をこの世界に再び蘇るために作った仮の肉体なのです。」
そう言うと、再びワイシャツのボタンを閉めた。
俺は突然の話に全く理解が及んでいなかった。
「ホムンクルス、という言葉は知っていますか?僕はそれなのです。そして、父はそれを安定して作れるようにしようとしているのです。」
ホムンクルス、聞いたことはある言葉だ。
だが、それは創作の話なだけで実際にその存在が目の前に立っているのは想像も出来ない。
俺の頭の中がパンクしそうなくらいの情報を一気に流し込まれて、ショートを起こしそうな感じだ。
「急にそんな話をされてその表情をされるのは分かります。僕も、父からその話を聞いた時は同じ気持ちでしたから。そして、父の願いは自身の妻。つまり、僕の母を再び生き返らせることなのです。その為に、父は非合法な研究を続け、多くの名前も顔も知らないような人間を犠牲にしているのです。」
ジョニーはそう言うと、一呼吸を置いた。
そして、再び俺の目をジッと見ながら話を続ける。
「ルルさんには、僕が普通の人間ではないことはすぐに見抜かれてしまいましてね。もし、本当に父を止めるのなら協力をすると言われました。だからこそ、父を騙して偽りの婚約関係を続けていたのです。」
そこで、ジョニーの顔が曇った。
そして、小声でしかしと言った。
「しかし、父も疑い始めましてね。ルルさんが運営している孤児院の話は知っていますか?」
俺はジョニーに頷く。
知っているも何も、当の本人から教えてもらった話だ。
「父は孤児院を人質に取ったのです。もし、これ以上決断を先延ばしにするのなら孤児院にいる子供達を路頭に迷わせる、と。」
なるほど、恐らく数日前にしていた長電話の正体はこれだったのだろう。
だが、そんなことを俺に言ったとして何か出来ることなんてあるはずがない。
せめて、サタンに言った方がまだ可能性があるだろう。それこそ、サタンの両親に言う方が得策だと思う。
「何でそれを俺に言ったんですか?俺に出来ることなんて何もないですよ。」
俺は話を終えたジョニーに言う。
ジョニーは一通り話し終えたのか、再び顔に柔らかい笑みを浮かべていた。
「そうですね、僕もそう思います。でも、ルルさんの言った言葉を思い出しただけです。あなたは、そんなことを言いながらも最後には何とかしてくれるかもしれない。そんな期待が出てしまう人なんだ、と。」
「だから、買いかぶりすぎですよ。俺はそんな大層な人間じゃないですよ…。」
俺はジョニーに対して吐き捨てるように言う。
ジョニーはそれを聞くと、俺に対して頭を下げた。
「随分と長く話してしまいましたね。では、私はそろそろ帰る時間ですのでここで。」
そう言うと、ジョニーは静かに去って行った。




