脳内お花畑な剣士との日課
木刀の当たる音が肌寒い夜の中に響き渡る。
俺は首元を掠りそうになるギリギリで木刀を避けると、魔力の気配を完全に消して背後を取る。
…よし、取った!
俺は勝利を確信するように木刀を振りぬく。
しかし、相手が顔が振り向いてくると鋭い目線が突き刺さる。
俺の振るった木刀は軽く受け流されると、喉元に木刀を突き付けられる。
「はい、降参。」
俺は両手を広げて、木刀を俺の喉元に突き付けて来るルミナに言う。
ルミナは満足そうに突き付けてきた木刀を取り下げる。
「まだまだ甘いですね。以前から言っていますが、一撃の振りがデカいんですよ。特に、隙を付けたと思った瞬間は特に。もっと、コンパクトに振ることを心がけてください。」
ルミナが先程の稽古での俺の動きに対して批評を述べる。
「そうは言ってもな。確実に裏を突いたと思ったんだよなー。」
俺はブンブンと空を切るように木刀を振って、悔しそうに言う。
「魔力で相手を探知するような相手には今の攻撃は有効でしょうけど、私は人体の気配で察知していますから、正直言って丸わかりですよ。」
ルミナが少しだけ自慢気に言う。
少し前まではその魔力で感知するやり方で戦っていたくせに、と思った。
「その戦い方って俺に稽古を付けてくれるようになってからだろ。むしろ、俺のおかげだろ。」
やはり、黙っているのも悔しかったので言い返した。
「おかげ、って…。まあ、確かに剣様が多用して来るのでそれの対策に意識して使うようになりましたけど。ただ、おかげで魔術師相手だとかなり有効な気がするんですよね。」
「まあ、有効なんだろうな。俺みたいな戦い方する相手とかだと特に。」
俺は不満気にルミナに言う。
とは言っても、範囲攻撃とかそもそもスピードでぶち抜いてくるような誰かさん達相手だとあまり効果なさそうだなと思った。
流石にそれを言うのは可哀そうだと思ったので、黙ってあげることにしよう。
俺は、そんなことを考えながらルミナから木刀を受け取る。
そして、地面に腰を下ろすと、ルミナのカバンに入っているハンカチを取り出し汗やら泥やらで汚れている木刀を拭き始めた。
ルミナはその隣で刀を2本手に握り、素振りを始めていた。
「そういえば、結局ルル様との婚約の話はどうなったんですか?」
ふと、ルミナが尋ねてきた。
俺は、ルミナの方を見上げた。
「どうもこうもって…。あの後は結局またあの男の人と会う約束だけして終わったかな。俺はもう行く気はないけど。」
そう言うと、丁寧に木刀を拭き始める。
数日後にまたルルとジョニーとの間で軽い食事を交えながら話す機会があるらしい。
サタンは同行しろとうるさかったが、俺はもうごめんだ。
ルルに同行したいなら、今度はサタン自身が行けよと言い返しておいた。
「そうなんですね。何だか、サタン様が明日は作戦会議だってグループの方に告知出していたので何かされるのかなと思って。」
「そういえば、そんなこと言ってたなあいつ。いいんじゃない?俺は関わる気ないけど。」
首をすくめながらルミナに言う。
ルミナはその言葉を聞くと、精神を集中して2本の刀を交互に振り下ろした。
かなり、二刀流での扱いにも慣れている気がする。
「いいんですか?ルル様的にかなり今日は楽しそうでしたけど。」
ルミナが意外そうな顔で俺に言う。
別にルルが楽しそうだから俺が楽しかったわけではない。
というか、あの子は何が楽しかったのか本当に謎である。
「俺は楽しくないんだよ。というか、ルミナちゃんは何度かあの2人が会っていること知ってるの?」
俺は拭き終わった木刀の1本をルミナの持って来ていた袋の中にしまう。
「まあ、生で見たのは今日が初めてですけど。サタン様がよく愚痴っていましたから。ルル様もそこまで乗り気じゃないようでしたしね。」
「乗り気じゃないのにあれだけ笑顔見せて会話してあげるの狂ってると思うわ。」
俺なら秒で断って、部屋に引きこもっていると思う。
まあ、実家のメンツとか色々あるのだろうけど。
つくづく、一般家庭に生まれていて良かったと思う。
「…まあ、それがルル様ですから。」
ルミナはそう言うと、再び刀で素振りを行う。
そんないつもの光景を見ながら、ふと俺は気になったことを思い出した。
俺は、思い出したかのようにルミナに尋ねる。
「そもそも、あっちの父親はどうしてあんなに結婚に熱心なのさ?正直、息子の方はそこまで熱心というわけには見えなかったし。父親が言うからって感じがビンビンするんだよね。」
ルミナは振り下ろしていた刀を止めると、俺の方に視線を向ける。
そして、少しばかり考えこんでいた。
「そりゃあ、理由としては一番は自身のしている怪しげな研究がバレないようにするためじゃないでしょうか?剣様も聞いた通り、かなり非合法な研究にも手を付けているようですし。警察機構であるウィザード家と繋がりを持てれば多少はかき消すこともしやすいでしょうし。」
「でも、それって噂程度なんだろ?よく監査とかされてても証拠の1つすら取り押さえれていないとはサタンから聞いたけど?」
「まあ、そうですけど。でも、定期的に監査来る時点で怪しいって思われているわけですからね。家の評判的にもいいことではないですから。」
正直言って、昔ならいざ知らず、現代のこの時代にそんなことでかき消せるモノなのかと思う。
俺はサタンとルルの父であるキールの顔を思い浮かべた。
厳格そうな人物で不正だったりそういったことは絶対に許さないといった雰囲気の男性だった記憶がある。
娘であるルルが婚約関係になって家の繋がりが出来たところでどうこう出来るような相手とは思えない。
「まあ、後はいざとなればルル様を人質に取れるとかですかね。どうにも、20歳になるまでの間は結婚とかは無理ですからヴェネーノ家で預かりたいとまで言っているそうですし。」
「そう言うの聞くと、サタンが反対している理由も分かる気がするな。」
俺はルミナの説明にサタンがここまで焦っている理由を少しだけ察した。
まあ、ただ大事な妹であるルルがいなくなるのが嫌だという理由の方が大きい気もするが。
「だけど、あのキールさんが相手だろ?そんな脅しで屈するような人には思えないんだけど。そもそも、それならサタンだったりの方が良くないか?ルルちゃんって末っ子だし、それこそ血の繋がりがあるかって言ったら違うわけだし。」
「サタン様にしてもお姉さまのロミ様にしてもすでに色々と婚約話は入っていますからね。そこと争う気はないということなのでしょう。後は…。」
そう言うと、ルミナは少しだけ黙っていた。
言うか言わないかを迷っている感じであった。
「ルル様の持っている精霊魔術が欲しいから、ですかね?」
俺はその言葉に首を傾げる。
錬金術の大きな家でわざわざ別の魔術を欲しくなるのか。
「そもそも、剣様は魔術師が持っている固有の魔術がどうやって伝わっているか分かりますか?」
ルミナは俺に逆に聞き返してくる。
俺は、ルミナが一瞬言うか言わないか迷っていた理由が分かった。これ、そこそこ話が長くなるやつだ。
今日は帰るのが遅くなりそうな気がする。
「簡単です、子供を産むことで確率で遺伝していくのです。」
ルミナはそう言うと、腰に差していた鞘に2本の刀を納めた。
今日はもう終わりなのだろう。
「つまり、ルルちゃんの持っている魔術が欲しいってこと?」
俺はルミナに聞き返す。
「まあ、あくまで予想ですけどね。サタン様にも婚約の話がいくつも舞い込んできている理由もそれですし。まあ、精霊魔術にしても光属性の魔術にしても遺伝するモノなのかは謎ですけど。いい魔術を集めたいとかいう人でしたらそういう考えで婚約関係を自身の息子とかにさせたりしますからね。まあ、あくまでも想像でしかありませんが。」
なるほど、貴重な強力な魔術を持っているルルと婚約を自身の息子とさせることで跡継ぎを強化したいという話もあるのか。
それを聞いて、俺はふとルミナに気になったことを尋ねた。
「じゃあ、ルミナちゃんにもそういう婚約の話とかはあるの?」
ルミナはその言葉を聞くと、何を言っているんだといった表情を見せた。
「私は魔術どころか魔力すらない落ちこぼれですよ。そんな私と魔術師の家系が結婚するメリットなんてゼロですよ。」
どこか吹っ切れたような雰囲気で言うルミナ。
以前の事件から、どこか自虐染みてこういった話題は話している気がする。
「じゃあ、ランスフォード家はルミナちゃんで終わりか。残念だな。」
俺もそんなルミナの雰囲気に合わせるように軽口を言う。
ルミナはそんな俺を鼻で笑うように見下ろしながら言い返してくる。
「私が一人っ子でしたらね。私には優秀な妹がいるんです。クレアにいい話があれば、それでランスフォード家は安泰ですよ。」
「いい話ね…。サタンみたいにシスコン拗らせてクレアちゃんの結婚相手探しに難儀しそうだな。」
「あそこまで極端なことはしませんよ。」
ルミナが呆れるようにして言う。
俺はそんなルミナの表情を見上げる。顔は笑っているが、どことなく寂しそうな表情。
恐らくこれから先、幼馴染の女子2人に次々と舞い込んでくる結婚話を聞かされるだけなんだろうなと容易に想像出来る。
俺はそんなルミナにため息をついて、軽口を叩くようにして言う。
「まあ、そうだな。じゃあ、ルミナちゃんに相手がいなかったら俺が貰ってあげようか?」
自分で言葉にして、死ぬほど似合わない言葉だなと思った。
ルミナはそんな俺を意外そうに見てきた。
後で、絶対にあのメンツ達に言うなよと釘を刺しておこうと思った。どんな弄りを受けるか想像しただけでも震えが止まらない。
「本当ですか?じゃあ、相手がいなかったら剣様に貰ってもらいましょうかね。」
意地悪そうな笑みを浮かべながらルミナが言ってくる。
俺はその言葉に少しだけ慌てたように返す。
「いや、ジョークだからな!流石に、そこまで重く受け止められると怖いから…。」
「あら、そうなんですか?大丈夫ですよ。剣様のような甲斐性なしに拾って貰わなくてもちゃんと自分の相手くらい自分で選びますから。あの2人を見てたら、勝手に婚約相手を決められる人生とか嫌ですから。私は、私が自分で決めた相手と結婚したいのです。」
そう言うと、ルミナは夜空を見上げた。
そのコミュ力のなさでどうやって運命の相手を探すんだ、とかそんなロマンティックな話が現実で早々に起きるわけないだろとか色々ツッコミたいことはあるが黙っておくことにした。
そもそも、誰が甲斐性なしだと言いたい。
ルミナは再び視線を俺の方に戻すと、声をかけてきた。
「だいぶ遅くなりましたね。そろそろ帰りますか?」
俺はその言葉に頷くと、立ち上がりルミナから預かっていた木刀を袋に詰めて、その袋を背負うとルミナと共に歩き始めた。




