ルルの婚約者
今日から新しい章に入る予定です。
何もない平和な休日の昼だ。
こんな日は何もしないで読み終わってない漫画を消化するのが一番だ。
俺は、ベッドに寝転びながら貯まっていた漫画を積み上げてそれらを読んでいた。
珍しく、ベッドを占拠して漫画を勝手に読み漁る女が今日はいない。
どうやら急用だからと言って、どこかに出かけているようだ。
それに加えて、ルルもいない。
ルルに関してはゲームをしたりと何かしらでいると賑やかになるからいいが、サタンに関しては部屋に常駐する座敷童のような存在になりつつあるので休日くらいはいなくてもいいかなと思う。
ただ、そんなことを考えていると必ずと言っていいほど厄介事を持ってくるのがサタンという女だ。
今、考えているこの状況すらフラグになっているかもしれない。
階段を猛ダッシュで駆け上がって来る音が聞こえてきた。
うん、やっぱり何も考えない方が良かったかもしれない。
部屋のドアが思いっきり開けられる。仮にも居候をしている身で、その家の備品を雑に扱うなよと言いたい。
「おい、剣!ルルと今から仮の婚約者になってくれ!」
ほら、言わんこっちゃない。
来るなり、いきなり訳の分からないことを言い出している。
話の脈絡が無さ過ぎて、どういう状況かすら理解出来ない。
「入ってくるなり、何だよ。全く意味が分からない…。」
俺は、寝転んでいた体を起き上がらせると、サタンに言う。
今回はまたどんな厄介事に巻き込まれるのだろうか。考えただけで、頭が痛い。
「そのままの意味だ。ルルの仮の婚約者になってくれ、と言っているのだ。」
「いや、だからその話になった経緯を教えろって言ってるの!俺の年齢とルルちゃんの年齢でどうして婚約者なんて話になるんだよ…。」
俺は、相変わらず突拍子のないことを言う自称人類最強様に言い返す。
会話には順序というモノが存在することをもう少し理解するべきだと思う。
「ルルが結婚することになりそうなんだ!」
サタンが慌てながら言う。どうやら、かなり切羽詰まっているらしい。
ここまで慌てているサタンを見るのも珍しい。
しかし、結婚か。まあ、良家のお嬢様だから早いうちからこういった話もあるのだろう。
正直言って、別に慌てるような話でもないだろと思う。むしろ、めでたいことだろと言いたい。
「別にいいことじゃないか。今日の夕飯に赤飯でも炊いてもらえよ。」
「全然、よくない!むしろ、よくないからこうしてお前に頼んでいるのだ!」
サタンが怒りながら言い放つ。
何がよくないかをまず理解出来ていない俺からしたら、どうしてサタンがこうも怒っているのかをまず聞きたいものだ。
「そもそも、結婚って言ってもまだ中3だろ。ルルちゃんだって。今すぐに、って話なのかよ?」
俺はとりあえず、状況を整理するためにサタンに尋ねる。
もう、この女に話の主導権を握らせると全く状況を理解出来ないことは分かっているのでこちらから情報を聞き出すほかない。
本当に手間がかかる。
「そうだな、今すぐにというわけではない。ただ、あいつが高校か大学を卒業したらすぐにでもという話らしい。向こう側の言い分的には。」
「じゃあ、いいじゃないか。早いうちからそういう話があるのはいいことだろ。これでルルちゃんも将来安泰なんだから姉としては喜ばしいことだろ。」
流石にこの時代だからか、年齢的なところは考慮されているようだ。
それはそうだろうなと思う。
いくら、日本じゃない国の話とは言え仮にも先進国の1つであるイギリスでの話だ。
そんな中世ヨーロッパみたいな話があるわけないよなと改めて思った。
サタンはそういう問題じゃない、とばかりに首を横に振る。
「別に相手がちゃんとしているならいいんだ!そうじゃないから問題なのだ!」
「どういう意味だよ?相手は暴力とか振るうようなヤバい奴だったりするのかよ?」
もしそうなら、それは心配だと思う。
流石にそういった相手ならサタンがここまで慌てている理由も分かる気がする。
「いや、結婚相手自体はとても人間性も優れている人物だ。貧しい子供達のためにお金を出して学校に行かせてあげたり、食事を提供したりするような悪い噂もない清廉潔白な人物だ。女性に対しても凄く丁寧な人物で愛想も良くて、顔も相当なイケメンで人気も高いらしい。」
「じゃあ、いい話じゃないか。むしろ、ルルちゃんの相手としては申し分ないだろ。何が問題なんだよ?」
話を聞く限り、俺が想像していた人物の真逆のような人物だ。
そんな優良物件、今のうちに押さえておいた方がルルの将来のためにもいい話だと思う。
「別に結婚する相手自体にはまあ、特に不満はない。いや、正直言うと完璧な人間すぎてそれはそれで面白くないなと思っているからそこも反対な理由なのだが…。」
「もうお前自身の好みの話じゃねえか!流石に今の言葉は俺でもドン引きだよ…。」
何て姉だと思う。よくこんな姉を持って、ルルはグレなかったなと尊敬する。
俺なら、こんなのが姉だったら秒で反抗期に突入して口も利かなくなる自信がある。
「いや、違う!まあ、相手が私の好みじゃないというのもあるが。本題はそこではないのだ!」
「お前の好みの男がロクでもないことだけは分かったよ。というか、自分の妹とはいえ人の結婚相手にいちいち口出しするのもどうかと思うけど…。」
俺が呆れながらサタンに言う。
サタンは俺の前に1枚の写真を見せる。
俺は写真を受け取る。写真にはそれはそれはイケメンの男が写っていた。
年は俺かリヤドと変わらないくらいだろう。
金髪碧眼、絵に描いたようなイケメンだった。
リヤドも相当なイケメンだと思うが、あれは愛想が悪すぎてどこかそれで損している気がする。
対して、写真の男は笑顔で写真に写っているためか写真写りもよくハリウッド俳優ですと言われても十分に信じられると思う。
正直言って、ここにルルが並んだらまさに美男子と美少女のお似合いのカップルといった感じだろう。
俺はそんなことを考えながら、写真をポイっとゴミ箱に投げようとした。
「うおおおい!何で捨てようとする!一応、ルルから借りた写真だから捨てると怒られる!」
サタンがゴミ箱に入るギリギリの所でキャッチする。
手がつい滑ってしまった。非リアの俺には刺激が強すぎる写真だったのだ。しょうがない。
「すまない、ついやってしまった。後悔はない。」
「いや、後悔はしろ。って、違う!そうじゃない!お前にはこの男の代わりにルルの婚約者になって欲しいのだ!この数週間だけでいいから!」
写真をまた捨てられてはたまらないとサタンが写真をしまうと脈絡もなくよく分からないことを言い始めた。
そういえば、最初にこの部屋に飛び込んでた時も同じようなことを言っていたな。
この男との結婚を阻止するのと俺がルルと仮の婚約者になるのがどういう関係性があるのか全く理解出来ない。
「何でだよ。別に結婚したくないです、ってルルちゃん本人に言わせればいいだけだろ。それか、お前の両親を説得して無しにしてもらうかで解決だろ。」
俺はサタンに首をすくめながら言う。
わざわざ俺が出向く意味がない。というか、こんなイケメンと並んだらどう頑張っても見劣りするのが目に見えている。
恥をかくくらいなら、そんな面倒なことはごめんだ。
「お前の考えているような結婚と一緒にするな!いや、別に私だってルルが良いといえばこの男だけとの結婚なら何も問題ないのだ。」
サタンはそう言うと、少し考え始めた。
そして、決心したかのように話し始めた。
「しょうがない、簡単に事情を説明しよう。この男の名前は、ジョニー・ヴェネーノという。ヴェネーノ家はイギリスでも随一の錬金術の家柄なのだ。」
錬金術。聞いたことはある単語だ。
何だか物々しそうな言い方だが、要は名家の1つなのだろう。
どこからどう聞いても、ルルとの婚約相手としては申し分ないと思う。
「ただ問題なのは、そのヴェネーノ家なのだ。噂によるとかなり非合法な研究をしていて、悪評が絶たないのだ。そして、この結婚に最も熱心なのがこの写真の男の父親なのだ!」
そう言うと、先程隠した写真を取り出して俺の前にずいっと見せてきた。
「つまりこういうことか?そこの家が怪しい噂があるからルルちゃんを結婚させたくないと?」
「そういうことだ!」
ようやく理解してくれたか、とサタンが頷いた。
まあ、事情は分かった。そして、分かった上でもう一度言いたい。
「それ、俺がする必要あるのか?」
絶対にルル本人かサタンの父親が反対すれば終わるだけの話だろ。
明らかに俺がそんな訳の分からないことをする必要はない。
「この話自体はかなり前からヴェネーノ家から言われてきた話なのだ。そして最近になって、さらに攻勢を強めてきた。よりもよって、政府のお偉いさんまで出て来るレベルで面倒なことになっている。そこで、すでに婚約者がいると話をしてしまえば、相手側も諦めるだろと思ったのだ。」
「それなら、リヤドにでもやらせればいいだろ。俺が行く意味がないじゃないか。」
俺よりも適任のイケメンがいるのだから、そいつにやらせれば済む話だろう。
全ての事情が分かった上で、何度でも言いたい。絶対に俺である必要性がない、と。
「リヤドは顔が割れすぎている。ルルの婚約者なんて言ってもあっちが信じるわけがないだろう。そもそも、その話を作るとするとリヤドの家の方にも色々と迷惑をかけることになる!」
「俺には迷惑をかけてもいいってか!ふざけんな!」
俺は縋るように服にしがみついてくるサタンを鬱陶しそうに振り払う。
「…何をしているんですか?」
ドアの方向から聞き慣れた声がする。
俺とサタンがそちらの方向へと視線を向ける。
そこには呆れた顔をしていたルルが立っていた。
腕には飼い犬のウルが抱かれていた。どうやら、散歩に出かけていたようだ。
「いや、ルル。これはだな…。」
サタンがあたふたしながら言い訳をしようとする。
ルルは分かっているとばかりにため息をつく。
「どうせ、また私の結婚の話でしょう。別にのらりくらりと断っていますから大丈夫ですよ。相手側のジョニーさんでしたっけ?彼もそこまで乗り気じゃありませんし。」
「いや、でもあまりにもしつこく言ってくることに怪しさを感じないか?」
サタンがルルを言いくるめようと必死になりながら話していた。
この女がこんな感じになって話すのは中々に珍しい。動画でも撮って今度馬鹿にしてやろうかとも思った。
「そりゃあ、ウィザード家の末っ子とはいえ私と自分の息子が婚約関係になれば悪い噂を無理やりにでもかき消せるとか色々と考えているでしょうね。別に私からしたら、お父さまとお母さまからも好きにしていいと言われているのでこうしてのらりくらりと逃げているんですから大丈夫ですよ。」
ルルとしても別にどちらでもという考えらしい。というか、ルルが例え結婚するとしてもサタンがもれなく付いてくるとかどんな罰ゲームだと思う。
絶対に嫁の貰い手なんて敬遠されるだろう。
俺がサタンをそんなことを思いながら見ていると、サタンがパンと手を叩いた。
「まあまあ、そう言うなルル。しつこく言われるのも面倒だろ?だから、ここにいる剣と仮の婚約者になってもらってもうすでにいるとしちゃえばいいってことで頼んでいたのだ。」
サタンがどうだと言わんばかりにルルに言う。
俺は絶対にそんな雑な作戦が賢いルルに通るわけないだろ、と言ってやりたかった。
「…別に構いませんよ。そもそも、お姉さまの所に来た理由も来週にジョニーさんが自身のお父さんと一緒に日本に来て話をしたいという予定を勝手に建てられたのでそれの報告をしに来ただけですし。別にそこに剣さんを連れて行けばいいだけの話でよろしいですか?」
割とすんなりとサタンに同意したなと思った。
いつもなら、そんな上手く行くわけないでしょうとか言って反対しそうだと思ったのに。
俺とサタンは意外とばかりにお互いに顔を見合せた。




