より多くの人のために…
弱い人間は嫌いだ。
正確に言えば、弱いくせに理想だけは無駄に高い人間はもっと嫌いだ。
1人では何も戦えないくせに、一丁前に理想論とか語ってくるような奴とか反吐が出る。
今、見ている光景がまさにそれだ。
…やっぱり、嫌いだ。-
-昼休みが始まり、給食の時間だった。
姉の話だと、弁当を持って行って自由に席を移動して食べていると聞いていたが、小学校はそうではないらしい。
クレアは縦1列に並んでいた席をくっつけて隣で話しかけてくるクラスメイト達と食べながら心の中で思っていた。
別にこれはこれでイギリスにいた時には経験できなかったことだから新鮮だなと思う。
ただ、定期的に席替えとかあって気づいたら両隣、前後のクラスメイトの顔が違っているからそのたびに話す話題が変わったりするのが若干面倒だなとは思うが。
クレアはクラスメイトと話をしながら、視線を別の場所に向けていた。
視線の先はここ数日、同じ屋根の下で住むようになった同級生のアリスである。
同じく一緒に住んでいる自分の姉と妙に仲良くなっている。
性格とか考え方とか似ているところがあるから、共鳴しやすいのかと思っていた。だが、姉と違う点と言えば、コミュニケーション能力は人並みにあるということだろうか。
年よりも幼く見えやすい顔つきや、常に笑顔を振りまいているからかクラスでもかなり人気者のイメージだ。
だが、クレアはどうしてもあの少女のことが好きにはなれていない。
どうして、と言われても何となくとしか答えようがない。別に話していても悪い人間じゃない。むしろ、人の良さや性格面で言えば自分なんて比にならないくらいいい人間だ。
ひねくれたところもないし、常に腰も低い。
なのに、どこか好きになれない。その所作が節々に出てしまっているのだろう。姉のルミナからもよく注意を受けている。
そんなことを思いながら、クラスメイトと話をしていた時だった。
突然、凄まじい魔力の気配を感じた。
魔力の強さや量で言えばサタンやルルに匹敵するレベルだ。だが、明らかにあの2人とは魔力の質が違っている。
そして、クレアは周りに気づかれないようにしようと思った。
自分が、魔術師の家系に生まれていてその仕事の1つとして日本に来ていたことは公然の秘密であるからだ。
適当にクラスメイトとの話を打ち切って、トイレに行くと嘘をつけばこの場を離れることは出来るだろう。
クレアは、いい感じの言い訳を頭の中で思い浮かべた。
よしこれで行こう、そう思った直後だった。
前後左右で楽しそうに給食を食べながら談笑していたクラスメイト達が突然机の上に突っ伏して寝てしまっていた。
クレアは慌てるように、窓の外を見る。
「…結界!?」
明るい日差しが差し込んでいた教室が一気に薄暗くなる。
どうやら、急激に上昇した魔力に一般の魔術に耐性のない人間が耐えられなかったのだろう。
ただ、クレアからしたら好都合だった。
寝てくれているのなら、その間に片を付ければいい話だ。
恐らく、アリスを狙った奴の仕業だろう。
この小学校には、姉であるルミナの主なのかそうでないのかよく分からない存在だが、神野剣の従兄妹が2人いる。
とりあえず、その3人の安全を確保するのが先決だ。
従兄妹の内の1人は自分と同じクラスだ。周りを確認すると、他の生徒と同じように机の上に突っ伏して意識を失っている。
あまり、長く放置すると魔力に体が耐えられず死ぬ可能性もある。
それは、他の生徒も同じだが…。正直、全員を助けるとなったら途方もない人数だ。
アリスと意識を失っている1人を連れて、学年が2つほど下のもう1人の従兄妹を安全な場所に待機させる。
「最悪、数人の犠牲はしょうがないかな。非常事態なんだから。」
クレアはつぶやくと、クラスメイトの剣の従兄妹を背負う。
同級生とは言え、男だ。多少は重いなと思った。
まあ、アリスは耐性があるから自力で走ってもらえばいいからもう1人の従兄妹の安全の確保だ。
「アリス、とりあえずあんたも逃げるよ。」
クレアがアリスに言う。
アリスはというと、近くにいる生徒達に何かをしていた。
両手で背中に触れて、緑色の光を纏わせていた。
「…何してるの?」
クレアはアリスに近づくと尋ねる。
まさかとは思うが、この数10人以上はいるクラス全員にこの処置をするつもりなのだろうか。
「昏睡状態だから、とりあえず魔力への耐性を上げる処置をしておこうと思って…。」
1人1人にアリスが魔術をかけている。
「馬鹿なの?そんなことする暇があるなら、コイツを連れて安全な場所に避難するのが先でしょ。どうせ、あんたじゃ戦えないんだし。」
よほどの相手じゃなければ戦える。
とりあえず、サタン達が来るまで時間稼ぎは十分に可能だ。相手次第なら、自分1人で倒しきればいい。
クレアはそう考えて、アリスに言う。
アリスはそれを聞くと、首を横に振る。
「でも、その間にもしかしたら意識を完全に失ってしまう可能性もありますから。」
「いや、それであんたが襲われたら意味がないでしょ!流石にこの人数全員にかけるのを待つような時間はないんだから!」
クレアがアリスに何を言っているんだとばかりに叫ぶ。
ただでさえ、剣の従兄妹2人を守るために安全な場所を確保しないといけないのに、全員の安全確保なんて時間的に余裕なんてあるはずがない。
ましてや、アリスに戦闘能力がない。つまり、自分がアリスを守りながら、加えてアリスが魔術を行使した人間の安全も守るというかなりのマルチタスクをしないといけなくなる。
相手次第ではそんな余裕なんてあるはずがない。
そもそも、先程感じた強力な魔力がこちらに近づいている気配もしている。
「クラスメイトの方々だけじゃなくて、この学校の人全員にまずはかけないと…。」
アリスがさらに無茶を言い出した。
本気で言っているのか。もし、本気で言っているとしたら現状を何も理解出来ていない馬鹿以外の何者でもない。
それが出来るのは、お前の保護者のルシフェルくらいだろう。ギリギリ、戦闘能力も兼ね備えているルルが出来るかくらいか。
戦闘に関してはド素人で、回復くらいしか役割が持てないアリスにそんなことが出来るわけない。
「あんた、馬鹿なの!?出来るわけないでしょ!こんな状況だから、ある程度の犠牲は目を瞑るの!今は、あんたとお兄ちゃんの身内の安全確保が最優先よ!あんた達の安全を確保したら、元凶を私がぶっ倒せば解決なんだし!」
早く行くぞ、とばかりにクレアはアリスの腕を強引に引っ張る。
正直、同年代の男を1人背負っているのだ。これに加えて、もう1人背負わないといけない。
こんなところで時間潰ししてる暇なんてない。
「イヤです!ここの人達は全員、罪なんてない人なんですよ!」
アリスが強引に引っ張られた腕を振りほどくと、再び魔術を1人1人にかけ始める。
そして、クレアはアリスの目を見て確信した。
私がこの女を嫌いな理由がようやく分かった、と。
弱くて、1人じゃ何も戦えない。その癖、正義感だの何だので自分の身なんてどうでもいいと言わんばかりのあの目。自分1人じゃ何も出来ないくせに、理想だけは絶対に曲げないと決めている目だ。
…私が一番嫌いなタイプだ。
クレアはアリスの胸倉を掴んだ。そして、顔を近づけると怒りを爆発させた。
「この人数を全員助けられるわけないでしょ!多少、犠牲が出ちゃうのはしょうがないのよ!それとも何?あんたは、ここの学校の人間全員にこの処置を施した上で、あんたを狙って襲ってきた人間に対処出来るっていうの!?」
アリスはクレアの勢いに押されそうになり、泣きそうな顔をしていた。
ほら見ろ、とクレアは思った。ルシフェルがいなければ、何も出来ないような女の癖に偉そうなことを言うからだと思った。
しかし、アリスは一瞬泣きそうになった顔を口を食いしばるように必死に堪えると、再びクレアを睨んだ。
「やります!クレアさんがやってくれないと言うなら、私1人でここの学校の人達を助けます!」
「だから、それが不可能って言ってるんでしょうが!あんたの言ってるのはただの机上の空論なのよ!その空論を可能に出来るのは私とあんたじゃ無理って言ってるの!」
アリスじゃなくてそれをするのがルシフェルであったりルル、もしくはサタンがいたら話は別だろう。
恐らく、その3人がいればこの空論も現実的な話になる。だが、今ここにいるのは戦闘力も何もない少女だ。
それを守りながら、この学校全部を回るなんて到底無理な話だ。
「…じゃあ、諦めるんですか?無理だって言って、ここで倒れている人達の家族の人が何も知らないまま自分の大切な人を失っていくなんて私は見たくないです!」
クレアの勢いに押されて、目に涙を浮かべたアリスが顔を紅潮させて負けじと言い返す。
クレアは掴んでいたアリスの胸倉から手を離す。そして、冷たい目をアリスに向けた。
「そんなに言うなら、1人でやればいい。私は、私の出来る範囲の精一杯しかする気はない。全員に処置を施すなんて、無理に決まっている。それをするなら、助けが来るまで襲ってくる相手に時間稼ぎする方が得策だからね。ここにいる全員が、その間生きてもらうって前提で。そこで、犠牲が出たとしてもそれはしょうがない話よ。」
そう言うと、アリスに背を向けて剣の従兄妹を背負って歩き出す。
もう1人の安全を確保して、自分の持っている魔道具で結界を作り2人は無事であればいい。
クラスメイトはまだしも、喋ったことも面識もない人間まで助ける道理は自分にはない。
「…じゃあ、私はやります。クレアさんが無理って言ったことを。」
アリスの言葉が背中越しに聞こえる。
勝手にすればいい。自分は知ったこっちゃない。
そう思うと、クレアはアリスを無視して教室を出た。-
-そして、今に至る。剣の従兄妹2人は人目に付かない場所に結界を貼り、判然を確保した。
とりあえず、助けが来るまでは大丈夫だろう。
サタン達のことだ。すぐに来てくれる。ルシフェルの方が先に来てくれるかもしれない。
本当に全員に処置を施そうと、アリスはしていた。
全ての教室に入り、丁寧に全員に処置を施している。
「…馬鹿でしょ。」
そんなことする暇があるなら、自分の身の安全を確保する方が先だ。
クレアはそう思いながら、アリスの姿を見ていた。
その時だった。
アリスのいた教室の窓が割れる。
窓の外からは、1人の背中に翼が生えた男が宙を飛んでいた。
「貴様が、“神の右腕”の所持者か。」
そう言うと、左手をアリスに向けて掲げる。
そうだ、逃げればいい。別にここで逃げたところで誰も何も言わない。
どうせ、戦う力なんてないただの少女なだけなんだから。
クレアはアリスを見ながら心の中でつぶやいた。
しかし、アリスは処置を施していた生徒の前に立つと逃げるどころか守ろうとしていた。
「逃げぬか…。」
男はニヤリと笑うと、アリスに向けていた左手から魔力の球体を出した。
「…やっぱり、あんたのことは嫌いだ。」
クレアは自然とアリスの前に立っていた。
「…だけど。弱者が強者に虐げられるのを見るのはもっと嫌いだ。」
そう小声で言うと、男の放った球体を蹴り返す。蹴り返した球体は男に直撃して、校庭の方に墜落していく。
クレアはそのまま割れた窓から出て行こうとする。
そして、アリスの方を一度振り向いた。
「まあ、逃げなかったのだけは褒めてあげるわ。私は私のすることは終わったから。私が時間稼ぎしている間に、精々頑張ることね。」
そう言うと、クレアは窓から飛び降りた。




