大天使と魔術師
アリスの護衛が付いて、数日が経った。
今のところ、アリスはもちろん一緒に同じ小学校に通うクレアにも特に何も問題なく日常が進んでいる。
護衛役の3人もとりあえずは1週間を目途にして再び帰る予定らしい。
ルシフェルの方もアリスとはもちろんクレアとも仲良く過ごしているらしい。
基本的には霊体化していて、俺達以外には姿を見せないようにはしてもらっている。
ただ、時々俺の部屋に現れたりと神出鬼没で心臓に悪い時がある。
「よう、“神の右腕”の持ち主はどうなんだ?」
部活の朝練が終わり、教室に行く前に水分補給と自販機の前でどの飲み物を買うかを物色していた俺に聞き慣れた声がする。
「どうもこうもないよ。元気に楽しく俺の近所の小学校に通っているよ。」
朝の時間もあり、登校してきたばかりの学生の声が響いている中で俺は答える。
大天使サリエル、の仮の姿をしている佐藤凛が自販機の前にいる俺の隣に立っていた。
「仮にも神を形成する一部の頭脳と右腕を持っている人間が揃って学生とか世も末だな。」
「仮にも大天使を自称する男が日本の高校に通っている姿には何のツッコミもないんだな。」
佐藤に対して俺は呆れながら言い返す。
ブーメラン、という言葉があるが今のお前にピッタリだぞ、と言ってやりたい。
「で、その保護者はどうなってるんだよ?」
俺がペットボトルの水を買った隣で、缶に入ったコーラを買っていた佐藤がさらに俺に尋ねる。
「…保護者?」
「お前も知っているだろ。ルシフェルの話だよ。」
佐藤が何を言っているんだ、といった風に俺を見てくる。
そう言えば、ルシフェルもいたなと思い出した。
「保護者って…。というか、お前どこまで知っているんだよ?」
「そりゃあ、もちろんお前にここ数日あった出来事は全部知っているぞ。まさか、ルシフェルが出て来るとは想像出来なかったけどな。」
そう言うと、佐藤がコーラを一口飲んだ。
「ルシフェルとは面識はあるのか?」
俺は、佐藤の顔を見ながら尋ねる。
「いや、ほとんど会ったことない。だから、まともに喋ったこともないな。そもそも、俺や天馬よりもさらに前に生まれたような女だからな。堕天したのは知っていたが、まさか“神の右手”の一件に関わっていたとはな。」
「ルシフェル的には関わっていたというより、植え付けられたことを後で知ったからアリスちゃんを日本に連れて来たみたいな話だったぞ。」
「どうだか。あれはあれで色々と隠しごと多そうだからな。」
隠しごとまみれで常に何か企んでそうなお前がそれを言うのかといった気持ちだ。
お前こそ、どこまで色々知っているんだと聞いてやりたい。
まあ、聞いたところで言わないことは分かり切っているが。
「それ、あなたが言うとか中々のジョークよね。」
そんなことを思っていると、これまた聞き覚えのある声が聞こえる。
振り向くと、天馬が立っていた。
「今日は随分と早いんだな。いつも、朝礼ギリギリに来ることが多いのに。」
俺は、天馬に言う。
「余計なお世話よ。今日は早い時間に目が覚めたからよ。そんなことより、また何か吹き込まれてるの?」
フン、と鼻で笑いながら天馬が俺に言う。
吹き込まれてる、とは中々の言われようだ。
「ルシフェルと例の右手の所持者の話してただけだよ。」
佐藤が心外だな、と言わんばかりに天馬に言う。
天馬は首をすくめた。
「…どうだか。また、何か企んでそうじゃない?」
ギロリと睨みながら佐藤に天馬が言う。
「何だ、悪役同士の座談会でもしてるのか?」
天馬の後ろから制服姿のサタンが現れた。
後ろにはルルとルミナ、そしてリヤドが立っていた。
サタンは背後から天馬の肩を掴んでいた。
「触らないで欲しいんだけど…。」
天馬が少し嫌そうな顔をする。
「おっ、それは悪かったな。」
サタンがニヤリとわざとらしく笑うと、肩から手を離した。
どうもこの2人は最初の出会いが出会いなだけあって、あまり仲がいいようには見えない。
「座談会とは随分と言ってくれるじゃないか、人類最強様よ。」
佐藤が嫌味たっぷりにサタンに言う。
サタンは、天馬のように佐藤に対して鼻で笑いながら言い返す。
「事実だろ。うちの仲間に変なことを吹き込まないで貰おうか。」
そう言うと、俺の方を見てくる。
そう言えば、サタンにしてもルルにしてもルミナにしてもリヤドにしてもまだカバンを担いでいる。
どうやら、登校して来たばかりのようだ。
部活の朝練がある日は俺は少し早く出るが、サタン達は比較的ゆっくりと出ることが多い。
「アリスちゃんとルシフェルのことを聞かれただけだよ。」
俺はサタンに言う。
「…どうだか。そこの自称大天使女じゃないがまた色々と企んでいそうであまりいい気分じゃないんだよな。」
少しだけ嫌な表情を佐藤に見せた。
「おいおい、酷い言われようだな。こう見えても善良な男子高校生なんだぞ。」
ヤレヤレと首を横に振る佐藤。
そういう、演技染みたことをするから言われるのだろうと言いたい。
「とりあえず、変なことを吹きまれないように剣さんはこっちに来ましょうね。」
ルルが俺の左腕を掴むと、3人のいる方へと引っ張る。
「随分と嫌われているわね。まあ、当然と言えば当然かしら。」
天馬がニヤニヤしながら佐藤に言う。
「全くだぜ。俺が何をしたって言うんだよ。」
「自分のこれまでの行動を振り返ることだな。」
サタンが言い返す。
正直、自販機を占領している形で段々と申し訳なくなってきた。
「そういえば、凛君じゃないけどルシフェルは大丈夫なの?」
天馬が俺に尋ねる。
「まあ、大丈夫だと思うよ。とりあえず、アリスちゃんといる限りは敵対することとかはなさそうだし。」
恐らく、ルシフェルにとってアリスという存在が一番大事なのだと思う。
そこさえ気を付けていれば大丈夫だとは思う。
「どうでしょうね。まあ、お姉さまへもかなり忠誠心高そうですからそういう意味では、まあ戦うという話にはならなさそうなので安心していますけど。」
ルルも口を挟む。
ルルとしては正直、ルシフェルと戦うことは避けたいらしい。
勝てるビジョンが一切見えない、と言っていた。
「随分と弱気じゃない?」
天馬がニヤリとした表情でルルに言う。
「別にそんな挑発をされたところで乗りませんよ。勝てるイメージが湧かないんですから、当然です。私は勝てない戦いは極力しない考えなので。」
「相変わらず、安定志向だな。」
サタンがルルにツッコむ。
ルルはチラリとサタンを見上げた。そして、ため息をつく。
「お姉さまが猪突猛進しすぎなんですよ。ちゃんと、相手と状況を分析した上で作戦を建てることが大事なんです。いけませんか?」
「いや、大事だと思うぞ。」
サタンがニヤリと笑ってルルに言う。
ルミナとリヤドはそんな2人の姿を後ろから眺めながら立っていた。
「まあ、大丈夫そうなら別に私は何も言うことはないわ。精々、ルシフェルとも仲良くやってちょうだい。私は、あまりあれと関わりたくないのよね。元々、天界のことなんてナニソレ状態で堕天したようなモノなんだから。」
「嫌いなの?」
「別に嫌いとかそういう感情はないわよ。ただ、特に話すことはないってだけの話。ただ、実力は確かだから敵にしないようにはした方がいいわよ。」
天馬が俺達に言う。
「そこだけは同意だな。あれの持っている魔術と戦うとか流石に俺でもビビるわ。」
佐藤がニヤニヤとしながら天馬の言葉に続ける。
俺はサタンを見る。サタンは俺の視線に気づくと、首をすくめる。
「心に留めておくよ。」
サタンは2人にそう言うと、俺達にもう行くぞと合図を送った。-
-昼休みになり、昼食を食べ終えてクラスの男子生徒で集まっていた席から離れて自分の席に弁当箱を持って行く時だった。
サタンの方も食べ終えたのか、弁当箱を片付けてクラスメイトと楽しそうに会話をしていた。
そんな時だった…。
俺は、自宅の方向から凄まじい魔力の気配を感じ取った。
まるで、数週間前にルミナと共に巻き込まれた天使達との戦いと同レベルの魔力である。
俺は、サタンの方を見た。
サタンも同じく感じ取ったのか俺に目で合図を送る。
サタンがクラスメイトに適当に席を離れる言い訳をすると、すぐに立ち上がる。
俺はそれを見ると、先に教室から出る。
「今の何だったんだ?」
小走りで走る俺に追いついてきたサタンに小声で話しかける。
「分からん。ただ、明らかに場所はアリスとクレアのいる小学校だ。」
場所まで特定しているとは流石だ。
俺では、方向くらいまでしか分からなかった。
「お姉さま!」
下駄箱に行くと、すでにルルとルミナとリヤドがいた。
「早いな。」
サタンがルル達に言う。
「多分、感覚的に大天使レベルの気配です。」
「ルシフェルとはまた違うの?」
ルルの言葉に俺は聞き返す。
ルルは無言で頷く。
「はい、ルシフェルさんの魔力ではないです。別の誰かですね。」
「どうする?」
サタンがさらにルルに尋ねる。
ルルは少し考えると、考えがまとまったのか話し始めた。
「剣さん、この学校で人目に付かない場所はありますか?」
「まあ、あるけど。そこ行ってどうするの?」
ゴミ捨て場とか行けば、今の時間なら誰もいないとは思う。
でも、そんな場所に行って何をしようというのか。
「今から、2人の小学校まで転移魔法で一気に飛びます。それを人目の付かない場所でやりたいだけです。」
「なるほど、そういうことか。」
俺は納得すると、こっちだと先に走り出す。
「小学校まで転移するのはいいが、その後はどうするんだ?」
サタンが走りながらルルに尋ねる。
「とりあえず、アリスさんの確保を優先しましょう。クレアさんなら自分の身くらいは守れますし、剣さんの従兄妹の方々の安全はある程度任せられます。」
そういえば、あの小学校には俺の従兄妹達も通っていた。
安否が気になるところだ。ただ、クレアには何かあったら頼むとは事前に頼んではいるから、そこは多少は大丈夫だとは思っている。
俺達は誰もいない校内の裏にあるゴミ捨て場に着いた。
ルルは俺とサタンとルミナ、そしてリヤドを一ヵ所に集めると魔法陣を書き始めた。
「一応、小学校の方にはすでに転移魔術の登録はしてあるので消されているとかが無ければ大丈夫だと思います。」
魔法陣を書き終わった、ルルが俺達に言う。
俺達が頷くのを確認すると、ルルも魔法陣の中に入る。
「では、行きますよ。」
ルルはそう言うと、両手を組んだ。




