堕天使・ルシフェル
リヤドの部屋に、突然天から舞い降りて来た女性を連れて来ると、一同全員が女性に視線を向ける。
ピンク色のサタンと同じくらい腰まで届くレベルの長さの髪をしていた。そして、着ている服はと言うとギリシャ神話とかそんな感じの昔の絵とかに描かれていそうな白い布地の服を纏っていた。
正直、服を着ているというよりは布を巻いているといった表現の方が正しいのかもしれない。
その女性は俺達の視線を特に気にすることもなく、床に座り、膝の上にアリスを乗せてその頭を撫でていた。
まるで、母親と娘の関係のようだ。容姿は全くと言っていいほど似ていないが…。
「誰だよ、これ。お前の知り合いじゃないのかよ?」
俺は隣にいるサタンに耳打ちする。
“サタン様”などと言っていた気がする。そして、明らかにサタンに対して頭を下げていた。
先程の状況だと、何かしらの関係があるとしか思えない。
しかし、サタンは首を横に振る。
「知らないな。こんな格好をした知り合いは私の記憶にはない。」
どうやら、本当に知らないらしい。
ルルもルミナもリヤドも、もちろんクレアも見たことも会ったこともない人間だからか、警戒心と共にいつこちらに攻撃を仕掛けて来ても大丈夫なように構えている。
しかし、問題はなぜかアリスがこの女性の膝の上に乗っているという状況だ。
あの後、自然な感じでアリスに近づくとまるで久しぶりに再会した近所の知り合いみたいな感じで抱きしめていた。
そして、とりあえずこのまま人目に付くのはまずいと言うこと、今に至る。
下手に刺激をして、アリスを人質とかに取られると面倒なことになる予感しかしない。
「で、そろそろ自己紹介をして欲しいのだが…。」
意を決したのか、サタンが女性に尋ねる。
女性の方もサタンの言葉に気づくと、膝の上に乗せていたアリスを解放する。
アリスはぴょこっと立ち上がると、再び俺達の方に戻って来た。
「そう言えば、申し遅れていましたね。私の名は、ルシフェル。始まりの大天使にして、今は堕天をした者にございます。」
丁寧な口調で、ルシフェルと名乗る女性が頭を下げる。
正直、その名前を知らないのだが、天使とかって今言っていたような気がする…。
俺以外の全員がその名前を知っているのだろうか。開いた口が塞がらない、と言った表情をしている。
俺は、近くにいたルミナに顔を近づけて尋ねることにした。
「…誰?」
「ルシフェルと言えば、聖書にも載っている大天使の1人ですよ。一応、私達の知っているガブリエルとサリエルと同格に並べられるレベルの存在です。」
ルミナが畏怖の表情をルシフェルに向けながら俺に教えてくれた。
ガブリエルとサリエルと同格?ナニソレ?じゃあ、相当凄い奴なのか。
ルシフェルは俺とルミナの会話が耳に入ったのか、ニコリとこちらを見て来た。
「おや、ガブリエルとサリエルを知っているのですか?」
知っているも何も、人間の姿で俺の通っている高校で楽しく高校生活をエンジョイしていますよと言いたい。
「まあ、色々あって。何なら、受肉?みたいなことをして俺とサタンの同級生としてこの日本で生活しているけど。」
ルシフェルは初めて聞いた情報だったのだろうか。少しだけ、驚いた表情を見せた。
「それは、それは…。受肉なんてまた面倒なことを。まあ、天界がどうなっているかは今の私にはさっぱり分かりませんが。元気そうなら何よりですね。」
「知り合い、って認識でいいんだよな?あの2人とは。」
俺はルシフェルに更に尋ねる。
「はい。それこそ、私が生まれた遥か後に生まれた存在ですからね。こちらの世界?で言うならば、先輩と後輩と言った関係でしょうか?まあ、私自身は天界の管理にはほとんど興味はなかったので大して関わりはありませんでしたが。」
ルシフェルは穏やかな表情を崩さぬまま、俺の質問に答える。
遥か後がどのくらい後なのか、とかそもそもあの2人は実年齢何歳なんだよと色々ツッコミたいことはあるが今は話が進まなさそうなのでやめておくことにしよう。
「その始まりの大天使様とやらが何でこんなところに来たんだ?まずはそこから知りたいのだが…。あと、私のことを知っているかのような口ぶりなのも気になる。」
サタンが俺とルシフェルの会話が終わったのを見計らったかのように本題に入ろうとした。
「そうですね。では、まずはお礼をしないといけませんね。」
そう言うと、ルシフェルの視線はアリスに向いていた。
俺達も一斉にアリスに視線を向ける。
「アリスちゃんを引き取っていただき、ありがとうございました。」
そう言うと、再び深々とお辞儀をした。
引き取っていただき、とはどういうことだろうか。
俺はアリスを再び見る。アリスの方も何が何だか分からないと言った表情だ。
「アリスちゃん。あなたに植え付けられた“神の右腕”。正直、それがあなたの体にあるのは私の不手際から起きたことと言っても差支えがないんですよ。」
突然、よく分からないことを話しだすルシフェル。
ルシフェル以外の全員が状況を上手く理解出来ていない状況だった。
「すみません。話の腰を折るようで申し訳ございませんが。私達にも分かるように一から説明をしてもらってもいいですか?」
我慢の限界とばかりにルルがルシフェルの話を遮るようにして、口を挟む。
ルシフェルはそれもそうですね、と小声で言った。
「では、軽く一から説明をしましょうか。正直、全部話すと1日では終わらないような話なので。」
「正直、夜も遅いから出来たら簡潔に話を終わらせて欲しいかな。」
俺は申し訳なさそうにルシフェルに言う。
本当なら、全員夕飯の時間だ。俺も少し、リヤドの家に用事があるからと両親に言ってこちらに来たのだ。
あまり遅くなると、夕飯が冷めてしまうと怒られてしまう。
「承知しました。では、なるべく簡潔に話すとしましょう。」
そう言うと、ルシフェルは改めて姿勢を正す。
「まず、光属性と闇属性の2つの魔術の関係性の話から軽くしましょう。」
これ、本当に簡潔に終わるのかなと俺は思った。
とりあえず、出来たら1時間くらいで終わって欲しい。
「光属性と闇属性の魔術は本来、同時期に1人ずつにしか発現しないモノです。そして、この時代の発現者として存在しているのがサタン様と剣様の2人です。」
ルシフェルが俺とサタンを交互に見ながら言う。
「この時代?そうなると、もちろん前任者を知っているということか?」
サタンが聞き返す。
ルシフェルは無言で頷く。
「そうですね、そしてかつて光属性の魔術を持っていた者の名はサタン。あなたと同じ名を持つ者です。」
その言葉にサタンは特に驚いた表情を見せていなかった。
正確には俺とアリス以外の全員だが…。
「まるで知っていました、みたいな顔だな。」
俺はサタンに尋ねる。
サタンは俺の方を見ると、ルルに目線で合図を送った。
「古い魔術書に書かれている伝説的な話ですからね。魔術師なら大抵の人間は知っているような有名な話です。そして、そのサタンと呼ばれる存在の隣で共に戦ったのが闇属性の魔術を持っていたと言う逸話があるんですよ。」
ルルが俺に説明を補足する。
ルシフェルは話が終わるのを待つと、再び説明を続ける。
「はい。その通りです。ちなみに、最初に光属性を発現した者。こちらを初代サタンとしましょうか。本来は、あなたで2人目だったはずなのです。」
ルシフェルがサタンを見つめながら言う。
「そもそも、私の名前の由来がそこから来ているんだろ。物心がついた頃にお父さまから聞いている。」
サタンはルシフェルを見下ろしながら、言う。
しかし、俺はルシフェルの言葉の1つが気になった。“本来”と言うことは、想定外のことが起きたということだろうか?
「そうです。本来ならば、2人のサタンが生まれるはずだったのです。しかし、ここで生まれるはずがない光属性を持つ者が生まれたのです。それも人間に…。」
ルシフェルはそう言うと、アリスに少しだけ視線を向ける。
そして、軽く微笑んだ。
「その者の名はマリア。人間の身にして神になろうと画策をしている存在です。」
また、新しい登場人物が現れた。
正直、これ以上登場人物を増やすのはやめて欲しい。
俺の記憶容量が破壊される気がする。
「している、と言うことは現在進行形で生きているということですか?」
ルミナがルシフェルに尋ねる。
「そうですね。まあ、あの女が今どのくらい生きているのかは定かではありませんが。正直、最後に顔を見たのも何千年も前の話ですので。」
どうやら、マリアは女らしい。と言うより、話のスケールが千年単位なのはバグだろと言いたい。
「そのマリアと言う女とアリスさんがどう繋がるのですか?」
ルルがさらに尋ねる。
ルシフェルはルルを見ると、アリスの時と同じように微笑んだ。
「むしろ、あなたにも関係がある話ですよ。“神の頭脳”を持つ少女さん。」
そう言うと、ルシフェルは立ち上がるとアリスの前へと歩いて来た。
そして、アリスの前で膝を着くと、小柄なアリスに視線を合わせるようにして話す。
「あなたとアリスちゃん。お2人に植え付けられたのはどちらも本来は、我々が神と呼ぶ存在が所持している物なのです。マリアはそれを天界から盗み、適性のある人間に植え付けたのです。」
アリスとルルを交互に見ながら、言うルシフェル。
ルシフェルの視線は俺とサタンに向く。
「私はかつて、サタンと呼ばれし方とその隣で最後まで付き添った男の2人と共に天界で過ごしてきた過去があります。故に、2人目の顕現者であるお2人の存在を待っていました。」
そう言うと、ルシフェルは再び俺とサタンに対して頭を下げる。
そして、頭を上げるとルルとアリスを見る。
「本来、発現するはずのないマリアと言う異分子の存在によって“私達”の天界は滅茶苦茶にされました。だから、私は嫌気がさし堕天をしたのです。」
ルシフェルは一通り話したのか、軽く息をつく。
俺は、そんなルシフェルを見て、1つの質問を尋ねた。
「じゃあ、最後に聞きたいんだけど何でアリスちゃんに日本に行くように言ったのさ。」
恐らく、アリスの聞いた声と言うのはこのルシフェルと言う女の声なのだろう。
今までの会話から、何となく想像出来る。
「精霊魔法とエルフの真祖の血を引いて、自分で身を守れるこの子と違って、私が止められなかった影響でただ道具としてしか生きる道しか存在しなかったであろう存在への贖罪、ですかね。」
そう言うと、ルシフェルは不思議そうな目で見つめてくるアリスの頭を優しく撫でた。




