魔力のない少女
「聞いたか、ランスフォード家の娘。魔力が一切ないらしいぞ。」
「現当主はかなりの実力者だが、あれが後を継いだらランスフォード家ももう終わりだな。」
「妹が逆にあのサタン・ウィザードに匹敵するレベルの逸材なのが余計に…。」
何度聞いてきたセリフだろうか。
これが、走馬灯と言うモノだろうか。脳裏に散々聞いてきた言葉が浮かび上がる。
どうせ、走馬灯が走るならいい思い出が浮かんで欲しかった。
まあ、そもそもいい思い出なんてあるのかと言われたらそれまでだが…。
生まれた私には本来あるはずの魔力も刻み込まれているはずの魔術も一切なかった。
あるのは、魔力を持つはずだった人間にのみに発動すると言う特殊体質。
人間離れした身体能力を持って生まれた私にとって、魔術師として生きていく術はほとんどなかった。
あるにはある。その身体能力を限界まで鍛えると言う雲を掴むような話。
じゃあ、鍛えればいいじゃないかと知らない人間は言うだろう。そんな単純話ではない。
魔術師が当たり前にしている魔力での身体強化を素の肉体で魔力なしで行うのである。
例えたら、ソフトを差さないでゲーム機でゲームをするようなモノだ。最初から立っているスタートラインで私は遥か遠くからのスタートであった。
それでも、まだ小さい頃はランスフォード家の人間はそれなりに優しかった気がする。
魔力がなくて魔術師として使えない人間でも、現当主である母の唯一の子供なのだから。母が継がせないと言わない限りは私がなることになる。
“別に魔力がなくてもいいじゃないか。お前が生きたい人生を歩みなさい。”
母と亡くなった父からよく言われた言葉だった。
ただ、その言葉は恐らく私にとって呪いのようなモノだったかもしれない。
私に魔力がなくて生まれたから、2人に苦労をかけてしまっていると。
母と父の血を受け継いで魔術師として強い素養があればそんな苦労をかけなくて済んでいたのに、と。
だから、私は魔術師として生きる道を選んだ。
母と父の子供として、例え2人がそれを望んでいなくても。私には生きる道はそれしかない。いつか、強くなればみんな認めてくれるんだ、と。
「誰かに認められたいとか、それしかないとか考えて生きるのって辛くないのか?」
初めて会った、サタンから言われた言葉だった。
多分、ウィザード家との顔合わせのパーティーの時だっただろうか。
ただでさえ、噂が広がっていた私は物珍し気な視線に耐え切れずに母と父に適当な理由を言ってパーティーを抜け出していた。
人と話すより、花を眺めていた方が幾分かマシだと思ったからだ。
「だって、私はお母さまとお父さまの娘だから。いつか、ランスフォード家の当主になることが決まっていますから。」
私はそれが当然だとばかりにサタンに答えた。
隣にはサタンの陰からルルが覗いていたような気がする。
「別にそれを強要されているわけじゃないんだろ。なら、悪く言う奴らなんてぶん殴って好きに生きたらいいのに。」
そんな無茶苦茶なことを言ってきた。
そう言えば、今も変わらないなと思う。
でも、当時から今でも思っている。それはあなたが強いから、だと。
光属性魔術を刻み込まれた数1000年ぶりの逸材だったか。よく、ランスフォード家でも大人達が話していたのが耳に入っていた。
きっと、凄い人なんだろうなと思っていた。
実際、会ってみると自分が一緒にいていい人間なんかじゃないと思えるようなオーラを放っていた。
だが、サタンはそんな私に手を差し伸べてきた。
「どうせ、1人なんだろ。私、同世代の友達って全然いないからさ。妹のルルと一緒に仲良くしてよ。」
この人は何を言っているのだろうと思った。
あなたの目の前にいるのは魔力も魔術も持っていない落ちこぼれなんだ、と。
一緒にいていいような存在じゃないんだ、と。
きっと、何かの気の迷いか何かだろうとその時は思った。その後のことはあまり覚えていない。多分、何も言わずに逃げたのだろう。
ここは、私のいていい場所じゃないと。
だが、次の日だった。突然、サタンがルルを引き連れて私の家にやって来た。
突然、何の前触れもなく来たサタンに家が大騒ぎになっていたことを覚えている。
理由を聞くと、私を遊びに誘いに来たと言っていた。
この人は何を言っているのだろうか。私は、部屋に引きこもっていたことを覚えている。
教育係のシェフィールが母から命じられて、私を無理やりサタンの前に引きずるように連れてこられたことは今でも覚えている。
ただ、その日は何をして遊んだかは覚えていない。正直、この少女が何を考えているのか分からなくて怖かったのだろう。
その日から、暇を見つけては私を遊びに誘いに来るようになった。そして、隣には必ずルルがいた。
年齢的にはルルと同い年だから、比較的話すことはルルとの方が多かった気がする。
正直、年の割には凄く大人びていて、どこか悟ったような女性だと思った。今でも同じ思いだが…。
少なくとも、サタンとルルといる時はどこか楽しかった。
家では、常に誰かの視線を気にして生きていたからだ。
正直言って、母や父。そして、教育係のシェフィールだって優しくしてくれていてもきっと心の中では出来損ないなどと言った思いがあるのだろうと勝手に思っていたからだ。
ほとんど、誰とも話さずに常に自分の部屋で本を読んで、そして木刀を振るっていた思い出しかない。
「お前って、なんかすごい暗いよな。」
いつだろうか。出会って、数ヵ月経ってサタンとルルと2人でピクニックに行った時に言われた言葉だった。
ピクニックと言っても、ウィザード家の庭でウィザード家の給仕が作った弁当を食べただけだったが。
「…そ、そうですかね。」
「うん、凄く思う。ルルの方がまだマシに思える。」
「私、そこまで暗くないですけど。流石に人と会話くらいはまともに出来ます。」
ルルが心外とばかりにサタンを睨んで言った。
数ヵ月も経つとルルともすっかり会話出来るようになっていた。
最初は大人しい方かと思っていたが、割と辛辣なことをちょくちょく言う人と言う評価に変わっていた。
その評価は今、現在においても変わっていない。と言うよりも、昔よりも更に私に対して辛辣になっている気さえする。
「せっかく、顔は可愛いのに。もっと愛想振りまいていれば、評価も変わりそうだけどな。まあ、別に他者の評価なんて私は気にならないから別にどっちでもいいが。」
「サタン様って、基本的に他人からの評価をあまり気にしないですよね。自分を変えない、みたいな。」
サタンに私は言った。数ヵ月も経つと、だいぶ話せるようになっていた。
正直、同世代のランスフォード家の子供からは親世代の大人達から疎まれていることでほとんど近づかれることはないから、年が近い女性と話せるようになったのは多少の成長なのかもしれない。
「まあ、私は私だからな。」
「強いんですね、サタン様は…。」
私は、思ったままの感想を述べた。
この人のこういった感性は絶対に私にはないものだと思う。
「まあ、実際私は強いからな。でも、ルミナだってそれなりに強いだろ。武術の腕なら同世代で抜きん出てるとは聞いてるぞ?」
サタンが私に言う。
武術の腕に関しては、確かに上達していた。恐らく、同世代の中では一番だろう。
だが、結局魔術師として戦う際にそれが必要となるのは魔力、そして魔術が使える前提の話の場合だ。
所詮は魔力も持たないからな、と大人達からは相手にもされない。唯一、母と父そしてシェフィールくらいだろうか。褒めてくれるのは。
「そうですね。でも、サタン様の方が恐らく武術の腕も上だと思いますよ。」
私はそう言うと、手に持っていたサンドウィッチを小さく齧る。
サタンは残り一口となったサンドウィッチを口に頬張った。
「相変わらず、誰かと比べたりする女だな。そもそも、何でランスフォード家の当主になりたいんだ?」
初めて会った時と同じような質問をされた。
私は言葉に詰まった。正直、何で目指しているかなんて分からなかった。
多分、ここでやめたら無駄になってしまうから?母と父を落胆させるから?やっぱり所詮は出来損ないか、と周りの大人達から陰口を言われるのが嫌だから?
私の脳裏にいくつかの理由が浮かんでいた。
「…怖いから。もし、諦めて周りから誰もいなくなるのが怖いから。」
私は絞り出すような声で言った。この会話に興味なさそうなルルが少しだけ、私に視線を移していた。
「別に、私達は一緒にいると思うがな。お前が自分からこの関係を断ち切らない限りは。」
サタンは当然と言わんばかりの表情で私に言う。
その瞬間、私の中で1つの夢が沸き上がった。
この人達より強くなる、と。強くなれば、この人達の隣でずっといられるんだ、と。
唯一無二の私の居場所を失わずに済む、と。
だが、それをこの2人にはその時は言わなかった、いや、今も言っていない。
無理だと分かり切っている夢だと自分でも思っているからだ。
それでも、半分以上呪いになりかけていたランスフォード家の当主と言う単語に少しばかりの光を持たせた気がした。
そして、10数年が経った。
恐らく、その夢は今も変わっていない。でも、同時にこうも思う。
どこかで踏ん切りが必要だ、と。
分かっていた。あの2人より強くなるなんてことが無理だと言うことに。
追いつくことすら無理だろう。それくら、あの2人は突出している。
人類最強と呼ばれ、この年ですでにいくつか任務も1人でこなしている。
自分はと言えば、それを話で聞くだけ。任務の話すら来ない。
そして、妹であるクレアの存在だった。
サタン達と出会い、リヤドも加わって数年が経った頃だろうか。私に妹が生まれた。
ランスフォード家全体が歓喜していたことを今でもしっかりと覚えている。
“あのサタン・ウィザードに並ぶ才能がある”
母と同じ雷の属性を持つ魔術が刻み込まれ、魔力量もランスフォード家歴代最強と呼ばれていた母以上のモノを持って生まれた妹。
大人達がこぞって、母に次期当主の座をクレアにするべきだと言い始めた。その声は、嫌でも私にも聞こえてきた。
私は必要のない人間なんだな、と改めて理解出来た。
そして、クレアの生まれたのと同時くらいに体が弱かった父が亡くなった。ウィザード家の現当主のキールの弟と言う立場故に母と共に私を守る存在であった人物がいなくなった。
自然と家の中ではシェフィールとばかりいるようになった。救いだったのはクレアが姉の私になぜか懐いてくれたことだろう。
自分の方が明らかに実力が上だと言うことは周りの評価でも分かっていたはずだ。
大人達はクレアが私を慕っていることを苦々しく思っていた。
それもあってか、サタンとルルとばかり行動を共にすることが増えた。
人とあまり関わりたくない性格は加速し、中学時代にはイジメの対象にもあった。
そして、イジメも収束して1年程経った時だろうか。
日本に任務のため、数日旅立っていたサタンから連絡が届いた。
“面白い男と出会った”
正直、私は自分の居場所が取られるのではないかと怖かった。
唯一、私が私でいられていると思える場所。
私はその元凶の神野剣、という男に出会った。
どこにでもいそうな普通の少年だった。仮にも、魔術を扱う者ならばウィザード家のサタンと聞けば誰もが一度は気が引けてしまうような存在。
そんな存在に対して、物怖じすることもなく失礼極まりない言動で話していた。
多分、最初の出会いは最悪だったと思う。最初よりはマシになったとは言え、今でも顔を合わせればお互い言い合ってしまう。
正直、何でこの男はこうも失礼なのだろうと思う時がある。
言動は品性のかけらもなく、私の唯一無二の居場所に土足で入り込んでくるような男。
“凄いと思うけどな、毎日毎日飽きもせずに”
ふと、ある言葉を思い出した。
そして、泥だらけになりながら私を守るために命を懸けている男を見た。
面倒ごとに巻き込まれたくない、と常日頃から言いながら何で今私を助けようとしているのか。
少なくとも、私を置いて逃げれば多少なりとも逃げれる確率は上がるはずだ。
馬鹿な男だな、と思う。
馬鹿で失礼で、そして変なとこでカッコつけようとする男。私の中の神野剣と言う男の評価だ。
でもそうだな、斬り捨ててくれるのだろうか。この男は、本当に。
私はそう思うと、持っていた刀を握りしめた。
母から渡された大切な刀。
“お前が本当に守りたいと思える人に出会った時にこそ、この刀は輝く”
渡された際に言われた言葉だ。
この男が守りたいと思える人?いや、絶対にそんなことはないだろう。
でも、少なくとも私を認めてくれようとした。私を命がけで守ってくれようとした。
その思いに応えないといけない。
私は、立ち上がるとふらつく体を何とか立て直す。
「声が大きいんですよ。鼓膜に響きすぎて、おかげで体力回復に時間がかかりました。」
私は、リカルドに斬りかかった。




