裏切者
初めて見る男だった。白髪の初老と言った雰囲気の男だろうか。
ルミナがよく着ているようなスーツ姿だった。そして、腰にはルミナのような日本刀ではなくサタンやリヤドが持っているような大剣を差していた。
「リカルド殿、どうしてこんな所に?お母さまからは何も聞いていませんが。」
ルミナが警戒しながら言う。
どうやら、ルミナの母の部下の人間らしい。
自分の母の部下と言うことはそれなりに知り合いと言う関係だろうに随分と警戒心が高いなと思う。
「確かに、ハク様に何も言わずに来たことは謝らなければなりませんな。」
そう言うと、リカルドと呼ばれた男の姿が消えた。
そして、ルミナの目の前に突然立っていた。
「ですが、その必要はありません。」
俺は、その瞬間ルミナを抱きかかえたまま地面に転がる。
顔を上げると、ルミナの立っていた場所にリカルドが抜いた大剣が突き刺さっていた。
「ふむ、勘のいい小僧だ。貴様が噂の神野剣とか言う小僧か。」
先程の丁寧な口調はどこに行ったのか。
明らかにリカルドの目は人を殺す目をしていた。
「ありがとうございます、剣殿。」
ルミナはそう言うと、立ち上がった。
俺も立ち上がると、黒い空間を出しルミナの刀を出して渡した。
ルミナはその刀を受け取ると、いつでも刀を抜ける準備をした。
俺も自身の大剣を出すと、鞘から抜き、鞘を地面に放り投げた。
「誰だよ、あれ。知り合いじゃないのか?」
「そうですね、一応は今のところはまだ知り合いと言う部類に入ると思いますよ。」
ルミナが静かな口調で言う。
そして、対峙しているリカルドに対して言う。
「どういうつもりですか、リカルド殿?いくら両親の代からの臣下とはいえども、場合によってはそれ相応の処置が下されるかと思いますが?」
ルミナの声が誰もいない冬の夜に響く。
リカルドは、不敵な笑みを浮かべていた。
「どういうつもり、か。フフフ。いつまで、次期当主面をしているのやら。」
次の瞬間、リカルドが刀を構えると俺へと斬りかかって来た。
反応が遅れた俺は、確実に最初の一歩が遅れた。
カキンッ!!!
乾いた金属音が響く。
俺は目を開けると、ルミナが目の前に立ちリカルドからの一撃を防いでいた。
そして、鞘を持っていた左手で俺を突き放すと、右足でリカルドを蹴り飛ばした。
俺は後ろに下がり、体勢を整える。同じく、距離を取ったルミナが俺の前に立つ。
「ごめん、助かった。」
俺は少し小さな声で礼を言う。
「大丈夫です。リカルド殿。一応、この方はサタン様の仲間の男です。その男に手を出したと言うことは明確な裏切り行為と見てよろしいのですね?」
ルミナは俺を一瞬見た後、リカルドに再び問いかける。
「裏切り、か。確かに貴様からすればワシの行為は裏切りになるのだろうな。だが、安心するといい。すぐに、貴様の母も同じ場所へと向かわせてやろう。」
リカルドはそう言うと、指をパチンと鳴らす。
すると、空間が歪み始めた。
「結界…?」
俺は空を覆う空間を見上げながら呟いた。
「最悪ですね、完全に外との通信すら防がれました。もっと、厄介なのは…。」
ルミナはそう言うと、リカルドの動きに警戒を強める。
「あの男は結界術を使えなかったはずです。誰かしらの協力者が1人もしくは複数人いると思います。」
ルミナは刀を構える。俺も同様に刀を構えた。
外との通信を防がれたとなるとサタン達がすぐ助けに来る可能性はほぼないだろう。
加えて、協力者までいるとなると2人で何とかなるのか…。
「リカルド殿、私からすれば裏切りに見えると言いましたね。どういうことでしょうか?」
ルミナが先程のリカルドの放った言葉の部分が気になったのか聞き返す。
確かにそこは俺も気になった。
「ふむ、何も知らぬようだな。まあ、仕方がないことだ。簡単な話さ。貴様ら母娘を殺し、ランスフォード家はウィザード家より離脱すると言うことだ。」
「それを私はもちろん、お母さまが許すとでも?」
「許さぬであろうな。だからこそ、まずは貴様を殺す。その上で、交渉は持ち掛けるさ。強き者を次の当主とすれば地位は確保する、とな。」
リカルドは頬に生えている髭を触りながらルミナに言う。
「強き者…?」
ルミナが先程の強気な声からトーンダウンしたような声になる。
ルミナの横顔を見ると、下唇を噛んでいるように見えた。
「ルミナ様、あなたもよく知る人物だ。妹のクレア様のことだ。」
リカルドは冷たい目で言い放つ。
でも、ルミナの話だとクレアって…。
「あのクレアがそれを承知するとは思えませんが?」
ルミナも同じことを思っていたのだろう。俺と同じ疑問をリカルドに言う。
リカルドは先程からの不敵な笑みのまま答える。
「だから、言ったであろう。交渉だと。決裂すれば、母も妹も揃って殺すだけさ。その為に、わざわざ手勢は本国に置いて1人で来たのだ。すでに、ランスフォード家の中にはワシの意見に同調する者が数名いる。ルミナ、貴様を殺し次第すぐに実行に移す。」
コイツら、クーデターを仕掛けようとしているのか。
ただ、そんなことすればサタンはもちろんその一家であるウィザード家だって黙っていないだろう。
いや、だからこそリカルドは離脱と言う言葉を使ったのか。
「なるほど。あなたが、私の次期当主になることに反対していたのは前から知ってはいました。ただ、まさかここまで分かりやすく行動に移すとは思っていませんでした。」
ルミナは握っている刀に力を入れると言葉を放つ。
「ワシだってここまではしたくなかったさ。仮にも親の代から仕えている家に対してな。だが、ルミナ。貴様が悪いのだ。貴様が魔力も持たずに、挙句の果てには長女として生まれたからな。」
なるほど、以前から聞いていたランスフォード家内でルミナを嫌っていると言う1人なのだろう。
「…私は。ランスフォード家の次期当主になる者です。少なくとも、あなたに何かを言われる筋合いはない!」
ルミナはわなわなと震えながら、リカルドに対して叫ぶ。
「貴様が強ければ何も問題なかった!だが、ザスティン家の小僧にすら遅れを取るような小娘を当主と認められるほどワシ達の心は広くないわ!ランスフォード家が魔術師として歴史が浅い家なのは貴様も周知の通りであろう。弱き者を当主としてさせれるほど、ランスフォード家に余裕などない。」
リカルドが同じように叫ぶ。
グッと堪えるルミナ。そして、俺の方に視線を移す。
「剣殿、これは私の家の問題です。とりあえず、逃げてください。この男は私が…。」
そう言うと、改めて刀を構え直す。
「逃げたところで逃げる場所なんてないだろ。それに、水臭いこと言うなよ。一緒に数日、仲良くした仲じゃないか。」
俺はそう言うと、大剣の剣先をリカルドに向けて突き刺す。
「その言い方やめてくれませんか?何だか卑猥に聞こえます。」
「流石にこの言葉で勘違いする奴なんていないだろ。それで変な想像したとしたら、相当の脳内ピンクだぞ。」
俺は呆れるようにルミナに言う。
「要はあれだろ?ルミナちゃんのことが気に入らないから殺しに来たってことでしょ。その割には俺を最初に狙ってきたのは気になるけど。」
明らかに最初のあの攻撃は俺を殺すつもりで来ていたように思う。
このリカルドと言う男はさっきから狙いはずっとルミナだと明言しているのにだ。
「貴様は別件で仕留める必要があるだけだ。何なら、逃げても構わんぞ?逃げられればだが。」
リカルドがあからさまに挑発するように俺に言う。
見慣れた結界なだけあって、逃げる場所なんてどこにもないことくらい俺にだって分かっている。
「本当に変な方ですね。面倒ごとは嫌だと言いながら、自分から首を突っ込む気ですか?」
ルミナが俺に言う。
「まあ、そうなんだけどね。」
俺は頭を掻くとルミナを見た。
ここ数日で妙な親近感と情が沸いてしまったなんて言ったところで、この負けず嫌いな少女が噛みついてくるだけだろうと思った。
少なくとも、この少女を見捨てて逃げるほど俺も人の心を失った気はない。
「ただの気まぐれかな。」
俺は思ってもいないことを口にした。
ルミナはそんな俺を見ると、フッと鼻で笑った。
「可笑しな人ですね。いいでしょう。確かに、逃げる場所なんてありませんから。」
そう言うと、ルミナは一呼吸を置いた。
そして、俺の方を振り向くとニヤリと笑う。
「足、引っ張らないでくださいね。」
「おう!その言葉そのまま返すぜ!」
生意気な少女に言い返すと、俺はルミナの隣に並んだ。
そして、不敵な笑みを崩さないリカルドを睨む。
明らかにルミナを小馬鹿にしたような顔である。
「リカルド!ランスフォード家、次期当主としてあなたを裏切者として処罰します!」
ルミナはそう言うと、俺がしたように刀の剣先を突き刺すようにリカルドに向けた。




