少女の決意
ルミナとの日課も1週間くらい続いただろうか。
部活のない日は、基本付き合っているがルミナは雨でなければ毎日のようにここに通っている。
よくもまあ、毎日飽きないものだと感心する。
俺は、その日もルミナと共にいつもの場所に来た。
ルミナが肩に背負っている荷物を降ろし、中から刀を取り出す。
そして、刀を地面に横に置き膝をつき祈りのポーズを取る。
俺は、そんなルミナの姿を数日前に聞いたばかりのサタンとルルとの会話を思い出しながら見ている。
「何をそんなにジッと見ているのですか?」
祈りを終えたルミナが俺の視線に気づき、尋ねる。
「毎日、毎日飽きもせずに同じこと繰り返してるんだなって感心してただけだよ。」
「ルーティンってそういうモノでは?」
「まあ、そうだけどさ。」
俺はそう言うと、軽く柔軟体操を始めた。
ルミナはそんな俺の横で刀を振り下ろしていた。
「逆に、剣殿こそよくこんなことに一緒に付き合ってくれますね。暇なのですか?」
チラリと俺を見るとルミナが言う。
「暇、って何だよ。そうだな、興味があっただけだよ。最初は何してるのかなって感じで。」
俺は、軽い柔軟体操を終えると立ち上がる。
「興味、ですか。」
「そう、興味本位。」
「やっぱり、暇じゃないですか…。」
ルミナが呆れながら言う。
「実際、凄いと思うよ。いつからしてるのか分からないけど、毎日毎日欠かさずしてて。」
俺は、地面に置かれている袋から木刀を取り出す。
そして、軽く素振りをした。
「これをしていて褒められたことなんて、お母さまを除いたら初めてですね。」
ルミナはそう言うと、小さな掛け声とともに刀を再び振り下ろす。
ここ数日、見慣れてしまった光景だがほとんど寸分違わずに同じ動きを繰り返している。
「私には、夢があるんです。」
突然、ルミナは何の脈絡もなく言ってきた。
「夢?大富豪になりたい的な?」
「いや、そういう夢じゃなくてですね。私は、サタン様の騎士になりたいんですよ。」
騎士?騎士って言うとあれか。お姫様を守る的なポジションの。
でもあれって女性がなれるモノだったか。
「まあ、確かに私は女性ですからね。でも、それくらいサタン様に認められるような存在になりたいってだけです。」
「それって、あっちの中学での事件と関係してたりするの?」
俺がルミナに尋ねると、怪訝そうな表情を浮かべる。
そして、何かを察したのか小さくため息をつく。
「サタン様ですか?それともルル様ですか?」
「両方から同時に聞いた。」
「あの2人は…。」
ルミナはそう言うと、黙ってしまい沈黙が広がる。
「俺も、中学時代にイジメられたことがあるんだよね。」
俺の言葉に、ルミナがえっと言った表情を見せる。
俺は気にせずに話を続ける。
「まあ、そこそこ前の話だからもう忘れたい話だけどね。理由は何だったかな。何かムカつくからとか言う訳の分からない理由で、急に当時の同学年の奴らから受けてさ。モノ隠されたりとか、暴力受けたりとか。」
「今はもう受けてないんですか?」
ルミナが尋ねる。
俺は小さく頷いた。
「数か月くらい続いて、仲良くしていた子がその子の母親に言ってさ。それで、うちの母親に教えて、母親が学校の方に連絡をして先生達が大慌てで対処して終わった感じかな。」
俺は、空を見上げながら話す。今となっては懐かしさすら覚える思い出だ。
「剣殿の学校って中高一貫ですよね。その人達とは今、どうしているんですか?」
「普通に喋っている。面白いよな。先生に怒られて、イジメやめたら数週間くらいして普通に話しかけてきた。まあ、単にストレス発散するための道具が欲しかっただけなのかね。」
「よく、普通に話せますね。私は、無理です…。」
ルミナが消え入りそうな声で言う。
「別にそんな大層な話でもないだろ。それで、こっちから無視する方がまた火種の原因になるんだし。相手が飽きて、普通に接してくれるなら別にどっちでもいいとは思っているけどね。」
俺はそう言うと、手持無沙汰になった木刀で地面をトントンと叩いた。
「剣殿って、心が広いんですね。私には無理です。私って、魔力が一切ないじゃないですか。だから、小さい頃から家の大人達から散々陰で言われてましてね。」
「それも、2人から聞いたよ。」
ルミナに言うと、でしょうねと小さな声が聞こえた。
「だから、見返したかったんです。いつか、強くなれば認めてくれるはずだって。魔力なんて無くてもそれを補えるだけのモノがあれば次期当主だと認めてくれるはずだって。」
でも、とルミナが話を続ける。
「武術の稽古で同世代の子供達に勝てるようになっても、家族以外誰も褒めてくれない。それどころか、魔力がない娘をいつまで次期当主に据えているんだって大人達がお母さま達に言い始めたんですよね。」
大前提として、魔力がなければ魔術師として認められない。
サタン達が言っていた言葉を思い出す。
「そんな時に、妹のクレアが生まれたんですよね。雷の属性を宿し、サタン様に匹敵するレベルの才能を持った子が。今でも覚えていますよ。大人達のあからさまな喜び顔を。これで、次期当主が私である必要がないって。」
「でも、今でも次期当主なんでしょ。」
「そうですね。妹が生まれた後、父がすぐ亡くなった後ですかね。お母さまが次期当主は私にする、って言い切ったんですよね。お父さまからの遺言だと言って。」
そう言えば、まだこの子のお母さんには会っていなかったなと思った。
会ったことはないが、きっといい人なんだろうなと思う。
「相当な反発があったみたいですよ。まあ、今でもよく思わない大人達は多いですけどね。何とかして、私じゃなくてクレアにしようとしてるみたいな話はたまに聞きますね。だから、ランスフォード家の大人達とはほとんど喋ったことないんですよね。自分から距離を置いていて。年が近い人でも昔から教育係をしてくれていたシェフィールとかくらいですかね、話せるのは。」
「そもそも、クレアちゃんだっけ?前、イギリスで会ったけど。あの子は当主になりたがってるの?」
俺が聞くと、ルミナは首を横に振る。
「あの子は性格が自由奔放な子ですからね。人の上に立つとかそう言うのは一切やらないって言い切ってますから。姉の私がなりたいのなら、それでいいって感じですね。」
「そのランスフォード家の当主ってのはそこまでしてなる価値があるものなの?」
俺は純粋な疑問で尋ねた。
魔力がないから周りから蔑まれ、それを見返したい一心で努力をし続ける少女。
正直、全部放り投げて魔術師の道なんて進まずに一般人の道を歩んだ方がよっぽど楽だろう。少なくとも、自分ならその選択を取る。
「価値か…。どうなんでしょうね。でも、ここでそれを諦めたら私の今までの人生を全て否定しちゃう気がして怖いんですよね。それに、私の中で認められることがイコールとしてランスフォード家の当主なんだって言い聞かせていることもありますかね…。」
「たかが、10年かそこらだろ。やり直しなんていくらでも出来ると思うけどね。」
俺はそう言うと、ルミナの前に立ち木刀を胸の前に構えた。
ルミナもそれに気づくと、刀を鞘に納めて同じく木刀を構える。
そして、軽く木刀を互いに振り下ろした。
カンカンと木材の音が静かな夜に響く。
「たかが10年。されど10年ですよ。日本的に言えば。それに、先程も言いましたよね。私はサタン様の騎士になるのが夢です。今更、後戻りは出来ないんですよ。」
「自分から進んでいばらの道を進むとか、ドMか何かかよ。てか、そう言えばルミナちゃんはどうしてあっち中学でイジメられてたんだよ。」
ふと、俺は尋ねた。
言葉にした瞬間、聞かない方がよかったかなとも思ったが時すでに遅しだった。
ルミナは言うか言わないか少しばかり迷っていたが、意を決したのか言葉を発した。
「同じ中学に魔術師の家の人がいたんですよ。ウィザード家とは繋がりのない別の。そこの人が私が魔力がないことを知っていたんでしょうね。同じ、同世代の魔術師の家柄の人達と一緒にイジメてきただけですよ。」
また、しょうもない理由でイジメられていたんだなと俺は思った。
まあ、何かムカつくからとか言う訳の分からない理由でイジメられていた俺が言える事でもないか。
「何で、誰にも相談しなかったのさ。」
「逆に、剣殿だってイジメられていたんですよね。イジメられてることをわざわざ相談しますか?」
ルミナが逆に聞き返す。
俺はそれを聞くと、そうだよなと思った。
イジメられています、なんて正直恥ずかしくて他人どころか身内にすら言いたくない。
ルミナは俺の思っていることを察したのか、それ以上は言及はしてこなかった。
そして、俺の木刀の構えを少し修正して来た。
「正直、サタン様とルル様って私からしたら憧れなんですよ。私には無いモノを全部持っている。何かに縋らなくても、自分達で道を切り開いていっている。ルル様に至っては、私よりも酷い境遇なのに今では誰からも認められる存在ですからね。」
あの2人に関しては、正直生まれ持った才能とかそう言う話になるからまた違ってくる気もする。
「あの2人みたいになるとかそれこそ無茶な話の気もするけど。」
俺は、首をすくめるとルミナに言う。
「でも、あの2人に追いつけたら私は誰からも認められると思いませんか?」
ルミナは少し必死になって俺に言い返す。心なしか、振り回す木刀の強さとフォームが雑になっている気がする。
誰からも認められる、か。
それってそんなに大切なモノなのかなと思う。
それの為に、人生10数年をかけて必死に見えない何かに縋り続けようとしている。
当主の話にしても、サタンの騎士になりたい夢もそうだが、何だか呪いみたいなモノに憑りつかれているような気がしてならない。
「先の見えないマラソンほど辛いモノはないと思うけどな。」
俺はルミナに素直な感想を言う。
「いいんですよ。私の人生ですから。例え、先が見えないマラソンだとしても。その先に何もなかったとしても。私が決めたことですから。」
ルミナはそう言うと、グッと歯を食いしばっていた。




