ルルと散歩
天馬から忠告とやらを受けてから、数日が経ち徐々に忘れかけていたある日の休日の昼間。
俺は、自室から出て1階に降りるとちょうど玄関にルルがいた。
自身のペットの犬のウルに餌を与えているところであった。
両親との交渉の結果、飼うことは無事許可されたようだ。
流石に、家の中を歩き回るのは毛が落ちたりで掃除が面倒ということで、少し小さめのゲージを買い、その中で基本は過ごしてもらうと言うことで落ち着いた。
餌に関しては、ルルが近所のスーパーで実費で良さげなドックフードを買い漁っていたようだが、もう少し高めのドックフードも買いたいとか言っていた。
正直、ドックフードの味なんてどれも同じだと思うのだがどうやら犬からしたら割と好みがあるらしい。
「あっ、こんにちは。剣さん。どうされましたか?」
俺の存在に気づいたのか、ルルが声をかけてきた。
「いや、俺の部屋にサタンがまた漫画読みに入り浸っているから部屋から出てきたところだよ。」
この数日ですっかりこちらの学校の生活にも慣れたサタンが恒例行事のように俺の部屋に漫画を借りに来るとそのまま部屋で読みだした。
ちょうど、時間的に昼ごはんが食べたい時間だったので何か作られてないかと思い1階に降りてきたというわけだ。
「あー、なるほど。確かに、数分前にお姉さまが2階に行ったのは私も見てましたよ。」
「あいつ、人の部屋に入り浸る癖をそろそろ直させたいんだけど…。」
正直、薄い部屋着でウロウロされるせいでこちらとしては目のやりどころに困る。
思春期の男なのだから、もう少し気を付けて欲しいと言ってやりたい。
ルルはそれを聞くと、クスクスと笑った。
俺は、舌を出してゲージからこちらに顔を出してくるウルの頭を撫でてあげた。
「昼ご飯はまだ用意されていないのかな?」
撫でながら、俺はルルに尋ねる。
ルルはキッチンの方を見た。
「うーん、どうでしょう。出来たら、2階にいる剣さん達を呼んできて欲しいって剣さんのお母さまの方から言われるでしょうからまだですかね。」
そう言うと、ドックフードの袋を閉めてゲージの近くに置いた。
そして、ウルをゲージから出すと抱き上げた。
「もし、お時間があるのでしたら少しウルの散歩に付き合ってもらってもいいですか?今日はまだ、散歩をさせていなかったので。」
抱きかかえたウルを俺の前に見せると、ルルが言った。
「別にいいよ。まだ、お昼の時間じゃなさそうだし。じゃあ、行くか。」
俺はそう言うと、靴を取り出して履いた。
ルルも同じく、自身の靴に履き替えると、俺達は家の外に出た。
朝はかなり寒く、布団にくるまっていないと体が冷えて仕方ないが昼間はコートなどの厚着をしなくても薄めの長袖の服でだいぶ暖かく感じる。
今年は暖冬とはニュースで言っていたが、雪もこのまま降らないで欲しいものだ。
俺はそんなことを思いながら、ルルと並んで歩き始めた。
前方ではウルが嬉しそうに飛び跳ねるようにして歩いていた。
イギリスから戻ってきて、数日。ほぼ毎日のようにルルはウルの散歩をしているようだ。
流石に、雨の日はしていないようだがある程度散歩コースのようなモノも決まっているみたいなことは以前チラッと聞いてはいた。
ルルの歩くペースに合わせて、俺はそのコースとやらを歩いていた。
基本的には、町内を一周するような感じらしい。
「そう言えば、お礼をまだ言っていませんでしたね。」
歩きながら、ルルがふと思い出したかのように俺に言う。
お礼?何かそんなことを言われるようなことをしただろうか。
俺は、記憶を思い出していた。
しかし、思い当たるような出来事は特にないような気がする。
「リヤドのことですよ。まあ、1週間くらい経ってしまったので何を今更と言った感じでしょうが。」
「あー、そんなことか。そう言えば、そうだったな。そもそも、勝手に巻き込んで来たのはルルちゃんのせいなんだし。」
俺は、ルルに少し嫌味っぽく返す。
ルルはそんな俺の表情を見ながら、少し微笑んでいた。
「そうですね。でも、結局何だかんだ言ってリヤドの一件を解決してくれたので私の見立て通りでしたね。」
見立て通りね…。俺はその言葉を聞いて、脳内で反芻した。
正直、俺がリヤドに声をかけられる前に見張りに飽きて帰っていたらどうするつもりだったのだろうか。
「でも、よくもまああんな出たとこ勝負みたいなこと考えたよな。正直、俺が途中で見張りをやめて帰るかリヤドにボコボコにされたのを腹立ってふて寝してたらどうするつもりだったんだよ?」
俺は、脳内で思っていたことをルルに尋ねた。
ルルは、少しばかり考えている雰囲気を出した。
「そうですね。どうしていたんでしょう?」
楽しそうに、ルルが逆に聞き返す。
「ルルちゃんって天才キャラじゃなかったのかよ。意外と、抜けてたりするタイプ?」
俺は呆れるようにしてルルに言う。
「さあ、どうでしょう。でも、私は剣さんならリヤドを助けに言ってくれると確信していたからこそのあのお願いだったんですよ。」
ニコニコしたままルルが言う。
何と言うか、いい感じに手玉に取られているような気がしてならない。
「物は言いようだな。そうやって、褒めておけば俺が何でもしてくれるとか思ってたりするの?」
俺は、このままルルに主導権を握られるのも癪だったので足りない脳みそを振り絞り言い返す。
ルルは、ニコニコした表情のまま俺に答えた。
「さあ、どうでしょう。でも、剣さんのことを信頼しているのは本当ですよ。今回みたいに、何だかんだ嫌がりながらも最後はどうにかして手を差し伸べてくれちゃう所とか。」
「ルルちゃんって結構、人たらしなところあるよね。」
俺は、軽く睨みながらルルに言う。
「うーん、人たらしですか?まあ、あのお姉さまの妹ですからね。私がある程度しっかりしておかないと、気づいたらロクでもないことになっちゃいますからね。そういうとこはあるかもですね。」
「そのロクでもないこととやらが、もうすでに俺に何度も起きているんだが。そう思うなら、もう少し仲間内の手綱をしっかりしておいてくれよな。」
「フフフ、そうですね。善処します。」
どこまでが本気でどこからが冗談なのか分からない風にルルが答える。
そんなことを話しながら、歩いていると目の前から見知った顔が歩いてきた。
赤い髪をポニーテールに結んだ、遠目から見ると髪の長い少年かと一瞬見間違えそうな少女がスーパーの袋を両手に持っていた。
「あっ、ルル様と剣殿。こんにちは。」
俺達と目が合うと、少女はペコリと小さくお辞儀をする。
ルミナ・ランスフォード。以前、イギリスの方にサタンとルルと行った際に2人と同行するような形でリヤドと共に日本にやって来た2人の幼馴染かつ部下のような存在の少女である。
「買い物ですか?」
久しぶりに会ったのか、ウルが嬉しそうにルミナの足元を走り回る。
ルミナは、中腰で座るとウルの頭をよしよしと撫でていた。
「はい、そうです。お婆さまの代わりに今日のお昼と夕ご飯の買い出しに行っていたところです。」
すでに、近所のアパートの一室に住む場所が決まっていたリヤドと違ってどこに住むか決まっていなかったルミナだったが、近所に住む俺の祖父母の家に居候と言う形でとりあえず落ち着いた。
どうやら、祖母の代わりに買い物に行っていたらしい。
「お2人は、何をされているのですか?」
ルミナがルルに尋ねる。
「ただのウルの散歩に付き合ってもらっただけですよ。私達の方もお昼ご飯まで時間がありましたから。」
それを聞くと、疑わしそうな目で俺を見るルミナ。
事実なのだから、しょうがないだろと言いたい。
どうも、この子は俺がサタンとルルと一緒にいるのが気に入らないらしい。
「私としては、後は帰るだけなのでもし剣さんとお話ししたければお貸ししますよ。」
そう言うと、ルルはウルを呼び寄せた。
「えっと、そうですね。そう言えば、剣殿に1つ聞きたいことがあるのですが。」
何か聞きたいことでもあるのだろうか。
正直、俺としてはこのままルルと帰りたい気分である。
ルルはそれを聞くと、じゃあ先に帰っていますねとウルを連れて歩き出していた。
「聞きたいことって何?ルルちゃんとは本当に散歩に付き合わされただけなんだけど。」
俺はルミナに言う。
どうも、この子は人見知りが激しいと言うかコミュニケーション能力が低いと言う話は本当なのかどこかモジモジした感じだ。
「いや、まあそれは別にいいのですが。でも、そう言えば、剣殿はルル様とはどういう関係なのですか?かなり仲良さそうに歩いている感じですけど。」
ふと気になったかのように尋ねるルミナ。
俺は、ルルの顔を思い浮かべながら考えた。
初めて会った時から妙に優しかったが、正直あれは誰に対してもって気がする。
そして、リヤドの件で礼を言われたが先程もそれだけだった。
俺自身がルルのことが好きかと言われたら、同級生の女友達の妹と言う仲でしかないよなと思う。
つまりは…。
「ただのサタンを通じて仲良くなったってだけかな。今のところは。」
俺は、ルミナに言う。
「まあ、そうですよね。」
ルミナも少し納得したとばかりに頷く。
「でも、好意自体は確実にありそうなんだよな。あの子からは。わざわざ、散歩に誘ってくるくらいなんだから。」
散歩に誘って来て、礼を言うくらいなんだから確実に何かしらのいい意味での感情はあるとは思う。
「うーん、どうでしょう。正直、あのルル様ですからね。そう言う感情とかかなり薄そうなイメージですし。」
「うん?どういう意味?」
俺がルミナに聞き返すと、ルミナはハッとしたように顔を上げる。
「そう言えば、剣殿は魔術の世界をほとんど知らない人でしたね。あの人はエルフの血を色濃く持ってますから。純血なエルフって長寿で基本は生殖活動だったりそう言うのにほとんど興味を持たないんです。だから、恋愛感情とかそう言うのもほとんどないらしいんです。現にルル様ってそう言う話とか全然興味なさそうですし。昔から。」
「何それ、ほぼ脈ないですよみたいな言い方じゃん。」
「いや、まあそう言っているんですけど。って、そうじゃない。話がだいぶ逸れましたね。」
慌てるように、ルミナは軽く咳をすると俺の方を見てきた。
「この辺りで人があまり来なくてそこそこ広い場所ってあったりしますか?」
急に、改まったようにルミナが尋ねてきた。




